神社の由来
「もしもし、相沢さん。カメラがオンになっていますよ。そんな姿で私を誘惑しても仕方ありませんよ」
結城さんが静かに注意すると、相沢さんは「あっ」と声を上げ、慌てて画面の前に戻ってきた。
「おっ、まずいまずい! いつからオンだったのかな? まあ、いまさら気にしても仕方ないか……」
相沢さんはカメラをオフにしようとして、誤ってブラウザを閉じてしまい、結城さんの恋愛相談サイトにアクセスし直した。
トップページには「恋愛相談」「マッチングサービス」「問い合わせ窓口」のバナーが並んでいたが、「縁結び神社」のバナーはまだなかった。
「ごめん! しくじっちゃった。待たしちゃったね」
「いいえ、気にしないでください。改めまして、こんばんは、相沢さん。お久しぶり。今日はどのようなご相談でしょうか?」
「またまた、結城ちゃん。『お久しぶり』って、いつもそういうのね。──それでね、今日は、わたしのちょっと悲しい話。聞いてくれる?」
「あらあら、それは大変。どうされたんですか?」
「実はね、この前、いい感じになってた人がいたの。市の広報課の黒川さん。博物館の展示を一緒にやった人でさ、すっごくまじめで、でも気さくでね」
「仕事のあと、打ち上げでごはん行って、そのあとカフェで少し話したの」
「素敵な展開ですね」
「でしょ? 私も“これはいける”って思ったの。だって、あっちも悪い感じじゃなかったし。でね、『また今度、どこか行きませんか』って言ったら、彼は『次の日曜日あいてます?』って聞いてきたのよ。それで、『はい』って言おうとしたの」
相沢さんの声が、少し勢いづく。話しているうちに、そのときの期待がよみがえってきたようだった。
「その瞬間に、ドアのベルが鳴って──」
「……まさか?」
「そう、ほんとまさかよ! “え、黒川くん?”って女の人の声がして、入ってきたのが彼の高校の同級生!」
「いきなり “わぁ、久しぶり!”って走ってきて、もう完全に空気がそっち行っちゃったの!」
「それはつらいですね」
「さすがにいたたまれなくなって、『失礼します、今日は、ありがとうございました』って店を出てきたの」
「お気を落とさずに。また、いい出会いがありますよ。わたしも全力でお手伝いしますから」
「運がなかったんだわ。”運”って、どんなに頑張っても、どうしようもないことだと思うの」
相沢さんは、少し間を置いてから話を続けた。
「だからこそ、油断や慢心を戒める謙虚な気持ちが大切だと⋯」
「結城ちゃん、ロケットのエンジニアが打ち上げ前に、神社にお参りするって聞いたことある? 私も、神様とかあんまり信じているほうではないけど、きっと、同じ気持ちなんだと思うの」
「なるほど、お参りは、謙虚さを忘れないためのルーチンなわけですね」
「そう! だけど、メジャーな ”縁結び” の神社やパワースポットは、行きつくしているのよね。結城ちゃん、どこか穴場的なところ知らない?」
結城さんは、すぐさまネットを検索しはじめ、あるひとつの神社にたどり着いた。
「通称 “縁結び神社” ? まんまじゃんよ。場所は⋯、都心から電車で 2時間といったところ。駅から歩ける距離ね」
「でも、なんで ”縁結び神社” なの?」
「神社の由来からきてるようですね。それに、神社の『ご利益』で成就した話が何組かあります」
「神社の由来は、こんな感じです」
結城さんは、検索で見つけた神社の由来を相沢さんに伝えた。
むかし、この地にあった東の里と西の里は、互いに対立し、些細なことでも大きな争いになるほど、仲が良くありませんでした。東の里には、里一番の名家に生まれた姫 **綾音** は、聡明で気丈な娘として知られていました。綾音は、同じ東の里の若き武人 **朝春** に、ひそかに想いを寄せていました。しかし、朝春が心惹かれていたのは、西の里の有力者の娘 **瑞葉** でした。瑞葉は、争いごとを好まぬ穏やかな姫でした。そのため、二つの里の争い事に、いつも心を痛めていました。あるとき、綾音は、山奥の社に住むとされる白龍のことを知り、白龍のもとを訪れ、朝春との縁を結んで欲しいと願いました。白龍は、綾音に「縁とは、願いによって結ばれるものではなく、人の行いと時の積み重ねによって定まるもの。朝春との縁を望むなら、彼の心がそなたになくとも、迷いなく彼を支えよ。それでも彼の心がそなたに向かぬときは、縁がなかったと悟り、己の道を進むがよい」と助言しました。そして白龍は、綾音の願いが里の平和に結びつくように、もう一人の娘に言葉を届けることを思い立ちました。白龍は、瑞葉の夢の中にあらわれ、「そなたの心が強く動く者が現れたとき、その者は、そなたに必要な力を備えていよう。ためらわず、助けを求めよ」と告げました。お告げから数日後のこと、遥真と名乗る見知らぬ青年が、瑞葉のもとを訪れました。青年は、瑞葉が数か月前に失くし、もはや戻らぬものと思っていた母の形見の櫛を手にしていた。「市で売られているのを見つけました。名が彫られていたので、持ち主に返さねばと思い、探して参りました」と、穏やかで誠実な面持ちで告げました。瑞葉は半ば戸惑い、半ば疑いながら周囲の者に尋ねたところ、青年は二つの里とは別の地に住む商人で、物資の仲介や輸送を手広く営み、以前から何度も里に足を運んでは多くの者に力を貸してきた人物だと知れました。瑞葉は、白龍のお告げにあった「心が強く動く者」とは、この青年に違いないと悟り、二つの里に絶えぬ諍いを治めるため、どうか力を貸してほしいと願い出ました。青年もまた二つの里の争いを憂えており、瑞葉の願いを聞き、「微力ながら、お力になりましょう」と快く助力を約束しました。その年、東の里と西の里の境で、かつてない大きな諍いが起こりました。争いを力で鎮めようと焦った朝春は、独断で西の里深く踏み込み、やがて敵地にて孤立し、四方を武者に囲まれ、討たれんばかりの危機に追い込まれました。事態を知った綾音は、日頃より備えていた小隊を即座に招集し、自ら先頭に立って西の里へと駆けました。迅速な采配によって朝春を救出しました。綾音は、「争いは、力では決して治まらぬものです」と静かに諭しました。以後、朝春は綾音の言葉を深く胸に刻み、その導きを尊ぶようになり、やがて綾音への想いを抱くようになりました。朝春を救い出した綾音が東の里へ戻ったその頃、西の里では、深くまで踏み込んだ朝春を取り逃がした武者たちが怒りに燃え、ただちに東の里へ攻め込もうと集まり始めていました。瑞葉はこれを知り、里の有力者である父に願い出て、東の里への出発を押しとどめてもらいました。そして、瑞葉は白龍のお告げを思い起こし、遥真に相談しました。遥真は、「東の里で話ができるのは綾音様しかおられません。私が会談の場を設けましょう。瑞葉様が西の里を代表して臨んでください」と静かに言った。瑞葉は決意を固め、父に「自らが東の里との会談に臨む」こと、そして「会談で決まったことは必ず守る」ことを約束させました。一方、遥真から会談の申し入れを受けた綾音も、争いの拡大を憂えてこれを受け入れました。綾音は、先の救出において命を救われた朝春に向かって言いました。「決まったことは、必ず守っていただきます」朝春は深くうなずき、「綾音が定めるなら、命に代えても里の者に守らせる」と誓いました。こうして、二つの里の会談は厳かに執り行われました。綾音と瑞葉は、争いの理由を一つずつひも解いていき、和を重んじる道を定めました。その日を境に、二つの里では争いごとが起こっても、まず話し合いによって解かれるようになり、長く続いた対立はしだいに消え去りました。
「おもしろい! でも変わってるよね」
相沢さんは、神社の由来を聞き終えると、感心したように口を開いた。
「この『白龍』っての、助言するだけで、霊力みたいなものは、いっさい使ってないじゃないの。まあ、強いて言えば離れていても会話できるぐらい? そんなの今なら電話やネットで、誰でもできるわ」
「そこがいいとこですよ。『霊力』に頼らないから、成就することだってあるのですよ」
「ふーん……なるほど。そういう読み方もあるんだね」
相沢さんは腕を組み、しばらく考え込むと、ぱっと顔を上げて言った。
「よし、行ってみよう! 現地で、雰囲気も見てみたい!」
「でも、いくつか気になることがあります」
結城さんは、相沢さんが話す間も、神社についての検索を続けていた。
「この神社……近年、更新された写真や口コミがほとんどなくて。もしかすると、荒廃している可能性があります。現地に行くまでは何とも言えませんが…」
「……逆に、行く意味が出てきたじゃない」
「え?」
相沢さんの返事に、結城さんは思わず聞き返した。
「もし本当に荒れてるなら、何とかしなくちゃ。こんなに面白い伝承が残ってる神社が、朽ち果てていくなんて……なんか、もったいなさすぎる」
「ええ……行きましょう」
“縁結び” への関心が、そう言わせた。
「確認しないと始まりませんから」
「決まりっ!」
二人はすぐに予定を合わせ、週末の現地訪問をカレンダーに入れた。
***
午前十時ごろ。
空はよく晴れていた。
神社の最寄りにある無人駅には、結城さんがひとりいた。
結城さんは、ホーム全体を見渡せる端に立っていた。
一本早い電車で、この駅まで来ていた。
やがて、遠くから電車の音が近づいてきた。
電車は、ゆっくりと速度を落とし、結城さんの前で停車した。
結城さんは、乗降口に目をやった。
扉が開くと、相沢さんがハイキング用のリュックを片方の肩に掛けてホームに降り立った。
結城さんは、写真で確認した横顔をすぐに見つけた。
相沢さんは、結城さんとは反対の方向を、きょろきょろと見回していた。
結城さんは、相沢さんの方へ歩いていった。
声をかけるには、まだ少し距離がある。
もう少し近づく。
そして、声をかけた。
「相沢さん――ですよね?」
相沢さんは驚いたように振り向き、少し戸惑ったまま問い返した。
「はい……えっと、結城さん、ですか?」
結城さんは軽く笑みを浮かべてうなずいた。
「お待ちしてました。一本早い電車で着いたので⋯」
「わりぃ、待たしちゃったかな?」
「いいえ、私が早く来すぎただけですから⋯」
「えー、はじめまして、結城さん。まぁサイトでは、しょっちゅう会ってるけど、対面は初めてだからね」
「はじめまして、相沢さん。よろしくお願いします」
「おう! よろしく! ここからは、いつも通り『結城ちゃん』って呼ぶわ」
相沢さんが差し出した手を、結城さんは、強く握った。
「じゃあ、神社へ向かうとしましょうか」
ふたりは、神社へと歩き始めた。
少し歩くと、相沢さんが結城さんに話しかけた。
「結城ちゃんって⋯、ほんとに結城ちゃん?」
「ええ、そうですよ。どうして、そんなふうに思うのですか?」
結城さんは、少しも動じずに答えた。
「なんとなくよ。イメージしていた通りなんだけど、どこか……無理やり “結城ちゃん” のイメージに合わせてるって感じがしたから」
「ああ……“結城” は本名じゃありません。そのせいかもしれませんね」
「そっか。仕事用の名前みたいな?」
「まあ、そんなところです。相談の仕事だと、プライベートと呼び名を分けたほうが何かと都合がいいんですよ」
「へぇ……なんかプロっぽいね。声だけ聞いてたときより、現実味あるよ」
「でもよかったです。想像と違ってがっかりされるより、ずっと」
相沢さんは、周りを見渡して言った。
「こういう場所にある“縁結び神社”っていいね。メジャーなところよりのんびりしてて、なんだか素直な気持ちになれる気がする」
「メジャーなところは、人が多くて落ち着きませんからね。どうしても遠慮して、お願いを言いづらくなってしまいます」
「結城さんの恋愛相談サイトって、ここみたいに“穴場”って感じがするよね。メジャーなところって、もっと ”機械的” っていうか…」
「”機械的” ですか……まあ、確かにメジャーなところは、効率重視ですよね。うちは小さい分、ちゃんと一人ひとりの話をじっくり聞く余裕がありますよ。それに、こんなふうに一緒に出かけたりなんて……普通はしませんし」
「ほんと、私の傷心に付き合ってくれて、ありがとう」
相沢さんは、結城さんに感謝を伝えたあと、続けて尋ねた。
「結城ちゃんて、恋愛相談やってると、片思いの話とかが多いんでしょうけど、たまには、別れ話もあるんでしょう?」
「私のは、別れ話じゃないけど……。悲しい話ではあるんだけど」
「別れ話ですか……」
結城さんは、その言葉を口の中で繰り返すように、つぶやいた。
「別れ……」
(結城さんのイメージ)
夜の病室。ベッドに横たわる男性の傍らで、年配の女性がベッドに腕を乗せたまま、顔を伏せて泣いている。何も言わず、ベッドの女性から目を離すと、ドアへ向かった。ドアが近づき、開いた。
「別れ…」
「私は何も感じない」
相沢さんの問いかけに、結城さんは反応しなかった。
「結城ちゃん、どうしたの?」
「結城ちゃん?」
「あっ、ごめんなさい! 別れ話ですよね…」
結城さんは、はっと我に返ったように答えた。
「えーっと……、相談に来られた方を傷つけないように注意して、話を聞いて状況を整理します。それから、復縁したいか希望を…」
「結城ちゃん……」
相沢さんは、結城さんの様子をうかがうように呼びかけた。
「なんか変よ……」
結城さんは、相沢さんから顔をそらした。
相沢さんは、結城さんが顔をそらしたので、仕方なく前方に目をやった。
「あれ見て、雰囲気的に、きっとあそこよ」
ほどなく、まっすぐな道の右側に大きな木が見えてきた。二人は、少しペースを速めて、そこに向かった。




