第11話 剥がせない運命
アルムと初めてノンナは対話します!いったいどうなってしまうのか──
無垢な言葉が、空気を変える第11話。
扉が静かに閉じる音のあと、ノンナとシンは無言のまま部屋に入ってきた。
アルムは四角い木の机の一辺に座っていた。その隣にはともえ──気絶しているわけではないが、疲れきってぐったりと寄りかかっている。背もたれに体を預けるように座り、どこか遠くをぼんやりと見つめていた。
ノンナは机を挟んで、アルムの正面に静かに腰を下ろした。
そのすぐ隣、同じ側にはシンも控えるように座る。
「……アルム様。ご無事で、なによりです」
ノンナの落ち着いた声が、部屋の木壁に静かに染み込む。
アルムは正面の二人を見つめるでもなく、机の上に置かれた木彫りの置物を指でコツコツと叩いた。
その小さな音だけが、空気の中にさざ波のように広がっていく。
──奇妙な静けさが、再び部屋を包んでいた。
アルムを見つめ、次々に問いかけた。
言葉はすべて、アストロ王国の言語で。
「ずっと……どこに行っていたのですか?」
「どうやって、生きていたのです?」
「その隣の子は……あなたが連れてきたのですか?」
「どうやってここに戻ってこられたのですか? あのとき、森で何が──」
質問の嵐が止まらない。
だが、その言葉を隣で聞いていたシンは理解ができていない。
ノンナが使っているのは、リュサニア王朝とは異なるアストロ語だったからだった。
そんな空気の中、ぽつりとアルムが口を開いた。
「……そんなに質問されても、答えられないよ」
その瞬間、ノンナの肩が小さく動いた。
ともえ以外の前で、アルムが初めて声を発した。
「ノンナさん……で、あってましたっけ?」
ノンナは静かに相槌を打つ。
アルムは表情を変えないまま、視線を少し落とし、続けた。
「私がここに来たのは──お母様とお父様が、いつまでたっても見つけてくれなかったから」
「……だから、仕方なく来ただけ」
そして再びノンナの目を見て、まっすぐに尋ねる。
「お母様とお父様は……どこにいるの?」
ノンナは、思わず息を飲んだ。
(……喋った……?)
あの少女が──口を開いた。
それだけで十分に衝撃だった。
長らく一言も声を発さず、反応すらなかった少女が、突然言葉を紡いだのだ。
(いままで……喋れないと思ってたのに)
だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。
(……魔力……声に、乗ってる……?)
微かに震えるその声に、確かに魔力の流れを感じた。
それは音魔法に近い、声に混じったごく自然な魔力の振動──
意識的ではない、無意識の、無詠唱魔法。
(……ミア様が言っていたことは……本当だったの……?)
(じゃあ……)
ノンナはわずかに視線を落とし、静かに口を開いた。
「アルム様……残念ながら──
ミア様と、クロロ様は……一年前、何者かの“デス魔法”によって……命を落とされました」
その声には感情が混ざっていた。冷静さの奥に、ほんの僅かに滲む痛みと敬意。
「私がここに残ったのは……それを、あなたに伝えるためでもありました」
ノンナの言葉を聞いたアルムは、ほんの少しだけ眉を動かし──そして、ぽつりと呟いた。
「……めんどくさ」
それだけだった。まるで天気のことでも言うみたいに、平然と。
ノンナはその反応に一瞬言葉を失うが、気を取り直して、もう一度問う。
「では……そのお隣の子は、どなたですか?」
今度は、椅子に寄りかかっていた少女が答えた。無理やり笑ったような顔で、少しだけ前を向いて。
「私、三日月ともえ。
お母様に捨てられて……そしたら、アルムに拾ってもらって、ここまで来たの」
言葉に敬語はなく、素直でそのまま。
でも、その淡々とした話し方が、逆にどこか胸に引っかかるようだった。
ノンナは、ゆっくりと話を切り出した。声にはわずかな静けさと、どこか遠くを見るような響きがあった。
「アストロ国では……バーンデッド家の本家は、完全に消滅したと言われています。あなたのことを知る者も、もはやほとんどいないでしょう」
一度アルムに視線を向ける。
その瞳には、無意識で魔法を発動した少女への、確かな興味と観察の色が宿っていた。
──この子は何者なのか。どこまでの“異常”を秘めているのか。
ノンナは、心の奥で静かに探求の灯をともしていた。
彼女は隣の少女へと目を移す。
「三日月ともえ、と言いましたね。三日月家は貴族ではありませんが……アストロ国では、それに近い影響力を持っていました」
言葉を区切り、ほんの少し息を整える。
「ですが、あなたもきっと──今はその居場所がない」
再び二人を見渡して、ノンナはまっすぐに言った。
「もし、あなたたちがよければ……この家に住みませんか?
私のもとで暮らすのも、ひとつの選択肢です。年齢の近い者がいた方が、シンも少しは落ち着くでしょうし」
──そして何より、この異常な少女の成長を、傍で見届けられるのなら。
それは、賢者と呼ばれた者にとって、この上ない“価値”だった。
アルムは少しだけ目線をずらし、机の上を指でなぞるように見つめながら、ぽつりと口を開いた。
「……魔法のこととか、教えてくれる?」
声は淡々としていたが、その奥に隠された興味は隠しきれなかった。
「それなら……住んでもいいけど」
その隣で、ともえは椅子にもたれたまま、ぼそっとつぶやいた。
「……私は、お母様にも捨てられて……いらない子だから。
別に、住まなくても……いい」
目を合わせようとはせず、ただ淡々と事実だけを述べるような口調だった。
アルムは、ともえの言葉を聞いた瞬間、ぱちりと瞬きをした。
そして、信じられないものを見たように──ゆっくりと、ともえの方を振り返る。
その表情には、いつもの気だるさも興味のなさもなかった。
代わりに浮かんでいたのは、驚きと、わずかな戸惑い。
「……え?」
思わず声を漏らし、ともえの顔をじっと見つめる。
ともえはそれに気づかないふりをして、視線を机の端に落としたまま、黙っていた。
──なんか、いないと……ちょっと嫌かも。
そんな感情が、胸のどこかでほんの少しだけ、泡のように浮かんだ。
ともえがふらりと立ち上がり、扉の方へと歩き出した。
だが──取っ手に手をかけたその瞬間、彼女の眉がわずかにひそめられる。
「……開かない」
ぽつりと呟いたその声に、ノンナの表情が一変した。
まさか、と息を詰め、すぐに立ち上がると彼女も玄関の扉に手をかける。
……だが、確かに“そこ”にあるはずの空間の“つながり”が、切れていた。
「……そんなはずはない」
ノンナがこの空間をつくったのだ。
外界とは異なる“異次元”の安全地帯で、出入口の扉を開けることで元の世界と接続される──
それが彼女の空間魔法のはずだった。
だが今、その接続がどこかで遮断されている。
「……誰が?」
ノンナの視線が、思わずアルムの方へと向けられた。
ノンナの視線は、一度たりともアルムから離れなかった。
その幼い顔、その表情の奥にある何かを、じっと見極めようとするかのように。
──今日は、あまりにも異常が多すぎる。
魔法が突然使えなくなったこと。
そして、今──この空間魔法が完全に遮断されていること。
自らが設計した異次元空間。その扉を開けば現実世界へ戻れるはずだった。
けれど、接続は切られていた。まるで、何かが“上書き”したかのように。
(……ここを操作できるのは、私だけのはず……)
だが、違った。違うとしか思えなかった。
アルムの存在は、もはや推測や想定を超えている。
(──危険だ。私が思っている以上に)
ノンナはわずかに息をのみ、決断を下した。
視線を外さないまま、隣にいる少年へ静かに言う。
「シン」
リュサニア語で呼びかけるその声に、わずかな緊張が滲む。
「三日月ともえを抱えて、地下へ行ってください。すぐに。」
その一言は、判断ではなく“対処”だった。
アルムという存在の輪郭が、見えないまま拡がっていくのを、ノンナは確かに感じていた。
「三日月ともえ……というのは、この、髪の毛が茶色の子ですか?」
シンが戸惑いながらもノンナに尋ねた。
ノンナは無言で、静かに頷いた。
それだけで十分だった。
シンは訳がわからないまま、ともえにそっと腕を回す。
驚いたのは、その軽さだった。生きている体とは思えないほどに、ふわりと浮き上がる。
(……軽すぎる)
何も言わず、ともえを抱えたまま、家の奥へと駆け出す。
部屋の構造も知らないまま、とにかく「奥へ」「遠くへ」と足を運ぶしかなかった。
その背中を見送りながら、ノンナはゆっくりとアルムに向き直る。
「……アルム様。申し訳ありませんが──あなたは、少し危険かもしれません」
その声は柔らかかった。けれど、決意に満ちていた。
次の瞬間。
ノンナの掌に、光の粒子が集まっていく。
空気が震え、魔力が凝縮され、形を成す。
──ロンギヌスの槍。
彼女が誇る、最強の一撃。
本来であれば戦場でしか使用しない、それほどの攻撃魔法。
それを今、ノンナは目の前の幼い少女に向けて──静かに、構えた。
(え……なんで?)
アルムはただ、ノンナの行動を見つめていた。
(攻撃……してこようとしてる? さっきまで、一緒に住もうって言ってたのに……私、なにかした……?)
戸惑いと困惑が、胸の奥で静かに膨れ上がっていく。
ノンナの周りには、すでに光の槍が舞っていた。
──《ロンギヌスの槍》。
ノンナの最強の攻撃魔法が、幼いアルムへと向けて放たれる。
槍は一直線にアルムの胸を狙って飛ぶ。だがその刹那、一定距離まで近づいたところで、突然ぼろぼろと崩れ落ちるように霧散した。
光が砕け、魔力が空気に溶けるように消えていった。
(……ん? 当たらない……?)
アルムは、目の前の光が崩れていく様子をじっと見つめながら考える。
(もしかして……私がちゃんとやる気があるか確かめるために、攻撃しようとしてきたのかな?
最初から当てる気がなかったのかも……)
(だってこの崩れかた、自分の魔法が制御できないときの崩れかただし……)
(……めんどくさい人だな、この人。)
ノンナの顔から血の気が引いていた。
「……ッ!? なっ……」
「ロンギヌスの……効かない……?」
アルムは動かない。ただ静かに、じっとノンナを見ていた。
ノンナの手がわずかに震える。
「アルム様……いったい……何者……?」
問いかけは答えもなく、部屋の中に溶けていった。
アルムはため息をひとつついた。
「……そんなことしなくても、やる気はあるから。」
ぽつりと口にしたその言葉は、呆れとも諦めともつかない調子だった。
ノンナは沈黙したまま、目を伏せて思案する。
(やはり……完全に“無意識”で魔法を使っている。しかも、攻撃を意図せずに魔法を打ち消すほどの力……このまま知識を与えても、暴走や危険性にはつながらない? むしろ──)
そしてノンナは、椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「ただいまのご無礼、誠に申し訳ありませんでした。
アルム様の実力が、どれほどのものか……どうしても気になってしまい、このような真似を……」
再び顔を上げたとき、ノンナの表情にはさきほどの緊張はなかった。だが、内心の動揺はまだ完全には消えていない。
「アルム様、もし差し支えなければ……この空間を元に戻していただけないでしょうか?
空間魔法の“切断”は、私の制御を超えております。
もし、アルム様が意図的に操作なさったのであれば──どうか、お許しいただければと……」
ノンナの声は丁寧で柔らかいが、ほんの少しだけ、その奥に畏れがにじんでいた。
アルムは「空間魔法の切断?」と小さく首をかしげた。
ノンナは、アルムの無垢な反応にわずかに息を整えると、静かに説明を始めた。
「扉が……開かないのです。
ここは私が構築した“空間魔法”による異空間で、本来であれば扉を通じて現実世界との行き来ができるはずでした。
ですが、おそらくアルム様が無意識に空間魔法の接続を切ってしまい……」
その言葉に、アルムは何も答えず、椅子から降りて扉の前に歩いていった。
小さな手を伸ばし、ゆっくりと取っ手に触れる。
ギィ……。
重い音を立てて、扉はごく自然に、何の抵抗もなく開いた。
アルムは振り返りながら、ノンナの方を見て首をかしげた。
「?」
その様子を、ノンナはただ言葉を失って見つめていた。
困惑と、理解不能な現象を前にした沈黙だけが、その場に漂っていた。
アルムは扉の前でしばらく立ち尽くしたあと、振り返ってノンナに視線を向けた。
「えっと……ここに、住んでもいいの?」
その小さな声に、ノンナははっと我に返ったように目を見開いた。
「……もちろんです、アルム様」
静かにそう返すと、ノンナは黙って階段を上がっていった。
彼女が向かったのは二階の右側の廊下。そこには、左右に広い部屋が四つ並んでおり、それぞれの部屋には装飾の美しい豪華なベッドが一つずつ置かれていた。
ノンナはそのうちの一つの扉を静かに開け、軽く内部を確認すると、そっと中へと入っていった。
一方そのころ——。
シンは三日月ともえを抱きかかえたまま、地下への道を探し続けていた。だが、どの扉も地下へ繋がっていない。焦りながら廊下を駆けるうち、気づけば彼は再びノンナがいた元の部屋へと戻ってきていた。
張り付けた笑顔を浮かべている三日月ともえに、ノンナはふと視線を落とした。声をかけるその声音には、少しだけ柔らかさがあった。
「今日はもう日が沈みます。泊まっていってください」
そう言うと、ノンナはすぐにシンへと視線を移し、今度はリュサニアの言葉で続けた。
「二階の右側には部屋が並んでいます。そこに三日月ともえを運んであげてください」
シンは小さく頷き、ともえを再び抱き上げると、静かに階段を上っていった。
夕日が差し込む窓辺に、柔らかな影が揺れていた扉が静かに閉じる音のあと、ノンナとシンは無言のまま部屋に入ってきた。
ノンナの屋敷・全体構造(文章版)
ノンナの屋敷は、魔法使いの家としては珍しく、どこか貴族の邸宅のような気品を感じさせる造りだった。
【1階:中央ホール】
屋敷の玄関を抜けると、広々とした中央ホールが現れる。
中央には光沢のある大理石調の床が広がり、正面には左右に分かれる優雅な階段がそびえていた。
階段は幅広で重厚感があり、その両側の壁には魔法の灯りが等間隔に灯っていた。
階段の左手には浴室とトイレ、右手にはキッチンがある。どちらも魔力を利用した便利な構造になっており、調理や洗浄は最小限の手間で済むよう工夫されていた。
また、階段の両脇には扉があり、それぞれの扉の奥には長い廊下が延びている。
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【1階:階段横の廊下】
両側の廊下はやや狭いが、床は同じく大理石風で、歩くたびに靴音が柔らかく反響する。
壁には古代文字が彫られた装飾があり、時折光る魔法石が明かりを灯していた。
扉がいくつも並び、右と左に交互に配置されている。廊下の部屋には以下のような用途がある:
魔道具保管室
洗浄用魔力室(洗濯部屋)
応接室(現在は未使用)
古い研究室(封印済み)
鍵付きの武器庫
魔法生物観察室(今は誰も使っていない)
最奥には重厚な書斎
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【1階:書斎】
廊下の最も奥にある書斎は、二重の扉で閉ざされており、ノンナ自身の魔法で封印されている。
中に入ると、壁一面に広がる書棚と、中央に据えられた黒檀の大きな机が目に入る。
空気は乾いていて静寂に包まれ、まるで時が止まったような空間。
この部屋の床の一部にはわずかに魔力が歪んでいる箇所があり、そこが地下へと繋がる隠し魔法陣の入口になっている。ノンナだけが起動方法を知っているが、極稀に“強い魔力の波長”で反応することもある。
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【2階:居住空間】
階段を登ると、二階の右側にまっすぐ延びる廊下があり、豪華な扉が四つ並んでいる。
それぞれの部屋には、質の高い魔法布地で編まれたベッド・クローゼット・洗面台・簡易魔力暖房などが揃っており、貴族の客間のような雰囲気が漂っている。
左側には、ノンナの私室と小さな読書室がある。ここにはあまり人を入れない。




