第21話
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第21話 二人の扉
等間隔に配置された窓から、夕陽が差し込む。
影と光で、格子状になった廊下を進む。
石の床を打つ足音が、規則正しく響いた。
速くて、迷いがない音だ。
すれ違う侍女たちが、思わず足を止める。
彼女達は一様に、緊張した面持ちをした。
マルクスは止まらなかった。
「――殿下、お待ちください」
思わずといったように、後ろから声がかかる。
しかし、マルクスは振り返らない。
「面会は――」
「知っている」
短い返答。
それで十分だった。
「お下がりくださいませ」
近衛の一人が道を塞ぐように、前に出た。
マルクスの視線が向いた。
鍛え抜かれた、武の視線。
それだけで、空気が変わる。
「これより先は――」
委縮したように、言葉尻が下がる。
「……罰は覚悟の上だ」
低い声に気圧されたかのような、沈黙。
やがて、近衛は一歩退いた。
マルクスを止めるものは居なくなった。
廊下の奥に、扉が見える。
視線を外さず、足を進める。
重厚な造りに、人を寄せ付けない静けさ。
その前で、足が止まった。
(……ここか)
手を伸ばす。
扉まで、あと一歩。
「――そこまでだ」
声が、落ちた。
手が、空を掴む。
振り返る。
「――兄上」
エドアルドが、静かに佇んでいた。
最初からそこにいたかのように。
視線が合う。
何も揺れない目だった。
「道を、譲って頂けないでしょうか」
マルクスが言う。
迷いはない。
言葉は、真っ直ぐだった。
「それはできない」
返答は、同じようにまっすぐだった。
間が落ちる。
空気が、重い。
「王命だ」
エドアルドは続ける。
「この場への立ち入りは、制限されている」
事実だけを告げる声音。
そこに感情はない。
「……罰は覚悟の上です」
マルクスは一歩踏み出した。
「今、会わねばならない」
エドアルドは、わずかに目を細めた。
「会って、どうする」
問いだった。
だが、試すようなものではない。
ただ、確認するだけの問い。
「決まっています」
マルクスは答える。
「本人に問う」
――彼女は選ぶ人だ。
「何を望んでいるのか」
「何を選ぶのか」
視線は逸れない。
「それを、俺は聞いていません」
静かに、言い切る。
エドアルドは、わずかに息を吐いた。
「そうか」
短い返事。
それ以上は、何も言わない。
「俺には、お前があれに情をかけているように見える」
言葉が、落ちた。
マルクスの動きが止まる。
「それが、お前の判断を鈍らせている」
為政者らしく、何にも肩入れしない姿勢。
「あれは、この国の為に王妃となる存在だ」
エドアルドの声は変わらない。
「今のあれは、もはや一介の辺境伯令嬢ではない。」
「役割も、未来も決まっている。」
淡々とした言葉。
「既に、与えられている――」
断定だった。
「今のあれは、もはや一人の意思だけで動ける立場ではない」
エドアルドが鋭い視線を、マルクスに向ける。
マルクスは、何も言わなかった。
ただ、扉を見る。
目の前にある。
手を伸ばせば、届く距離。
それでも――。
「マルクス……お前は」
低く、呟く。
「今のあれに、選ぶ余地が残されているとでも思っていたか」
エドアルドの視線が、咎めるように動く。
「無理だ」
間を置かずに続ける。
「今のあれに、それはできない」
正しい。
あまりにも、正しい言葉だった。
だからこそ――重い。
マルクスは、ゆっくりと息を吐いた。
手が、わずかに下がる。
だが、視線は外さない。
「……それでも、俺は問いたい」
ぽつりと落ちたその言葉は、誰にも届かなかったはずだった。
――それでも。
その壁の向こうの存在に届くには、充分過ぎた。
――――――――
同じ頃。
ミラベルは、静かに座っていた。
講義は終わり、部屋にはわずかな静寂が残っていた。
小さな窓から差し込む夕陽が、調度品の壺を照らしている。
ノエルが、その壺を整えている。
細長く伸びたその影が、重厚な扉に重なった。
ふと、顔を上げる。
(……今)
扉の向こうに、何かを感じた。
誰かが――いるような気がした。
胸の奥が、わずかに揺れる。
理由は分からない。
ふと、胸元に違和感を覚える。
「……え」
思わず、声が漏れる。
それは静寂な空間に、よく響いた。
「ミラベル様……どうなさいましたか」
ノエルが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫、何でもないわ」
胸元を、そっと抑えて答える。
さっきまで、何もなかったはずなのに。
ほんの一瞬だけ、確かに、温もりがあった。
もう、ただの石に戻っている。
それでも。
(何かが……いいえ。誰かが、いるの?)
ほとんど、直感だ。
閉じられた扉を見る。
何も、変わらない。
それでも――扉から視線を逸らせない。
ミラベルは、そっと視線を落とす。
胸の奥に残る、微かな熱を確かめるように。
やはり、気のせいではない。
(あなた……なの?)
ミラベルは、ゆっくりと息を吸った。
そして、吐く。
視線を、上げる。
閉じられて、重く動かない扉。
――でも、本当に重いのか?
(……私は、開こうとしたことすら無いわ)
言葉が、小さく形になる。
けれど、はっきりとしたそれは――。
(……行って、確かめたい)
――意思になる。
胸の奥が、強くなる。
与えられたものじゃない。
教えられたものでもない。
自分の中から、出てきたもの。
(でも、一人では絶対に無理……)
ちらりと、ノエルを覗う。
ノエルは部屋の調度品を整えていた。
ミラベルは、立ち上がる。
椅子が、わずかに音を立てた。
「……外に、出たいの」
続いた言葉と同時に、ノエルが振り返った。
つづく
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