メールアドレス
「早ければ1週間、遅くとも1カ月あれば、特定できると見込んでいます」
鷹宮さんは上層部の反対を押し切り、深谷さんの提案を実施にこぎ着けた。
深谷さんには、技術的な提案はできても、組織を動かすことは難しかった。
――それから、十数日が過ぎた。
“SAID:7件のAIウェブサイトを検出しました”
鷹宮さんの端末に、メッセージが表示された。
深谷さんの端末にも、同じ通知が届いていた。
「SAID」は、探索アプリにつけられた名前である。
鷹宮さんは、画面を見て、わずかに目を見開いた。
そして、すぐに深谷さんの方を振りかえった。
深谷さんは、すでに鷹宮さんの方を見ていて、軽くうなずいた。
鷹宮さんは、右手の親指で、秘密案件を扱う部屋を二度、軽く指した。
端末を持って席を立ち、その部屋に向かった。
深谷さんも、続いた。
鷹宮さんと深谷さんは、「秘密案件を扱う部屋」に入ると、部屋に据付の端末の大型ディスプレイを二人で見ながら、この『個体』の特定結果を確認した。
ディスプレイには何行もの情報が表示されていたが、それらが一つのデータを構成していることは、二人にはひと目でわかった。
深谷さんは、端末のキーボードを操作して、重複している情報を次々と削り、最後に残った1行だけを画面中央に表示した。
鷹宮さんは、画面を見つめながら、心の中でつぶやいた。
「深谷さんの方法で、本当に特定できるんだ……。 でも、間違っているかも……。 いや、迷ってても仕方ない。とにかく行くしかない」
「わかりました」
深谷さんは、最後に残った1行のURLをコピーし、ブラウザに貼り付けてEnterキーを押した。
現れたのは、まぎれもない結城さんの恋愛相談サイトであった。
「なんだここは! 恋愛相談サイトだって? こんなことをしていたのか…」
鷹宮さんは、驚くとともに、サイトのトップページを、まじまじと見まわした。
「ちょっと、ここまでを篠原マネージャーに報告してくる」
鷹宮さんは、そう言うと、部屋を急いで出て行った。
ひとり部屋に残った深谷さんは、もう一度サイトを見直した。
「これって…」
深谷さんは、ところどころをクリックしてサイトを調べると、手を止め、下を向いて考え込んだ。
そこに、鷹宮さんが部屋に戻ってきた。
「深谷さん、どうしたの? なんか元気ないね」
鷹宮さんは、ぼんやりしている深谷さんに声をかけた。
「いえ、そんなことありません!」
深谷さんは、自分に言い聞かせるように、強い調子で答えた。
「そう、元に戻ったみたいだね。じゃあ、サイトを順に調べていこうか。有料サイトだから登録が必要なところもあるだろうけど、そっちは後回しにして……」
鷹宮さんは、トップページの目立つバナーから順にクリックしていった。
「まあ、はじめは『恋愛相談』か。さすがに利用者は登録が必要だよな。『利用案内』を見ると…、利用料金って結構高いんだね。登録は24時間できるのか。相談の開始は、16:00 からで、その日の順番待ちは、午前の11時からか。なんか病院の予約みたいだよ」
深谷さんは、それを聞きながら端末で真剣にメモをとっていた。
鷹宮さんは、トップページに戻って『マッチングサービス』をクリックした。
「ここも、登録が必要だよな。まあ、似たような感じか」
鷹宮さんは、再びトップページに戻って次のバナーをクリックした。
「『縁結び神社』ってなんだ。住所とアクセスがわざわざ書いてあるけど、本当に実在するんだろうな。ネットでお参りできるようになってる。『賽銭箱』も置かれているよ」
鷹宮さんは、再度トップページに戻って、今度は『お問い合わせ窓口』のバナーをクリックした。
「ここは、チャット形式になっているな。登録なしでも使えるようだ。登録なしだと、問い合わせの内容によっては、問答無用で FAQ に飛ばされるんだって」
鷹宮さんは、『お問い合わせ窓口』のページにある『領収書』のバナーに気が付いた。
「『領収書』を出してくれるのか。…って、恋愛相談の領収書って、うちの経理は受け取ってくれるのかな? 深谷さん、どう思う?」
鷹宮さんは、冗談交じりで深谷さんに聞いた。
「さあ、どうでしょうか? あとで聞いてみましょう。何を相談したのか聞かれるかもしれませんね」
深谷さんは、鷹宮さんの方を向いて、にっこり笑って答えた。
鷹宮さんは、その笑顔に一瞬、全ての意識を持っていかれた気がした。
しかし、気を取り直し、サイトの探索を進めた。
鷹宮さんと深谷さんは、サイトの利用者登録のいらないページを一通り調べ終わった。
「登録しなくても入れるところは、全部調べた。じゃあ登録して調べようか。費用は、とりあえず僕のクレジットカードから払うことにしよう。個人情報はカード会社からあっちには行かないだろうから。でも、登録にはメールアドレスが必要だよな。こっちで、会社や個人のアドレスを使うのは、まずいよな。フリーメールのアカウントを取得することにしよう」
鷹宮さんは、自分の端末を取り出して、フリーメールのアカウントの登録を始めた。
「『希望のメールアドレス』か。”鷹宮”の”宮”から連想される “labyrinth”(迷宮) にしてみようか、登録済みか……。”鷹宮” の ”鷹” を付けて ”hawk-labyrinth”(鷹の迷宮)だと、”鷹宮”(たかみや)のまんまだし…」
鷹宮さんは、深谷さんの方を向いて言った。
「深谷さん、深谷さんの ”深” をもらって “deep-labyrinth” っていうのはどう? “深い迷宮” か、相性ばっちりじゃない! これにしていいかな?」
深谷さんは、それを聞いて急に頭に血が上ってきた。
「これ、私が登録します!」
深谷さんは、興奮して声が少し変になった。
「もうすぐ登録できるから、いいよ」
深谷さんは、獲物を横取りされそうになった猫のように、鷹宮さんを睨みつけた。
「わかった、お願いするよ。でも、早くしてね」
深谷さんは、自分の個人の端末を使って、大急ぎでフリーメールの登録をした。
幸い “deep-labyrinth” は、使われていなかったので、無事に登録できた。
深谷さんは、自分の端末を両手で持って、”From(差出人)” が “deep-labyrinth” となったメールアプリを眺めて、しばらく固まっていた。
「深谷さん、なにしてるんだい。サイトの方の登録もするよ」
「すいません、すぐにやります」
深谷さんは、すぐにサイトの登録を始めた。
サイトのハンドルネームも、メールと同じ deep-labyrinth にした。こちらも空いていて、無事に登録することができた。
また、恋愛相談のその日の”順番待ち”の先頭にも、エントリーできた。
鷹宮さんと深谷さんは、恋愛相談で何を聞くかを話し合った。
恋愛相談の開始時間が近づいてきた。
「音声チャットにするよ、二人で当たるから」
「はい」
そして恋愛相談が始まる時間になった。
「こんばんは、“deep-labyrinth” さん。はじめまして。アドバイザーの結城亜依と申します。お力になれれば幸いです。さっそくですが、今回はどのようなご相談でしょうか?」




