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王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


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第28話


第28話 運命を握るもの


 赤が、さらに脈打つ。

 生き物のように。

 パルス伯の手の中で、花の形をした石が鼓動していた。


「神器“プルトン”」


 低く、告げる。


「枯れた神核を基に――繋ぎ直したものだ」


 ゆっくりと、掲げる。


「人の手でな」


 その言葉に、空気が歪む。


 森が、ざわめく。

 葉が震え、根が軋む。


 だが、それは――自然の動きではなかった。


「従え」


 短く、命じる声。

 その瞬間、森が動いた。

 枝がしなり、根が浮き上がる。


 意思を持ったように。


(違う……操られている)


 森がミラベルへと、牙を向く。

 青い光が、揺れる。

 押される。

 侵される。

 周囲が、赤く塗り替えられていく。


「これが“従う”ということだ」


 パルス伯が笑う。


「力とは、支配するものだ」


 枝が迫り、根が絡む。

 ミラベルは、一歩踏みとどまった。

 胸元の石に、手を当てる。


「応えて……!」


 押し返す。

 青い光が、広がる。


 だが――届かない。


 流れが、押し潰される。

 呼吸が浅くなる。

 膝が、わずかに揺れる。

 石が、砕けそうな程の熱を持つ。


(このままじゃ、もたない)


 その時。

 ミラベルは、はっとして明後日の方向へ顔を向けた。


 ――蹄の音。


 遠くから、はっきりと地を蹴る音がした。

 迷いのない、一直線の軌跡。


 次の瞬間。

 

 影が、割り込んだ。

 それだけで、赤の流れがわずかに“止まった”。

 枝が弾かれた。

 根が砕ける。

 

 赤の圧が、一瞬だけ途切れる。


「……届かせない」


 低い声。

 マルクスだった。

 ミラベルの前に立つ。

 剣を構えるでもなく、ただそこに立つ。

 それだけで、流れが変わる。


「……来たのですね」


「ああ」


 余計な言葉はない。

 マルクスは、視線を前に向けたまま言う。


「そのまま行け」


 止めない。

 守るとも言わない。


 ただ――進めと、言った。


 ミラベルの呼吸が、戻る。

 石に触れる。

 熱が、変わる。

 ただの力ではない。


 流れ。

 巡り。

 繋がり。


 それが、広がる。


「……私は、選んだ」


 はっきりと、言葉にする。

 その瞬間。

 

 音が、消えた。

 光が、変わった。


『呼べ――我が名は』


 声と光が、流れ、巡る。

 温かな白い光。

 根本が書き換わる。


「――神器“フォルトゥナ”」


 風が、変わる。

 止められていたものが、動き出す。

 奪われていたものが、戻る。

 森が、応える。

 従うのではない。

 選ぶ。

 ミラベルに。

 枝が、向きを変える。

 根が、流れを変える。

 土が、押し返す。

 

 ――赤が、歪んだ。


 プルトンの光が、ねじ曲げられていく。


「……何だ、それは」


 パルス伯の声が、低く沈む。

 ミラベルは、前を見る。

 もう、迷いはない。


「これは――」


 一歩、踏み出す。

 風が背を押す。

 森が道を開く。


「与えられるものじゃない」


 更に、一歩。


「選び取るものです」


 光が、満ちる。

 赤を押し返す。

 侵されていた森が、息を取り戻す。

 プルトンの脈が、乱れる。

 どくりと、不規則に。


「……馬鹿な」


 パルス伯が、後退る。

 初めてだった。

 余裕が、崩れる。


 ミラベルは、止まらない。

 その先へ。

 自分で選んだ未来へ。


 赤に、歪なひびが走る。

 音は、小さい。

 だが、その瞬間すべてが決まっていた。


「……な」


 パルス伯の声が、遅れて漏れる。


 掌の中の石。

 赤い光が、歪む。

 脈打つように明滅し――次の瞬間。


 砕けた。


 音を立てて、ではない。

 耐えきれず、崩れるように。

 形を保てず、指の隙間から零れ落ちる。


「……有り得ん」


 声が震える。


 あり得ない。

 それは、“従わせる”ために作られたものだった。

 支配するための力。

 逆らうなど、あり得ない。


 だが。

 森が、動かない。

 否――動いている。


 それはもう、彼に従っていなかった。


 ざわり、と空気が揺れる。

 葉が鳴る。

 枝が軋む。


 それは命だった。

 意思だった。


 ミラベルの足元から、静かに広がっていく。


「……やめろ」


 パルス伯が後ずさる。


 理解が、追いつかない。

 目の前の光景が、受け入れられない。


「やめろ……! それは……それは、私のものだ……!」


 叫びは、空に溶ける。

 応えるものは、何もない。

 ミラベルは、ただ立っていた。


 白い光に包まれながら。

 静かに。

 揺るがず。


「違います」


 短い声だった。


「これは、誰かのものではありません」


 一歩、踏み出す。


 地面が応える。

 草が、揺れる。


「あなたは、“従わせた”だけ」


 視線を向ける。

 逃がさない。


「私は、“応えられた”だけです」


 その違いが、すべてだった。


「……そんな、ことが……」


 パルス伯の膝が、崩れる。

 力が抜ける。

 立っていられない。


 支配していたはずのものが、すべて離れていく。

 手の中にあったはずの力が、もうどこにもない。


 残されたのは――空白だった。


「……違う……違う……!」


 地を掴む。

 土を握る。

 それでも、何も返ってこない。


「支配すれば、全ては従うはずだ……!」


 森は、沈黙している。

 ただ一人にだけ、応えて。

 ミラベルは、目を伏せた。


 ほんの一瞬。

 そして、再び開く。


「終わりです」


 静かに、告げる。


 その言葉に、重さはなかった。

 ただ、確定だけがあった。


 同時に。


 森が、動いた。

 枝が伸びる。

 地が割れる。


「――っ」


 声にならない叫び。


 枝が絡みつき、土に引き込まれていく。

 抵抗は、一瞬だった。

 気配が、消えた。

 

 終わった。


 フォルトゥナが静まる。

 風が、吹く。

 ざわり、と葉が鳴る。

 先ほどまでの荒々しさは、もうない。

 穏やかな風だった。


 ミラベルは、空を見上げる。


 広い空。

 どこまでも続く。


 その下で。

 彼女は、立っていた。

 同じ空を、見上げる者を背に感じた。


 ――自ら選んだ、その場所で。

 


 つづく

 

お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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