ごめんください!
二人が向う二つのお店は、駅の周辺にあった。
「あった、一件目のお店!」
相沢さんは店先に駆け寄った。
「こんにちは、おじゃまします」
「いらっしゃい」
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
「ネットであちらの神社の縁結びの伝承を知って、興味を持って来たんですけど……神社がちょっと荒れているようで…。どうなっていくのか心配になっちゃって…」
「もし、神社の関係の方をご存じでしたら教えていただけませんか?」
「関係の方ねえ……昔は宮司さんがいたんだけど、もうずいぶん前に亡くなってしまってね。家も今は空き家だよ」
「ご親族や、お世話していた方などは……?」
「さあねえ。でも、神社のことなら、『井ノ上さん』が知っているんじゃないかな」
「昔からあの神社のことを気にかけている人でね」
「えっ! その『井ノ上さん』って、紹介してもらえませんか?」
「ごめんよ。ちょくちょく店には来られるんだけど、少し行ったところに住んでおられるみたいだけれど、どこか知らないんだよ。あっちの店にもよく行かれているみたいだから、そっちで聞いてみたらいいんじゃないかな」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
そのお店は、ちょうど二人が行こうとしていた二件目のお店でした。相沢さんは、お店へ走って行き、結城さんが来るのを待ってから、入口の引き戸を開けた。
「ごめんください!」
「いらっしゃい。どうかしましたか?」
「すみません、あちらの神社のことでお伺いしたいことがありまして……」
「…『井ノ上さん』って方が神社について詳しいって、あちらのお店で聞いたんですけど、『井ノ上さん』が、どちらにお住まいかご存じないでしょうか?」
「井ノ上さん? 知っていますよ。ここから、歩いて15分ぐらいのところに住んでおられるわ。とても気さくな方ですよ。お店にもちょくちょくいらっしゃるし。神社にもよく行かれているようですよ」
「そうなんですか! 是非会ってみたいです。家を教えていただけませんでしょうか」
相沢さんは、スマホの地図アプリの上で井ノ上さんの家の場所を教えてもらうと、お礼を言って、お店を後にした。結城さんもお店の人に軽くお辞儀をして、相沢さんの後を追った。
相沢さんと結城さんは、地図アプリに従って、井ノ上さんの家にたどり着いた。そこは、門から玄関までの間に大きな庭のある古い家でした。門の表札には確かに「井ノ上」とあった。門の扉が開いていたので、相沢さんは玄関のところまで行った。
相沢さんは、呼び鈴を押しましたが、それでも大きな声で言った。
「ごめんください!」
その呼びかけに、奥から「開いてますよ」と元気な答えがあった。
相沢さんは、「失礼します」と玄関の引き戸を開けると、奥からちょうど相沢さんの親世代ぐらいの女性が現れた。
相沢さんは、深くお辞儀をした。
「井ノ上さん、突然すみません。私、相沢と申します」
「こんにちは、相沢さん、井ノ上です。はじめまして。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ところで、相沢さん、今日はどのようなご要件かしら?」
「はい、あちらにあります神社のことを、お伺いできたらと思いまして」
「ええっ、ひょっとして、ついさっき神社のHPにコメントくれた人?」
「あのコメント見られたのですか? もしかして、井ノ上さんが、あのHPを作られたんですか?」
「ええ、そうですよ。コメントなんて何年ぶりかしら。応答もしておきましたよ」
相沢さんと結城さんは、それぞれ自分の端末を見返すと、確かに応答が入っていた。
「ところで相沢さん、あなた博物館にいなかった?」
「確かに、私、博物館の学芸員をやってますけど、うそ! どうして?」
「校外学習で博物館に行ったとき、子どもたちに説明してくださったでしょう?」
「すごい! そんなの覚えていられるんですか ! ということは、井ノ上さんは学校の先生ってことですか?」
「ええ。小学校のね。それで後ろの方は?」
井ノ上さんは、相沢さんの後ろに隠れた結城さんに目をやり、尋ねた。
「ええーっ、こちらは、結城ちゃん。私の友達……っていうか、同志?」
相沢さんは続けて、言った。
「結城ちゃんはね…」
「ちょっと待って、当ててみようかしら」
井ノ上さんは、相沢さんの言葉を遮った。
「結城さんは、看護師さんね」
「ブブー、残念。結城ちゃんは、恋愛相談のサイトをやってるのよ。恋愛相談以外も、すっごく詳しいんだから」
「あら残念。自信あったんだけど…」
「まあいいわ。それで、なんの『同士』かしら?」
「神社と伝承を守ろう――っていう『同志』かな」
「えーっ、本当? じゃあ私も『同志』かも」
「ってことは。神社をきれいにしていたのは、井ノ上さんってこと?」
「そういうことね。でも、ひとりだと、できることに限界があるのよね」
「まかしてください! 結城ちゃんと私がいれば、なんでもできますよ」
「ちょっと、相沢さん、何でもできるは言いすぎですよ」
「たのもしいわ。ああ、こんなところでは熱く語れないから、上がってちょうだいよ」
「いいんですか? おじゃまします。結城ちゃんも早く、早く!」
「おじゃまします」
そういうと二人は、井ノ上さんのあとについて家の奥へと進んでいった。
二人は畳の客間に通された。部屋の真ん中には、大きな座卓が置いてある。井ノ上さんは、お茶を入れに行った。
「お構いなく!」
相沢さんは、大きな声で言うと、座卓の前に座ると、両手を広げて座卓の上にひれ伏した。そして、上半身を少し持ち上げ、顔を結城さんの方に向けて、小声で言った。
「井ノ上さんて、いい人でよかったね。神社のこともいろいろと知ってそうだし」
「ええ。でも相沢さん、お行儀が悪いと嫌われてしまいますよ」
「はぁーい」
相沢さんはそう言うと、座卓の前に姿勢を正して座り直した。ちょうどそのとき、井ノ上さんがお茶をもって戻ってきた。井ノ上さんは、湯飲みを置くと、体をのりだすようにして二人に尋ねた。
「ねえねえ、どうして神社に来ようと思ったの?」
「ええっとそれは⋯」
井ノ上さんは、すかさず言いました。
「やっぱり、『縁結び』でしょ!」
「そうなんですよ。わたし、そっちの方はついてなくて⋯。神社の恩恵を賜りたく…」
「あらあら。何があったかは聞かないけど、深刻そうね」
「そうなんですよ…。ここの神社、ご利益あるんですか?」
「あるある! 私がそうだから」
「えっ、本当ですか! どんなのがあったんですか、教えてください」
「はいはい、その前に、結城さん?…」
「……え?」
自分に話が向くとは思っていなかった結城さんは、少し戸惑った。
「あなたは、どうして神社に来ようと思ったの?」
結城さんは、すぐには答えず、少しだけ視線を泳がせた。
「わたしも……神社の“ご利益”に興味があったので」
「恋愛したいの?」
「いえ、そういうわけでは…」
「あなた、恋愛相談やってて、自分の恋愛に関心がないって変じゃない?」
「それは仕事ですから…」
「人にはやさしくできるのに、自分のことになると、どうしていいかわからなくなる人っているのよ。人のことを大切にするのと同じくらい、自分の心も大事にしてあげなさい」
「心配だわ。相沢さん、あなた『同士』なんでしょ。ちゃんと見ててあげなさいよ」
「ええっ、そんなこと考えたことなかったわ。 結城ちゃん、ごめんね」
「本当にお願いよ。それでは、本題の、『わたしのご利益の話』に入ろうかしら」




