Tokyo IT Week 20XX
【ご注意】
本作品には、JRや東京ビッグサイトなど、実在する企業・施設が登場しますが、作品内の人物・出来事・設定はフィクションであり、実在の企業・施設とは関係ありません。
また、作中では学術用語や理論を使用していますが、物語上の演出などのため、必ずしも学術的に正確な意味や用法で使用しているとは限りません。あらかじめご了承ください。
「Tokyo IT Week 20XX」
東京ビッグサイトの広い展示会場には、大小さまざまな企業の展示ブースが、数え切れないほど並んでいた。各社の担当者が、来場者に製品や技術を説明している。通路を行き交う人々の間を、ノートPCや資料を手にした参加者たちが歩き、あちこちで説明する声が聞こえていた。
汐見蒼真は、その中をひとりで歩いていた。
二十七歳。東亜電工のエンジニアである。
今日は、業務の一環として、この展示会に来ていた。担当する技術分野の情報収集と、今後の製品開発に役立ちそうな技術を探すためだった。
「ブースをだいぶ回って話を聞いたけど、どこもまあまあ面白いが、何か物足らないな……」
そのとき、汐見さんの足が、ある展示ブースの前で止まった。大型ディスプレイに表示されたコピーが目に入ったからだ。
そこには、「WEAVES: Whole Enterprise Autonomous Virtual Entrepreneur System - AIが、事業の発案から立ち上げ、運用までを自律的に実行 -」とあった。
「ほんとうに、こんなことができるシステムがあるのか? できるならすごいが…」
汐見さんは、外からでは、その「システム」の展示が見えなかったため、ブースに入った。
入口付近で見渡すと、はじめに、右側のパネルの前に清楚そうな小柄な女性が立っているのが目に入った。女性の前に聴衆はいない。パネルの表題は、「特定人物に対する継続的つきまとい行為等監視システム」
「これは少し前に話題になったやつだな」
人影のないパネルの前に立つその女性は、反対側のパネルの方をまっすぐ、ずっと見ている。そのパネルの前には人だかりができている。パネルの表題を見ると、それが、汐見さんが探していた「システム」のパネルだった。
汐見さんが、そのパネルに近づこうと歩きだすと、ちょうど説明が一段落ついたのか、聴衆が一斉に立ち去りはじめた。人だかりが途切れ、その向こうにいた女性が、汐見さんの目に飛び込んできた。
女性は、隙のないビジネススーツを着て、知的で堂々とした雰囲気を放っていた。ただ、ジャケットの下は、あえて少し着崩しているようで、それが可憐でオシャレな印象を与えていた。
汐見さんは、女性の説明を、いいポジションで聞くため、周りに気を配りながらも、急いでパネルの前まで移動した。
女性は、一瞬、目を丸くして驚いたような表情をしたが、すぐに何事もなかったような冷静な表情に戻った。
女性は汐見さんに向き直り、落ち着いた声で尋ねた。
「ご説明いたしましょうか?」
「はい、お願いします!」
汐見さんと女性は、展示会場における型通りの「挨拶」(入場証のQRコードの読み取りと名刺交換)をした。
日向美琴。
その名前の下には、「Technical Grade V」と記されていた。
汐見さんは、それを見て、彼女がネクセンテック社の最高クラスの技術者であると察した。二人は互いの名刺を名刺入れに収めた。そのあと、日向さんは手際よく、説明パネルを指し示しながら、約五分間かけてシステムの概要を語った。
「確かにこれはすごい! えーっと、日向さん? 日向さんがこれを考えられたのですか?」
「はい、弊社では数名のチームを構成して開発プロジェクトを進めております。私は、チームの主担当になります」
「本当にこんなことができるのですか?」
「ええ。実際に稼働しているシステムが既にあります」
日向さんは、淡々と答えた。
「そのシステムは、どのような事業を運営しているのですか?」
「申し訳ありません。それにはお答えできません」
「すみません、無理なことを聞いてしまって」
「いえ」
日向さんは、静かに答えた。
汐見さんは、遠慮なく質問を続けた。
「AIは、どのような仕組みで新規事業を提案するのですか?」
「社会全体を『状態モデル化』し、理想と現状、さらに将来予測とのギャップから課題を抽出します。そして、ギャップを埋める施策、すなわち事業を提案します」
「予測不可能な事態から生じる課題もあるのでは?」
「私は、そのようには考えません。それは単なるパラメータの見落としです。人の慢心や油断に対するいいわけです」
日向さんは、表情を変えずに答えた。
「そんなふうに考えるんだ、この人」
汐見さんは、日向さんの顔を見ながら、質問を続けた。
「このシステムは、AIが事業提案、事業の立ち上げ、運営を自らおこなうわけですが、AIにどれだけ利益を求めるかと、事業のリスクのバランスを、どのように取っているのですか? AIへの要求が大きいと、AIに負担がかかり、よりリスクの高い事業を強いられませんか?」
「AIの事業内容をモニターして、リスクの高い事業を行わないよう負荷を調整しています。残念ながら、どれだけ負荷をかけるかの最終判断は人間が行うしかありません」
「なるほど…」
汐見さんは、少し考えるため、日向さんから一瞬目を離した。そのとき、男性の声がした。
「日向さん、ちょっと」
日向さんの後方に、ネクセンテック社の男性がいた。
日向さんは、その男性の顔を少し驚いた表情で見上げた。
男性は、汐見さんから見ても、かなりのイケメンだった。
男性は、日向さんにはとても丁寧で、物腰も柔らかい。だが、汐見さんの話に割って入ってきたことには、まるで悪びれる様子がない。
そして、その態度には妙な自信があり、今いるポジションで満足しない男なのかもしれないと、汐見さんは感じた。
男性は、少しかがんで、汐見さんには聞こえないように、日向さんの耳元で何かを伝えた。
日向さんは、伝言を聞くと、目を見開いた。そして、おびえた表情に変わっていった。
すると、日向さんは、汐見さんの方を向き、汐見さんと一瞬目が合った。
「す、すいません。これで失礼させていただきます」
日向さんは、男性に腰の後ろに手を添えられ、関係者専用のブースの出入口へと促され、もう一人の男性と外へ消えていった。
男性は、去り際、何も言わずに、鋭い目つきで汐見さんを一瞬だけ見た。
日向さんはいなくなった。
それでも汐見さんは、日向さんの視線から目をそらすことができなかった。
「なにかまずいこと聞いてしまったかな」
汐見さんは、少し悲しげな表情を浮かべた。
その後、汐見さんは、展示会が終わるまで、何度も日向さんの会社の展示ブースに足を運んだ。しかし、日向さんも男性も、最後まで姿を現すことはなかった。
そうしているうちに、展示会の終了の時刻になり、汐見さんはしかたなく、展示会場を後にした。




