↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/30

教育大

県立高校の放課後の廊下は、部活動へ向かう生徒たちの声で少し騒がしかった。

参考書を抱えた女子生徒が曲がり角を曲がると、向こうから男子生徒が歩いてくる。

お互い校内で何度か見かけたことのある顔だった。

一瞬だけ、二人の目が合う。

男子生徒は少し驚いたように目を細め、そのまますれ違っていった。

けれど胸の奥に、小さなざわめきだけが残る。

……また、あの人。

でも今は、そんなことを考えている場合じゃない。

教育大の受験まで、もう3か月しかないのだから。


井ノ上さんは、昔のことを思い出すように話を続けた。


「そのころは、彼のことが少し気になる程度で、どうしてもお付き合いしたいという気持ちまではなかったわ。後から聞いたけど、彼も同じ感じだったそうよ」

「そうこうしているうちに、受験シーズンは終わって、私は志望していた大学に合格できたのよ」


相沢さんが尋ねた。


「でも、まだお互いの名前も知らないんでしょ?」


井ノ上さんは、少し楽しそうに笑った。


「彼、どうしたと思う? 私の名前を、その年の卒業生の進路を見て知ったの。私が教員志望だったのは知ってて。 教育大に受かったのは、私だけだったから」


相沢さんは驚いて声を上げた。


「ええっ! そんなの、井ノ上さんが受かってなくて、他の子が合格してたら、どうするんですか!」


「本当、どうなっていたんでしょうね」

「でも、私も同じようにして彼の名前を知ったの。建築家志望だって知ってて、建築学部に合格したの、彼だけだったから」


「あきれた⋯」


結城さんもクスクス笑った。


「しかし、どうしてお二人はお互いの志望を知っていたんですか?」


「それは私が教員志望であることを『表明』していたからよ。学校中で、教員になるって、言い回ったの」


相沢さんは不思議そうに尋ねた。


「どうしてそんなことしたんですか?」


「受験生だから、一応、あの神社に合格祈願に行ったの。まあ、しょっちゅう行ってるんだけど」

「合格祈願って普通、絵馬を奉納するじゃないの。でもあの神社、絵馬やってなかったのよ。だから、かわりになることをって……」


「それって?」


「絵馬って、どこどこに合格したいって書いて境内に掲示するじゃないの。これって『願いごとの表明』でしょ。だったら同じように『表明』すれば『ご利益』があるんじゃないかって」

「まあ、私の勝手な解釈なんだけど」

「そうしたら、見ていた彼も、これは絵馬のかわりだと推測して、同じように『表明』したのよ」


相沢さんは、少し首を傾げた。


「まあこれも縁結び神社のご利益ってことですか、……何もしてないけど」


井ノ上さんは、懐かしそうに続けた。


「だけど、それぞれの大学に通うようになったから、顔を合わせる機会は、なくなってしまったの」

「でも、彼は、高校の通学圏内の絵馬のない神社をさがして、あの神社に行き着いたのよ。同じような神社は、いくつかあったらしいんだけど」

「そして、彼、神社の縁日の日を調べてやって来たのよ」

「縁日が始まる少し前、私は女友達と二人で神社へ来ていたの。境内にはまだ人は少なく、屋台の準備をする音が、あちこちから聞こえていたわ」



石段の近くで、小さな女の子が転んだ。

膝を擦りむいたらしく、わっと泣き出した。

本庄さん(現在の井ノ上さん)は、反射的に駆け寄った。


「大丈夫?」


神社のあちこちにいた女の子の友達たちが、本庄さんと女の子の周りに集まってきた。

本庄さんは、女の子の顔を覗き込み、尋ねた。


「おうち、近い?」


女の子は泣きながら頷いた。


井ノ上さんは、当時のことを思い出しながら話した。


「私と友達は、その子を家まで送り届けることにしたの。女の子の友達も数人引き連れてね」

「それで結局、神社へ戻ってこれなかったの。頭打ったかもしれないから、病院に行くとか、大げさになっちゃって」

「そして、そのときは気が付かなかったんだけど、友達は神社にきんちゃく袋を落としていたの」


井ノ上さん(男性)は、本庄さんたちが神社を離れて少したってから神社へやって来た。

彼は、境内で黄色いきんちゃく袋を見つけた。


「落とし物かな……」


拾い上げた瞬間、ガシャーンと近くで、大きな音がした。屋台の骨組みが崩れたのだ。

屋台を組み立てていたおじいさんが慌てていた。

彼は、とっさにきんちゃく袋を拝殿の柱の出っ張りに掛けると、そちらへ駆けて行った。


「おおっ、悪い悪い!」


彼は、屋台を支えると、そのまま組み立てから焼きそば作りまで手伝う羽目になった。


「若い人がいると助かるなあ!」


「えぇー……」


そう言いながらも、彼は少し嬉しそうだった。


「まあ、いいか。ここで手伝いしながらの方が、本庄さんを見つけやすいかもしれないし」


けれど、結局その日は会えなかった。

縁日の終わり際、おじいさんが言った。


「明日の朝、片付けも頼むわ!」


「えっ、まだあるんですか!?」


「若いから大丈夫!」


押し切られて、彼はしぶしぶ承諾した。


井ノ上さん(男性)は、家に帰って思い出した。


「あ、きんちゃく袋……」

「明日、おじいさんに渡そう」


そして、眠りについた。


同じころ、本庄さんが家へ帰ってしばらくすると、友達から電話がかかってきた。


「ごめん、きんちゃく袋なくした……」


「えぇ?」


「神社で落としたと思う。中身は大したもの入ってないんだけど、借り物なの。なくしたら怒られる……」


「分かった。明日、探してみる」


縁日の翌日の朝の神社は、いつもより静かだった。

本庄さんは境内を歩き回り、屋台の裏まで探した。


「あった」


拝殿の柱の出っ張りに、黄色いきんちゃく袋が掛かっている。

本庄さんが手を伸ばした、その瞬間だった。

反対側から、別の手が同じきんちゃく袋に伸びる。

二人は同時に顔を上げた。


「……井ノ上さん?」


「……本庄さん?」


「これ、友達が落としたやつで」


「うん、昨日拾ったんだよ。そのとき、おじいさんが屋台倒しかけて、とっさにここにかけたんだ」


本庄さんは、きんちゃく袋を手に取った。

井ノ上さん(男性)が覗き込んだ。

黄色い布地に、白い模様が入っていた。


「この白い模様って、龍じゃない? 神社の伝承にある」


「本当……でも黄色に白って、目立たない神様よね」


本庄さんは吹き出した。


「確かに」


井ノ上さん(男性)もつられて笑った。


「そうして、互いに連絡先を交換して、お付き合いするようになったの」

「そう言えばプロポーズも神社だったのよ」


井ノ上さんは、連れ合いとの話に限らず、神社に関するエピソードをいくつか語った。相沢さんと結城さんは、それを楽しそうに聞いた。


「長々と話しちゃったけど、次を最後にするわ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。