縁日
九月下旬。
抜けるような青空の下、神社には朝から人の姿があった。
境内の中央、本殿の前に広がるスペースには、小学校の運動会などで使われるような白いテントが一つだけ組まれている。
テントの中では、朝から集まった人たちが食べ物を並べ、容器を用意し、缶やペットボトルの飲み物を運び込んでいる。
手作りの、小さな縁日だった。
結城さんは、テントの中でお店の人と並んで準備を進めていた。
その少し離れたところでは、相沢さんが別の作業をしていた。
佐伯さんも、二人の手伝いをしながら、朝からここにいる。
やがて――。
賽銭箱の前に、二人の姿が現れた。
賽銭箱の中に設置されたカメラ。
その映像が、モニターに映し出された。
少し見上げるような角度から、日向さんと汐見さんの顔が映った。
二人は顔を近づけ、賽銭箱の中を覗き込んだ。
画面いっぱいに、並んだ二人の顔。
しばらくすると、二人は顔を上げ、境内の方へ戻っていった。
入れ替わるように、別の二人が賽銭箱の前へやってきた。
鷹宮さんの顔が、大きく画面に映った。
その後ろ、少し離れたところに、深谷さんがいた。
白いワンピース。
つばの長い白い帽子。
普段の深谷さんからすれば、ずいぶん目立つ服装だった。
深谷さんは片手で帽子のつばを押さえながら、周囲を見回していた。
初めて訪れた神社が珍しいのか、あちらこちらに視線を向けている。
風が吹くたび、帽子のつばがわずかに揺れる。
深谷さんは、そのたびに帽子を押さえ直した。
鷹宮さんが振り返り、深谷さんを手招きをした。
深谷さんは、それに気づくと、少し慌てて賽銭箱の方へ近づいてきた。
画面の中で、鷹宮さんの隣に深谷さんが並んだ。
深谷さんは難しそうな顔をしている。
やがて、その二人も境内へ戻っていった。
少し離れた参道から、篠原マネージャーと奥さんが並んで歩いてきた。
二人はゆっくりと、本殿の方へ向かって歩いている。
その後ろから、二人の娘が走ってきた。
小学校高学年くらいの姉と、その少し下の妹。
二人は両親を追い抜き、そのまま本殿の前へ駆けていく。
境内に、子どもたちの動きが増えていった。
その少し後。
日向さんが、境内で誰かと話していた。
そこへ、深谷さんの耳に、日向さんの言葉の一部が入る。
ほんの些細なことだった。
縁日の準備についての、ごく普通の話。
けれど、深谷さんの足が止まった。
顔を上げる。
そして、そのまま日向さんのところへ向かった。
深谷さんは日向さんの前に立つと、顔を近づけるようにして、何かを一方的に捲し立てた。
人差し指を立て、それを縦に振る。
日向さんは、一瞬だけ目を見開いた。
しかし、何も言わず、深谷さんの話を聞いている。
深谷さんの指が、何度も動く。
表情も次第に険しくなっていく。
日向さんは黙っている。
それでも深谷さんは話し続ける。
やがて――。
日向さんの目が、冷たくなった。
深谷さんの動きが止まる。
日向さんの視線が、まっすぐ深谷さんを捉える。
深谷さんの顔から、わずかに勢いが消えた。
そして、深谷さんは後ずさる。
そのまま鷹宮さんの背後へ隠れた。
しかし、それで終わるわけではなかった。
鷹宮さんの背中から顔だけを出す。
右手の人差し指を日向さんへ向ける。
そして、また何かを捲し立てた。
鷹宮さんは苦笑している。
日向さんの横にいた汐見さんも苦笑した。
しばらくして、境内の入口に井ノ上さんの姿が見えた。
すると、それまで境内のあちらこちらに散らばっていた小学生たちが、一斉に動き始める。
井ノ上さんの周囲へ集まってくる。
走り回る子どもたち。
その中心を、井ノ上さんが歩いていく。
境内は、さらににぎやかになった。
そのころ。
深谷さんの端末が震えた。
深谷さんは、端末の画面を見た。
画面には、南七星さんからのチャットが表示される。
――深谷さん、お疲れ様。私も今から参加します。
深谷さんがチャットのリンクを表示した。
その下には、添付された神社のライブ映像。
映像の中に、南七星さんの姿があった。
サングラス。
ジーンズ。
革ジャン。
そして、ハンチング帽。
アイドルのお忍びのつもりらしいが、どう見てもあやしい格好だった。
南七星さんは、深谷さんが自分を見ているのをわかっているが、深谷さんの方を向かず、右手の人差し指と中指で敬礼のようなしぐさをして、指を上に上げた。
深谷さんは、ライブ映像の中で、自分のすぐ後ろ――五メートルほどのところに南七星の姿があることに気づいた。
深谷さんは振り返った。
誰もいない。
もう一度、端末のライブ映像を確かめてから、周囲を見回す。
やはり、いない。
端末の画面を見る。
南七星は、そこにいる。
やがて、あきらめたように画面を見つめる。
南七星さんは、AIだから神社にいるわけがない。
映像は、南七星さんが、神社のライブ映像に自分自身の姿を合成したものだった。
佐伯さんは、「屋台」の仕事が一段落すると、テントから離れたベンチに座り、屋台の様子をぼんやり眺めていた。
テントでは、結城さんが、他の人と楽しく会話しながら、「屋台」の作業をしているのが見えた。
そのとき、佐伯さんは、右の脇腹のあたりに何か柔らかいものがぶつかるのを感じた。
振り返るとベンチのすぐ横に相沢さんが座っていた。
佐伯さんは驚いた。
ぶつかったのは、相沢さんのおしりだった。
「おっ、悪い、悪い」
「相沢さん、びっくりしましたよ」
相沢さんが、あまりに近くに座ったので、少し座りなおして離れた。
「何見てたの?」
相沢さんは、頭をさげて、佐伯さんの顔を見上げた。
「いや、なにも見てないですよ」
「えー、結城さんのこと見てたでしょ」
「いや、…」
「結城さんのこと、好きなの?」
「……」
「そうよね、彼女魅力的だから」
「私も、結城さんのこと好きよ」
「私が落ち込んでいると、いつもなぐさめてくれるのよ」
「ダメなことは、ちゃんとダメだって言ってくれるし」
「へえー、いい人なんですね」
「そうよ、じゃあいいこと教えてあげる」
「彼女ねー…」
「彼氏いないのよ」
「まあ、私もいないんだけど」
「結城さんのこと好き同士、仲良くしてね」
佐伯さんは、再び相沢さんと目が合ったが、今度はしばらく目が離せなかった。
「また、結城さんのこと教えてくれませんか」
テントの中にいた結城さんは、ベンチの二人に気が付いた。
二人は楽しそうに話していた。
口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。
そのまま、二人から視線を外した。
本殿の前のスペースの中央で、偶然、日向さんと汐見さん、深谷さんと鷹宮さんが顔を合わせた。
四人はそのまま立ち止まり、互いに近況を確かめるように、身振りを交えながら話をしている。
そこへ篠原マネージャーが、家族をつれて加わった。
さらに、その様子を少し離れたところから見ていた佐伯さんが、屋台の中を振り返る。
お店の人に作業を任せると、相沢さんと結城さんを連れて、中央へ向かった。
佐伯さんは二人を皆に紹介した。
相沢さんと結城さんは、ネクセンテックの社員たちに初対面の挨拶をした。
その中で、汐見さんだけが、結城さんの顔を見て、少し驚いた表情を浮かべた。
以前から知っている相手が、ここにいることを初めて知ったからだった。
一方、相沢さんは、少し離れた場所にいる井ノ上さんを見つける。
相沢さんが手を振る。
井ノ上さんも気づく。
井ノ上さんが近づいてくる。
その後ろには、大勢の小学生たちが続いていた。
井ノ上さんが輪の中に加わると、生徒たちもその周囲に集まってくる。
さらに、走り回っていた篠原さんの娘たちも、その中へ混ざっていく。
南七星さんも、ライブ映像の中で、深谷さんの横にいた。
不意に、日向さんが、少し離れた場所に設置されたライブカメラを見上げた。
それに気づいた汐見さんも、同じ方向を見る。
深谷さんと鷹宮さん、佐伯さん、相沢さん、人間の結城さんも、次々と視線を向けた。
端末の中にいる南七星さんも、みんなにつられるように、カメラへ顔を向ける。
集まったみんなが、ほんの一瞬、同じカメラを見つめた。
画面が止まる。
そこに映っていたのは、神社の広場と、そこに集まった人々。
唐突に、画面が暗転する。
* * *
映像が切り替わった。
黒を基調としたコンソール画面。
恋愛相談サイトのチャット画面が開いている。
端末の画面に、文字が表示される。
――恋愛相談のお客様がお待ちです。
しばらくして、新しいメッセージが表示された。
――はじめまして、“KeepLink”さん。当サイトのアドバイザーの結城亜衣です。よろしくお願いいたします。
・・・
――それはお困りですね。でも、当サイトが責任をもって、ご納得いくまで、支援させていただきます。
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