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王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


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第25話


第25話 張り巡らされるもの


 重い扉が、静かに閉じられた。


 応接室の空気は、ひどく澄んでいた。

 余計な音がない。

 それだけで、張り詰めていると分かる。


 長卓の向こうに、国王が座していた。

 その両脇に、エドアルドとマルクス。

 視線だけで、人を測るような沈黙が落ちる。


「……報告せよ」


 低い声だった。

 控えていた騎士が、一歩進み出る。


「はっ。パルス伯の護送中、北方街道にて襲撃を受けました」


 言葉は簡潔だった。

 だが、その一行にすべてが含まれている。


「護衛は?」


「半数が戦闘不能。残りも散り散りに」


「伯は」


 一拍。


「……連れ去られました」


 空気が、わずかに沈む。

 マルクスの視線が動いた。

 ほんのわずかに、細くなる。


「手練か」


「はい。数は少数。しかし――」


 言葉が選ばれる。


「……明らかに訓練された動きでございました」


 マルクスの中で、記憶が繋がった。

 森で対峙したあの気配。

 数は多くなかった。

 だが、質が違った。

 逃げたのではない。

 退いたのだ。

 最初から、ここまで含めて。


「追跡は」


「現在、各方面へ展開しております。しかし――」


 騎士は一瞬だけ言葉を詰めた。


「足取りは、完全に途絶えております」


 用意された逃走だった。

 

 沈黙が落ちる。

 国王が、ゆっくりと口を開いた。


「……まだ使う気か」


 誰に向けた言葉でもない。

 だが、意味は明確だった。

 マルクスは答えない。

 答える必要もなかった。

 エドアルドが代わりに口を開く。


「可能性は高いでしょう。あの力は、放置すべきではない」


 あの力。


 名は出ない。

 だが、全員が同じものを思い浮かべていた。


「……王命とする」


 国王の声が、静かに落ちる。


「ミラベルの警護を強化せよ」


 その言葉に、ミラベルは瞬きを忘れた。


「完全にだ」


 言葉は短い。

 だが、余地はなかった。


「人の出入りを制限する。動線を固定しろ」


「内部の配置も見直す。無駄は削ぎ落とせ」


 エドアルドが続ける。


「万一にも、外へ出ることのないように」


 守るための言葉だった。

 それでも。


(……閉じる気か)


 マルクスは何も言わない。

 ただ、その意味を理解していた。


 守る。

 そのために。


 ――動かさない。


 視線を落とす。

 答えは、すぐには出ない。


「……以上だ」


 国王の一言で、場が閉じる。

 椅子が引かれる音。

 衣擦れ。

 それだけで、人が動く。

 マルクスも立ち上がった。


 言葉はない。

 ただ一つだけ。


(……確認する)

(――閉じ込めるためじゃない)

 

 それだけが、残った。


 ――――――


 廊下に、騎士が立っていた。


 ひとりではない。

 二人。

 三人。

 等間隔に、途切れることなく。

 彼らは油断なく、周囲に目を光らせる。


 騎士の前を通り過ぎる。

 ミラベルが通された部屋は、変わっていた。

 侍女の数が増えている。

 配置が違う。

 動きが、揃いすぎている。

 窓際にも人が立ち、扉の前にも人がいる。

 よく見ると、窓際や扉の前の侍女は武装していた。

 手順が一つも崩れない、完璧な警護だった。

 

「本日より、警護体制が強化されております」


 ノエルが言った。


 声は、いつもと同じだった。


「どうか、ご安心ください」


 だが、わずかに言葉が早い。

 ミラベルは、室内を見渡した。


 窓。

 扉。

 人の位置。


 すべてが、整っている。

 完璧に。

 それ以上に。


(……動かない)


 動けない。

 椅子に腰掛ける。

 背筋を伸ばす。

 視線を落とす。

 手を、揃える。

 教えられた通りに。

 それが、一番正しい。

 それが、一番安全だ。


 ――そういう形に、なっている。


 ノエルが少しだけ近づいた。


「何かございましたら、すぐにお申し付けください」


 柔らかいが、どこか余裕のない声。

 ミラベルは、小さく頷いた。


「……ありがとう」


 それだけを返し、視線を上げる。


 窓の外。


 空は、変わらず広かった。

 雲が流れる。

 止めるものは何もない。

 それなのにここは、出口がどこにも見当たらない。


 胸元のペンダントに触れる。

 冷たい。

 何も応えない。

 昨日まではあった熱が、今は消えている。

 ミラベルは、その冷たさをしばらく手のひらで包んでいた。

 温めようとしているのか、確かめようとしているのか、自分でも分からないまま。

 

「……ノエル」

 

「はい」

 

 すぐに返ってくる声。

 

「昨日と、何かが変わったかしら」

 

 ノエルは一瞬だけ間を置いた。

 

「……警護が、強化されました」

 

「そう、ね」

 

 それだけ言って、視線を窓に戻す。

 格子状の窓。

 

 選ぶと言った。

 まだ選んでいない。

 それなのにもう、選べない形に整えられていく。

 ミラベルは、ゆっくりと息を吐いた。

 誰にも聞こえないほど、小さく。

 

 守られている。

 完璧に。

 どこにも隙はない。

 

 けれど、胸の奥に残るのは、温もりではなかった。

 触れた指先の方が、まだ暖かい。

 

 ミラベルはもう一度、窓に目を向ける。

 窓にすら、檻が付けられている。

 その様が、あの日の馬車を連想させた。


 もう二度と出られないと、錯覚するほどに。


 つづく

お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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