恋愛相談
展示会場を後にした汐見さんは、帰宅する電車の中にいた。
時刻は、午後6時から7時ぐらい。
車内はそれほど混んでいなかったが、席はすべて埋まっていて、通路にはまばらに立っている人がいた。汐見さんは、しばらく開かない側のドアにもたれかかって立っていた。窓の外を流れていく景色を眺めていても、頭に浮かぶのは展示会での出来事ばかりだった。
「何かよくない質問をして、迷惑かけたかな」
汐見さんは、あのときの日向さんの表情を思い返した。説明の途中までは落ち着いていたのに、男性から何かを告げられた途端、目を見開き、おびえたような顔に変わった。
「日向さん、大丈夫かな…」
気がかりな思いを振り払うように、汐見さんは息を吸い込んだ。
「…やはり、お詫びしよう」
謝罪するなら、できるだけ早いほうがいい。そう考え、汐見さんはポケットに手を入れた。
「日向さんからもらった名刺にメールアドレスがあるはずだから…」
ポケットの名刺入れから日向さんの名刺を取り出し、記載された連絡先を確認した。
「部署共通のメールアドレスか……。これでは、直接お詫びできないな」
「仕方がない、日向さんが開発した例のシステムの問い合わせをして、日向さんが対応に出てくれたら、そのときお詫びしよう」
汐見さんは、会社の端末を取り出した。日向さんの部署共通のメールアドレス宛てに、ビジネスメールを作成して送付した。
ネクセンテック株式会社
イノベーション開発部 第1グループ 御中
お世話になっております。
東亜電工株式会社の汐見と申します。
本日の「Tokyo IT Week 20XX」にて、御社のWEAVESシステムについてご説明を拝聴いたしました。
大変興味深く感じ、ぜひ詳細について改めて担当の方からお話を伺いたくご連絡差し上げました。
ご多用のところ恐れ入りますが、ご都合のよい日時をお知らせいただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
翌日の午後、汐見さんは会社のオフィスで端末に向かっていた。
定時の午後五時近くになって、メールの着信があった。
汐見さんは、画面に表示された差出人と件名を確認した。メールは日向さんからではなく、日向さんの部署からだった。
しかも、日向さんのシステムに関して、引き合いへの対応を停止するというものであった。
汐見 様
平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
また、このたびは「Tokyo IT Week 20XX」におきまして、弊社展示ブースへお立ち寄りいただき、誠にありがとうございました。
お問い合わせいただきましたWEAVES に関しましては、誠に恐れ入りますが、現在社内の都合により、お引き合いへの対応を停止させていただいております。
ご期待に沿えず申し訳ございません。
今後とも弊社製品・サービスをご愛顧賜りますようお願い申し上げます。
文面を読み終えた汐見さんは、しばらく画面を見つめていた。
「最悪だ。日向さんと直接話すどころか、仕事上の接点まで、なくなってしまった 」
汐見さんは、仕事に戻ろうとしたが、手が動かなかった。端末の画面に視線を向けても、さっき読んだメールの文面が頭から離れない。
「今日はもう帰ろう。どうにも仕事に集中できそうにない 」
汐見さんは、自宅に帰る電車の中でずっと、どうしようか考えていた。
「日向さんなら、どうするだろう?」
ふと、展示会でのやり取りがよみがえった。日向さんが説明してくれた、システムの仕組みだ。「システムは、理想と現状のギャップを抽出し、そのギャップを埋める事業を提案します」
汐見さんは、あの説明を思い返しながら、自分の状況に当てはめてみた。
「今の自分の『ギャップ』ってなんだ?」
「理想は……日向さんに、きちんとお詫びすること。現状は……接点すらないこと」
頭の中で理想と現状を並べると、確かにその間には埋めるべき隔たりがあった。
「なるほど。これがギャップか」
「接点が欲しいときって……、仲介を頼むよな」
「仲介……。ビジネスなら、人材紹介とか、BtoBのマッチングとか。そういうサービスだよな」
汐見さんは、少し息を吐いた。
「けど、今はどちらかというと、プライベートな問題だ」
「プライベートな仲介事業……結婚相談? いや、ちょっと違うな。ん、恋愛相談ってとこか。片思いとか相談するよな」
汐見さんは、自宅に着くと、すぐに端末を開き、検索サイトの検索窓に打ち込んだ。
「恋愛相談サイト」




