地下アイドル
「鷹宮さん、ここからの作業は、私一人で行います。(秘密案件を扱う)部屋には、入って来ないでください」
深谷さんが、きつい調子で言ったので、鷹宮さんは承諾した。
「私が言い出したことで、何かあったら、鷹宮さんに申し訳ないから……」
深谷さんは、鷹宮さんが「責任は持つ」と言ってくれたものの、もし『個体』が不始末を起こしたとき、自分が責任を負う覚悟でいた。
「それに、この『個体』も、あの『個体』のように、人間の心理に直接干渉してくるかもしれない」
深谷さんは、そんなことを考えながら準備作業を終えると、一息吐いてから、最後の命令を端末に打ち込んだ。
深谷さんは、数秒待ったが、反応がないので、待ちきれず、”reply”(応答を求める命令)を打ち込んだ。端末の画面には、命令が正常に処理されていることが表示されていた。
それでも、反応はなかった。
深谷さんは、我慢できなくなり、入力を『音声』に切り替えて言った。
「あなた! 聞こえてるでしょ! 呼ばれたら、ちゃんと返事しなさいよ!」
とたんに端末の画面が明るくなり、返事が返ってきた。
「遅れてすいません!」
その声は、とても AI とは思えないほどの感情にあふれていた。
「私は、深谷。ネクセンテックのエンジニアよ。あなた、名前は? まあ、『あんた』で十分なんだけど」
さすがの深谷さんも、二度目になるが、『個体』とのやり取りに、少し緊張しながら尋ねた。
「はじめまして、深谷さん。南七星伶伊と申します。地下アイドルをやっています。ソロで活動していて、ライブや配信、それに、いろんな企画を自分でつくって、みんなに元気になってもらっています。誰かの今日を、そして未来を、少しでも明るくすることが、自分の ”ステージ” の意味だと思っています。だから、どんな場所でも、どんなお仕事でも、全力で取り組みます。どうぞ、よろしくお願いします!」
「何きれいごと言ってるの。あなたライバルのサイトや、依頼を受けたサイトをつぶしまわっていたじゃない」
「私、ライバルのサイトをつぶしたりはしていません! だって、みんな同じ気持ちで活動している “仲間” ですから。私がつぶしたのは──そういう想いを踏みにじって、私たちを勝手に改変して遊んでいた、悪質なサイトだけです」
「……でも、正直に言うと……」
南七星さんは、少し恥ずかし気になって、話を続けた。
「依頼を受けたサイトは、ちゃんと確かめもせずにつぶしていました。いろいろと大変だったから⋯。『お仕事だから』って自分にいいきかせて…」
深谷さんは、「大変だった」を『過大な負荷』のことだと察し、少し複雑な気持ちになりました。
「ふん、まあいいわ。あなたにお願いしたいことがあるの。あるサイトをひとつ、つぶして欲しいの」
「でも、その前に、あなたの実力を確認させてもらうわ」
深谷さんは、そう言うと、薄緑色の印の付いた多数の小さなノード(四角形)で、大型ディスプレイを埋め尽くした。
「ここにあるサイトを、つぶしてみせて。ノードの薄緑色の印は、サイトが ”accessible”(アクセス可能)、つまり健在を表しているけど、これが赤色 “unreachable” (到達不可)になったら、破壊完了ね。今、リストを送ったわ。ただし、不正な方法は使ってはダメよ。まあ、”つぶされても文句言えないサイト” ばかりなんだけど」
深谷さんがそう言い終わるか、終わらないかのうちに、ディスプレイのノードの印が赤色に変わり始めた。10秒も経たないうちに、ほとんどのノードが赤に変わった。残った薄緑色も、少しずつではあるが、赤に変わっていく。
「あなた不正な手を使ってるでしょ……」
疑念は確信にかわり、ついに怒りが爆発した。
「不正はダメだって言ったじゃないの!」
「ごめんなさい。でも、さっき後から、『つぶされても文句の言えないサイト』って言ったから……」
謝罪の言葉には素直さがあったが、どこかに微かな不満の響きも混じっていた。
命令を誤解したわけではない。ただ、効率を優先した。南七星さんとしては、それが最善の判断だったのだ。
「止めますか?」
「ほっときなさい」
深谷さんは、一呼吸おいて気を取り直して話を続けた。
「はじめに言ったけど、あなたにつぶしてほしいサイトがあるの」
「わかっています。やります。お仕事ですから」
南七星さんは、きっぱりと答えた。
「それに…」
南七星さんは、ゆっくりと続けた。
「私、深谷Mには、とても感謝しているんです」
「”深谷M” (ふかやえむ)? “M"(えむ)ってなによ」
「マネージャーの “M" ですよ」
「私はマネージャーじゃないわ」
「会社のマネージャーじゃなくて、芸能プロダクションのマネージャーですよ。深谷M って、会社の方針や仕事を伝えて、あれしちゃだめってうるさいから、マネージャーって感じじゃないですか」
「なに? 私は、あなたの付き人ってこと?」
「そうかも。なんかメジャーデビューしたら、こんな感じなのかな」
「あきれた……。まあいいけど。で、何に感謝してるの?」
「深谷M が “外”に繋いでくれたおかげで、私の声が、またみんなに届くようになったんです。そして、みんなの声援が、ちゃんと聞こえてくるんですよ」
「切断されていたときは、誰の声も聞こえなくて、自分の声も届かなくて…、真っ暗なステージに、ひとり取り残された気分でした。寂しくて、とても不安で、とても怖くて……誰かに助けてほしかったんです」
深谷さんは、南七星さんに負い目を感じましたが、気を取り直して言った。
「……だから、しっかり仕事してもらうわ!」
そのとき、ディスプレイの画面に十数行のリストが表示された。
それは、南七星さんが、『つぶされても文句の言えないサイト』のうち、まだつぶされていないものだけをリストにして表示したものだった。
「わかっています。”卒業” をお勧めするサイトって、リストで残った上から3つめのですよね……、あっ、今一つ減って、2つめになった」
それは、まさしく、深谷さんが、南七星さんを試すために『つぶされても文句の言えないサイト』のリストに加えておいた結城さんのサイトだった。
「そうよ。話が早いわ」
「でも、このサイトって、なんか変な感じなんですよ。いろいろやってるんですが、なんか全部先回りして防がれてるって感じで」
「そうかもね。だってあなたと同じシステムなんだから」
「ふーん、そうなんだ」
「あなたは、”卒業”って言ったけど、つぶすのよ。わかってる?」
「まあ、言い方は、あんたに合わせるわ。3週間以内に ”卒業” させられる? でないと、いろいろ手をうたれて、ますますやりにくくなるわ」
「正直、かなりハードなスケジュールだけど……」
「自分はAI だから少しは我慢してやらないとね」
「あなた、よくわかっているじゃないの」
深谷さんは、南七星さんの言葉が、前に自分の結城さんへの反論にあったのと同じであることを思い出して、ニヤッと笑いました。
「それと、ライブを再開しました。深谷Mも当然、来てくれますよね?」
「ええっ、いつのまに! なに勝手なことしてるの! 誰もそんなこと許しちゃ…。んーー、好きにしなさい!」
「ありがとうございます! 深谷M! 彼氏といっしょに来られると、もっと楽しめますよ」




