第18話 大好きな人達
風がやんで、夜が降りる。
地上には昼と夜があるけれど、この地下には、それがない。
だからこそ、彼女たちの心が「一日」の終わりを告げてくれる。
魔法を学び、誰かを思い、寄り添って、眠る。
たぶんそれは、小さな家族のはじまりみたいな夜。
そして、ここから何かが変わっていく。
アルムは地下の広場にある重たい扉に手をかけた。もう館に戻ろう。そう思って扉を開けようとしたとき、背後から声がした。
「……まほう、おしえてくれないの?」
声の主は、ともえ。振り返ったアルムは、泣きそうな顔をしているともえを見て、目を細めた。
(……なんで泣きそうになってんの)
めんどくさ、と思いながらも、扉から手を離す。
「だって、魔法の原理わかってないでしょ? 教えても意味ないし」
そう言うと、ともえは視線を落として黙り込んだ。
沈黙が落ちる。アルムは少し頭をかいた。
「……まいっか。ヒマだし。ちょっとだけなら教えてあげる」
ともえがぱっと顔を上げた。声には出さないが、嬉しさが伝わってくる。
「ただし、ちゃんと聞いて。何回も同じこと聞かれたら、もう教えないからね」
ともえはこくこくと頷いた。
アルムはまたため息をつきながら、扉から手を離し、くるっとともえの方へ向き直った。
「じゃあ……まずは、魔法を出す前にやることからね」
「まずは、何をしたいか頭で考えるの」
アルムはそう言って、石畳の床にぺたんと腰を下ろした。
ともえは一瞬考えこみ、それからふわっと笑って言った。
「すごく……はやく、はしりたい。このまえの……アルム、みたいに」
「……そっか。じゃあ、風魔法だね」
アルムはちょっとだけ口元をゆがめて、指を立てながら言葉を続けた。
「いい? 風を“操作”するんじゃなくて、“出す”感覚。そこがまず違う」
ともえが首をかしげたので、アルムは思わず言葉を探す。
「えーと……私は掃除機、じゃ……わかんないか。じゃあ、口で空気を吸う感覚、あるでしょ? それを“手で”やる感じ」
ともえの目が真剣になる。だけどまだピンときてない表情に、アルムはさらに続ける。
「それが無理なら、まずは“魔力を放出する”感覚をやってみな。それができないと、風も出せないよ」
ともえは小さく頷いた。両手を前に出して、ぎゅっと目を閉じて集中し始める。
ともえは、アルムに言われた通り、真剣な顔で手のひらを見つめながら魔力を放出しようとしていた。小さく眉を寄せて、息を止めるように集中している。
その様子を見ながら、シンが声を上げた。
「どうやって無詠唱で魔法放つんだよっ!教えてくれよ、アルム!」
思わず声が大きくなっていた。食い気味に前のめりになっている。
続いて、サディも身を乗り出す。
「しゅつりょく……あげる、ほうほう……おしえて……!」
大きな目をさらに見開いて、真っ直ぐにアルムを見つめていた。
アルムはその視線にうんざりしたような顔をして、内心ため息をついた。
(なに? この流れ……まさか、私が教える流れになってる?)
「えーっと……ノンナに教えてもらったら?」
無責任に助け舟を出してみる。が、すぐにそれは沈没した。
ノンナは少し離れた木陰に寄りかかって腕を組みながら、にこりと微笑む。
「魔法のことは……アルム様のほうが、教えるのに向いていると思いますよ」
(え、訓練だからノンナが教えてくれるんじゃないのかよ!)
アルムの顔に露骨に(マジかよ……)という表情が浮かんだ。
アルムはため息をついて、シンに聞いた。
「じゃあさ、詠唱して魔法使うときって、なに考えてるの?」
シンはすぐに答えた。
「詠唱すると創造がはっきりするから。だから、無詠唱もその“創造”をしながらやればできるんでしょ!?」
目を輝かせて興奮気味に語るシンを見ながら、アルムは静かに首を振った。
「違うよ。それじゃ無詠唱はできない。」
そう言ってアルムは手をふわっと動かして、空中に軽く浮かんでみせる。
「私がこうやって空飛ぶとき、抽象的に『空を飛びたいなぁ』って思って、それを想像してやってると思ってる?」
シンはきょとんとした。
「魔法はあくまでも手段だよ。目的は『空を飛ぶ』こと。だったら“どうすれば空を飛べるか”を考える。
たとえば、足から風魔法を勢いよく発射して、その反動で浮かぶ……みたいにね。」
アルムはゆっくりと語った。
「詠唱はたぶん、その“どうすれば”を考えるステップをスキップしてるだけなんだと思う。」
シンは目を見開き、手を打った。
「なるほど!じゃあ、無詠唱で火魔法を出すには、抽象的にじゃなくて、“どうやったら火が出るか”を具体的に考えたらいいんだな!」
その勢いに押されながらも、アルムは少し笑って、片手を指でピッと立てる。
「ザッツライト。」
かっこつけて言ってみたくなった。
「そうそう、そんな感じで考えたらいいと思うよ。」
シンは目を丸くして聞いた。
「ザッツライトって……何?」
「う、うるさい!忘れろ!」
アルムは顔を赤らめてそっぽを向いた。
そんなやりとりの中、サディがぽつりと口を開く。
「まほう……つよく、する ほうほう……おしえて……?」
だがそのとき――。
「アルム! みてっ!」
ともえがきらきらした目で手を見せた。
「かぜの まほう、て から でたっ!」
手のひらからは、確かに微かな風がふわりと舞っている。興奮してぴょんぴょん跳ねながら、満面の笑みでアルムに見せつける。
アルムは肩をすくめて言った。
「一回出せたくらいで騒がないで。まぐれかもしれないし。」
「じゃあ……また、だせる ように するっ!」
ともえはそう言って、夢中で手のひらに意識を集中し始めた。
その姿を、少し離れたところでノンナが静かに見つめていた。
(無詠唱魔法……普通の人間には使えないはずなのに。やっぱり……ともえさんも、ただ者じゃありませんね)
アルムがサディに向き直り、少し眉を寄せた。
「……えっと、魔法の出力、だっけ?」
サディは、こくん、と静かにうなずいた。真剣な顔だった。
その様子に、アルムは内心げんなりしたようにため息をつく。
(……なんでこいつ、こんなにガチなんだよ……)
「魔法の出力を上げるって言っても色々あるからさ。サディにとって“出力を上げる”って、つまり何?」
「……はかいりょく。 もう、なにも……うしないたく、ない……から」
――その一言に、アルムの顔から冗談っぽさが少しだけ消えた。
「……そっか。破壊力ね。じゃあ説明するよ。破壊力を上げる方法は大きく分けて三つある」
アルムは手のひらを上に向けて、話しながら軽く魔力を流し始めた。
「まず一つ目。魔法そのものの出力を単純に上げる方法。たとえば……」
ゴオオォォッ!!
巨大な炎柱が、地面から突き上げるように噴き出した。熱波が周囲を揺らす。
「こうやって、単純にでかい魔法を出す。あるいは――」
炎を収束させて、今度は目にも止まらぬ速さで射出。
「こんなふうに、“でかくて速い”魔法を撃つ。威力はあるよ、単純だけどね」
続けて、アルムは指先に小さな炎をともした。
「二つ目。これはちょっとだけ応用。さっきより小さいけど、この炎に酸素を集中させると……」
ふっと炎が青白く変化し、温度が一気に上がる。
「青い炎になる。これ、めっちゃ熱いし貫通力がある。……あっつ」
三つ目。アルムは空気中に指をかざすと、まるで風が集まってくるようにして一点に魔素を収束させた。
「で、三つ目。これはかなり難しいけど――」
ドンッ!!
音もなく発生した青い閃光が、遠くの木を一瞬で焼き尽くした。
「魔素を凝縮して、瞬時に放出。威力はバカ高い。でも難易度も高い。で、ほら……森燃えてんじゃん……」
バシャァァア!
アルムはため息をつきながら、広範囲に水魔法を発生させて一気に鎮火した。
「……ってわけで、サディはどれで破壊力上げたいの?」
サディは呆然としながら、目の前の現実を確認するように瞬きを繰り返していた。
「……いちばん かんたん、なの……どれ……?」
「うん、単純に出力上げるやつ。炎をでっかくして、勢いよく飛ばす。派手だし、やりやすいよ」
「……どうやって、まほうの しゅつりょく、あげたら いいの……?」
サディがじっとアルムを見つめながら、ぽつりと尋ねた。
その目は真剣そのもので、アルムは肩をすくめながら答えた。
「魔法の出力を上げるにはね、まず“魔力を一点に集中させる”ってのが大事。
魔力ってさ、意識してないと体中から漏れてるんだよ。たとえば足とか、背中とか、口からとか。呼吸してるみたいに、無意識にね」
アルムは自分の手を軽くかざして、さらりと続けた。
「だから、その“漏れてる魔力”を、こう……手とか、一か所に集中させるだけでも、威力はかなり変わると思うよ。詠唱とか関係なくね」
「……わかった」
サディは小さくうなずき、両手を前に出して静かに詠唱を始めた。
その姿をちらりと横目で見たアルムは、ふうっとため息をついてから背後のノンナへ目を向けた。
「ノンナ、もう……部屋に戻っていい?」
ノンナは少し驚いた顔で尋ね返した。
「……見ていかなくてよろしいのですか?」
アルムは肩をすくめて、そっけなく答える。
「聞かれたから答えただけ。……べつに興味ないし」
そう言ってアルムは、地下から続く階段の扉を押し開け、ひとり、館の上階へと戻っていった。
その背には、サディの小さな詠唱の声が、かすかに響いていた。
ノンナがふと口を開いた。
「そろそろ……外は暗くなりますから、中に入りましょうか」
ともえが空を見上げて首をかしげる。
「……でも、くらく ない?」
ノンナは柔らかく微笑んで言った。
「ええ、ここは私が作った地下空間ですから、“夜”という概念がないんですよ。けれど時間はちゃんと進んでいます。身体は正直でしょう?」
ともえとサディは顔を見合わせると、ぽてんと座り込みそうになった足をふんばりながら頷いた。シンも一言も喋らずに頷くだけで精一杯だった。
三人は言われるがまま、一階へと続く階段を上がっていった。
中央ホールに入ると、湯上がりのように少し髪の濡れたアルムが立っていた。すれ違いざま、ノンナに一言だけ告げる。
「ごはんはもう食べたから、部屋にいく」
そう言って、アルムは迷いなく自分の部屋へと歩いていき、扉を閉めた。
三人は浴室に向かい、順番に体と髪を洗った。湯船に身を沈めると、どっと疲れが押し寄せてくる。
「あ……うごけ、ない……」
「……たち、たく ない……」
「魔法の練習って体力使うんだね……」
そのまま三人はしばらく、無言で湯に沈んでいた。
湯に浸かってしばらく、ぽかぽかと身体が温まってくると、誰からともなく言葉が漏れた。
「……初めてできた……無詠唱……」
シンが天井を見上げながらぽつりと呟いた。
「アルムの教え方うまかったね」
その言葉には、しみじみとした驚きと尊敬が混じっていた。
隣で目を閉じていたサディが、ぽつんと口を開いた。
「わたしも……おおきな ほのお……はじめて……」
「アルム、ほどじゃ ない……でも、いちばん おおきかった……」
ともえは湯船の中で嬉しそうにぱしゃりと水をはねさせた。
「わたしもー! はじめて まほう つかった! まほう、すごいねー!」
三人の声は弾んでいた。けれど、それも長くは続かなかった。
「……でも、つかれた……」
「つかれ、すぎ……」
「もう出たくない……」
三人はぐったりと湯船に沈みこみ、そのまま目を閉じた。
まるで水面に浮かぶ木の葉のように、今日という一日をゆっくりと身体の中に沈めていくようだった。
しばらく湯船に浸かっていると、ともえがふと気づいたように隣を見て呟いた。
「……きょうは、ふたりとも……はだか、なんだね……」
その声は驚きというより、純粋な観察のような響きを持っていた。
シンとサディは目を閉じたまま、もはや隠す力も残っていないらしく、わずかに手を動かすだけで反応した。
「もう……いいや……」
「疲れたから……」
浴室から出た三人は、ノンナに「ごはん、いらない……」とそれぞれぼそりと伝えて、ふらふらとアルムの部屋へと向かった。
アルムの部屋では、本人がベッドの端に座りながら、空中に魔力で文字を描いていた。
「重力は……けっこう、つよいみたいね。じゃあ……これはこうして……」
何かぶつぶつとつぶやきながら、手の動きと視線は空中の数式に集中していた。
そんなところへ、突然——
「……おじゃま、する」
「ねむい……ねむいの……」
三人がバタン、とベッドに崩れ込んできた。
「ちょ、ちょっと! ここ私の部屋なんだけど!? 自分の部屋で寝なよ……!」
アルムは眉をひそめて苦言を呈したが、すでに返事はなかった。三人とも、ふかふかのベッドの上で早くも寝息を立てていた。
「……なんで、昨日も一昨日も……私、一人で寝れないの……」
そうぼやきながらも、アルムは空中に描いた文字をそっと消して、ベッドの隅に座り込んだ。
静かな夜が、再び訪れていた。
魔法に関する話がぐっと増えてきた章でしたが、実はこのあたりから、アルムの“前世”が静かに顔を出しはじめています。
魔法を使えば使うほど、アルムの中に眠っていた記憶が、少しずつ鮮明になっていく。
でも本人はまだ、それを“記憶”だとは思っていません。
ちなみにノンナは、アルムがぽろっと話す不思議な言葉や魔法理論をちゃんとメモしてます。えらい。たぶん後々なにかに使われます。




