今は、わたしも悲しい
「長々と話しちゃったけど、次を最後にするわ」
「あの人、病気になって、しばらくの間入院してたの」
「それで、病院の先生から少し家に帰っていいってお許しが出て、病院に戻る前日の夜、涼しくなってから、神社に行くことにしたの」
井ノ上さんは、連れ合いと過ごした夜を思い返すように、静かに語った。
「やはり長く入院していたから、少し歩くだけでも大変だな。病院でも、なるべく歩くようにはしていたんだけど」
井ノ上さんの連れ合いは、少し息を切らして言った。
「大丈夫? 来たいというから来たけど、無理しないでね」
「大丈夫だよ」
そう言って、ふたりは神社のベンチに腰かけた。
少し間をおいてから、井ノ上さんの連れ合いが話し始めた。
「ぼくらって、神社のおかげでいっしょになれたけど、伝承でいうと瑞葉姫と遥真に似てるのかな」
「そうかな。『神社のおかげ』ってとこだけで、もう一方の綾音姫と朝春とも似てないわ。世の中にはもっと似た境遇の人たちがいるんじゃない?」
「ところで、伝承は彼らが結ばれたところで終わっているけど、かれらは最後まで幸せだったんだろうか」
「そうに決まっているわ」
「どうしてそんなことが言えるんだい?」
「彼らの最後が悲劇的だったら、『悲劇の伝承』が残っているはずよ」
「人は悲しい話の方が好きだから」
「ははは⋯、確かに、そんなおいしい話、ほっとかないか」
「じゃあ、ぼくらの話も伝承にはならないな」
「そうね、神社のご利益はあったかもしれないけど、普通に暮らしてるだけだから」
「それに、ぼくらの話は、まだ終わってないしな」
「そう、思い出話になるのは、もっと先よ」
「それに、ぼくのいるうちは、だれかに話してもおもしろくないだろうな」
「何言ってるの……。冷えて来たわ、明日は病院に戻らないといけないから、もう帰りましょう」
井ノ上さんは、少し間を置いてから、話を続けた。
「それが、あの人と神社へ行った最後になったの」
「……っ」
相沢さんの肩が、小さく震えた。
相沢さんは、何か言おうとしても言えない。
「……だめです、そんなの……」
相沢さんは、大きな声をあげて泣き出した。
「ごめんなさい……泣かせるつもりはなかったのよ」
「あの人が死んじゃったのは悲しいけど、生徒もいるし、もう大きくなった子供たちもいるから、わたし一人じゃないし……。あなたたちだって、こうして訪ねてきてくれるじゃない」
井ノ上さんは、両手のひらを下に向け、相沢さんをなだめるように上下させた。
相沢さんは、泣き止まない。
結城さんは、相沢さんの泣き声を聞きながら、心の中でつぶやいた。
「病院と同じ……」
「別れを悲しんでいる人がいる」
「……だけど違う」
「今は、わたしも悲しい」
「なのに、今度は受け入れられる」
結城さんは、相沢さんの横までいくと、相沢さんの背中をさすった。
そして、井ノ上さんに微笑みかけ、頷いた。井ノ上さんも頷き返した。
結城さんは、相沢さんの横で静かに言った。
「そのまま泣いてていいですよ」
「無理に止めなくていいです」
「実は私、看護師なんです」
「病院では、別れをたくさん見ます」
「だから……いつの頃からか、あまり感じないようにしていました」
「感じていたら、続けられなかったからです」
「亡くなる人を見て、泣く家族を見て、残される人を見て……」
「でも、井ノ上さんのお話を聞いて、それを聞いて泣いている相沢さんを見て気づきました」
「別れが悲しいのは、その前に大切な時間があったからなんです」
「出会いがあって」
「好きになって」
「同じ場所で笑って」
「思い出がたくさんできて」
「だから、最後が悲しい」
「私は今まで、その最後だけを見ていました」
「相沢さんが泣いているのは、悲しい話を聞いたからじゃありません」
「井ノ上さんが、どれだけ彼との時間を大切に思っているか伝わったからです」
「……うん……」
相沢さんは泣き止んできた。
結城さんは、相沢さんの様子を見守りながら、静かに続けた。
「私、これからは別れや出会いだけじゃなくて、その前にあるもの、後に続くものも大切にしようと思います」
「看護師の仕事も」
「恋愛相談も」
「神社も」
井ノ上さんは、穏やかに頷いた。
「そうね」
「みんな長く続けていきたいわね」




