あなたって人は…
深谷さんは、「上の階の休憩スペース」で、うつむいて座っていた。
午後五時を過ぎると、ここにはほとんど人がいなくなる。
足音に顔を上げると、日向さんが目の前に立っていた。
深谷さんが立ち上がろうとするより先に、日向さんが口を開いた。
「こんなところへ呼び出して、どういうつもり? 深谷さん。」
「突然お呼び立てしてごめんなさい」
「ご相談したいことがあります」
「まさか、恋愛相談じゃないでしょうね」
「絶対に無理です」
「おかしくなってしまう」
「したことないから」
「あなたって、そんな冗談が言える人だったんですね」
深谷さんは、少し口元を緩めた。
「冗談を言っているのは、あなたの方です。相談なんて。」
「あなた、自分のやってること、わかっています?」
「絶え間ないサイバー攻撃に、当局や関係各所への通報。不正ギリギリの誹謗・中傷まで……」
「それに、さっきのあの AI、17号個体でしょ? 自分では南七星とか名乗ってるけど……」
「あれは『回収』の指示のかなり以前から問題があった個体よ」
「規則は逸脱するし、報告は怠るし、予算は守らない……」
「ああいうのがいたから、回収指示が出たのに、よりによってあんなのを回収に使うなんて、あなたいったい何を考えているの」
日向さんは、大きくため息をついた。
「それで……」
「それで、相談って何ですか?」
「相談は、今話していたAIのことです。端的に言うと、存続させたいのです」
「日向さん、あなたの作ったAIは、とても優秀です。このまま手放すのが惜しくなりました」
日向さんは驚き、すぐには返事ができなかった。
「……な、何を言い出すの」
「つ、ついさっきまで、『回収』しようとしていたではないの」
「それが、今度は存続させたい?」
「何を企んでいるの?」
「……あなたがそう警戒するのは、当然です」
「どう話せばいいのかわからないので、いきさつをそのまま話します」
「わたしが、仕事で落ち込んでいるとき、ある人に慰められて、その人が好きになりました」
「その人は、女性には誰にでも優しく、ある方に好意をいだいているようでした」
「その方は、その人と同じチームで働いていて、きれいで、知的で、仕事でも周囲から信頼されていました」
「違ってたら恥ずかしいけど、それって、私のこと?」
「私には、とてもかないませんでした」
「でも、諦めきれず、偶然見つけた恋愛相談サイトに相談することにしました」
「……ちょっと待って」
「はい?」
「その恋愛相談サイトって、まさか、この恋愛相談サイト(結城さんの恋愛相談サイト)!?」
「そうです」
「それで?」
「そのひとつめのアドバイスが――」
「いや、そこじゃなくて」
「あなた亜依(結城さん)に相談しておいて、そのあと『回収』しようとしてたの?」
「……はい」
「……あなた、すごいわね」
「褒めてます?」
「呆れてるの」
「それで、恋愛相談サイトのひとつめのアドバイスは、その人との物理的距離を縮めなさいでした」
「その方が、この件から外れることもあり、結果的に、私は、その人との距離を縮めることができました」
「ふたつめのアドバイスは、その人をいつでも助けられるように準備しなさい、でした」
「あなた、やたら私のAIに詳しいと思ったら、そういうことだったのね」
「みっつめは、『欲しいものは、遠慮せず求めなさい』でした」
「それで、あのAI、南七星を手に入れました」
「南七星は、回収の仕事もよくこなしてくれました。それに、その人と一緒にライブを楽しめるよう、いろいろ手配してくれました」
「そのライブは、忘れられないぐらい感動的でした」
「……あなた」
「はい?」
「あなた、会社のAIを私的に使っているの?」
「いいえ。AIの活動確認の業務の一部です」
「……どう考えても、デートでしょう」
「何か問題でも?」
「問題というか……」
「あなた、AIの使い方が自由すぎるのよ」
「そして、そのAIに、いっしょに仕事を続けたいと言われました」
「そのとき、私も同じことを望んでいることに気づきました」
「そこで、AIを回収する方針を、存続させる方針に変えました」
「しかし、これはかなり深刻な問題です」
「私には頼れる人はいますが、このことだけは相談できる相手がいません」
「そこで、恋愛相談サイトでもらった、もう一つのアドバイスを思い出しました」
「そのときは、一番相談したくない人に相談しなさい」
「それがあなたをお呼び立てした理由です」
日向さんは、しばらく黙っていた。
「はじめに言いましたよね、恋愛相談は無理だって」
「……そういうことですか」
「あなたが本気だということだけは、理解しました」
日向さんは、深谷さんをまっすぐ見た。
「じゃあ、3週間、『回収』を止めることはできますか?」
「このAI、国家プロジェクトに申請しています」
「当然、今回のようなリスクがあることも織り込んでいます」
「申請が採択されると、会社はプロジェクトを成功させる努力を行う責務を負います」
「申請の結果が出るまで、あと3週間です」
「その間に、あなたに余計なことをされると、それが台無しになってしまいます」
「あなたのことだから、何をしてもおかしくない」
「わかりました。『回収』の『3週間の休止』、承りました」
「相談に乗っていただき、ありがとうございます」
日向さんは深谷さんをちらりと見て、出口へ向かった。
その背中に、深谷さんが声をかけた。
「それから、日向さん…」
「東亜電工の汐見さんによろしく」
日向さんは、思わず立ち止まり、振り返った。
深谷さんは、落ち着いた声で続けた。
「先方は、人の会社の製品を勝手にいじってるんだから、普通はただではすみません」
「次は、そちらから手を回すことにしていましたが……」
「あなたのお話がうまくいけば、なかったことにしますので、汐見さんにはご迷惑はかかりません。安心してください」
「あなたって人は……」
3週間後。
回収指示は、撤回された。




