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魔王とかめんどくさ  作者: 空白
世界のうねり
13/25

第12話 魔物の脅威

今回はサディの物語。

背にノマを抱え、目指すは国境。

果たして、彼女はこの森を抜けられるのか

ノンナと離れてから結構歩いた。そろそろカリュディアにつく頃だろう。

森の中を進みながら、サディは静かに歩を進めていた。


その背に抱えられているノマが、ふいに口を開いた。

「……サディって、けっこう体温高いんだね」


声は小さいが、はっきりしていた。


サディは肩をすくめるようにして、小さくつぶやいた。


「わ、私だって……にじゅうに、だし。べ、べつに……体温なんて……か、かんじんな」


言葉は不自然にとぎれとぎれで、顔はそっぽを向いたまま。


ノマはそんな彼女の背中で、ふと自分の首元に触れた。

そこには、金属でも布でもない、何か“魔力で形成された”ような輪が確かに存在していた。


「……ん? サディ、これ……首に、何かついてる。これって、魔法……?」


指で触れると、ほんのりと熱を持っていて、見えないはずのものが、意識を向けることでぼんやりと“感じられる”感覚。


「てか、ノンナは……どこ?」


サディが何かを言いかけた瞬間、ノマの声が一気に熱を帯びた。


「……そういえばさ、なんで止めたの、サディ!」


その声は鋭く、怒りが滲んでいた。

肩がわずかに震える。


「もしあのとき、止めなければ──あの人間のガキ、殺せたかもしれないんだよ!?

ノンナだって……あのままなら、傷つけられたかもしれないじゃん!」


ノマの声はどこか泣きそうだった。

怒りと混乱が入り混じり、言葉の温度だけが先走っていた。


「それに、前にも話したでしょ!

私の両親は……ノンナに、白鯨戦争で殺されてるんだよ!」


「ノンナは……サディのお母さんも、殺したんだよ……!

それでも、サディは──憎くないの!?」


問いかけの最後は叫びだった。

小さな体のどこにそんな激情が潜んでいたのか。

サディは答えなかった。いや、答えられなかった。


サディは小さく息を吸い、言いにくそうに呟いた。


「……行く前に……その、約束した。攻撃、しないって……」


声は小さく、風にかき消されそうなほど。だがノマには、はっきりと聞こえていた。


ノマはぎゅっと眉をひそめ、声を荒らげた。


「は? それで止めたの? 本気で言ってるの? サディ、あんた……バカなの?」


彼の声には怒りと呆れが混じっていた。


ノマの目がぎらりと光る。


「サディって本当に、お人好しだよね……自分の母親を殺した相手を、“傷つけたらダメ”なんて思ってるんだ。……ほんっと、最低」


「そういうの、“優しい”んじゃなくて、ただの裏切りだから」


ビシッと突きつけるような言葉だった。


サディは、何か言い返そうと口を開いたが──すぐに閉じた。 ほんの少し唇が震えたあと、小さく、絞り出すような声で呟く。


「……だ、だって……わた、し……あれ、は……」


声はどんどん細くなる。言葉が、喉の奥でつっかえて出てこない。 何かを説明したいのに、うまく言葉にできない。ただ、苦しげに俯いたまま、サディは歩みを止めてしまった。


ノマの追撃が続く。


「サディの夢って、たしか“世界平和”だっけ? そんなの、あんたが頑張ったって無理に決まってるでしょ。

どちらかがいなくなるまで、終わらないんだよ。だから、争いはずっと続いてるの。……現実、見なよ」


その言葉が響いた瞬間——


サディの肩が、びくりと震えた。


俯いたその表情は見えない。


だけど、彼女の目には、もう涙が溜まっていた。


いまにも零れそうなほど、静かに、ぎゅっと。


けれど背負われているノマからは、その顔は見えない。


ただ、無言のままの背中だけが、冷たく揺れていた。


「……俺さ、ずっと思ってたんだ。

ボーヌルさんが殺されても、お前、何にも変わらなかったよな。

泣きもしない、怒りもしない、ただ普通に生活して。

ご飯食べて、寝て、笑ってさ……。

気持ち悪いんだよ、そういうとこ。」


サディの足がかすかに震える。ノマには見えない――けれど、確かに刺さっていた。

サディは、気づかないうちに、頬を伝っていた涙をぬぐうことすらできずにいた。


サディは、ぐしゃぐしゃに泣きながら、小さな声でつぶやいた。

ノマには聞こえているかどうかもわからない。でも、確かに言葉は漏れた。


「…だって……お母さん……

わ、私が……世界、へいわの……話したら……

笑って、くれたの……

だから……わたし……それを……叶えたいって……思ってるのに……」


喉を震わせる言葉は、途中で何度も詰まりながらも、それでもサディは話そうとしていた。

涙は頬を伝い、服の肩口を濡らしていく。

その姿は、あまりにも小さく、壊れそうだった。


ノマは、背中越しにサディの震えを感じていた。

肩が揺れている。泣いている――その事実に、ようやく気づいた。


これまでずっと一緒にいて、どんな時も淡々としていたサディが、

あのサディが――今、自分の言葉で泣いている。


ノマは小さく息を呑んだ。

「……ごめん、サディ」

少しだけ間を置いて、しぼり出すように続けた。


「言いすぎた……」


ノマの声は、珍しく弱く、そして素直だった。


ノマは、沈黙を破るように口を開いた。

「……そういえばさ、おれの首についてるこれ、なんなんだ?さっきも聞いたけど、ちゃんと教えてくれよ」


話題を変えたがっているのは明らかだった。

サディは少し間を置いてから、小さくうなずいて、ゆっくりと歩き出した。


「それ……ノンナの魔法……」

言いづらそうに、目を伏せながらぽつりと続ける。

「約束……やぶったら、爆発……するって……言ってた……」


どこか苦しそうなその声は、風に流されそうなほどかすかだった。



ノマは小さく息を吐いて、首元を指でなぞりながら尋ねた。

「……で、その“約束”って、何なんだ?」


サディは一瞬口を開こうとして、言葉を選ぶように間を置いた。

それから、ぽつりぽつりと呟くように答えた。


「……ノンナのとこに……わたしが、帰るって……こと……」

「……わたしがいれば……エルフ……攻撃しにくい……って……」


ノマは少し顔をしかめたが、サディはそのまま続けた。

前を向いたまま、静かに語る。


「……わたしには……位置がわかる魔法……ついてる、らしい……」

「……それ、破ったら……ノマ……爆発、する……かも……」


声が震えていた。だが、歩みは止めなかった。

「……だから……ノマを……リュサニアの国境まで運んだら……ノンナの家、戻る……」


少し間を置いて、どこか無理に明るく言おうとして、

「……でも、大丈夫……ノンナ……他の国の言葉……教えてくれる、って……言ってたから……」


その声には、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。


「……だから、ノマとは……これで最後、かも……」


サディはぽつりと呟いた。俯いたまま、どこか諦めきったように続ける。


「……でも……ノマは……わたしのこと……気持ち悪いって……思ってたなら……離れられて、よかったね……」


ノマは思わず声を荒げそうになった。


「ちが──……」


そのときだった。


森の奥から、異様な風が吹いた。

直後、木々の間から、黒く、獣のような影が飛び出してきた。


魔物──本来ならもっと奥地にいるはずの存在が、なぜか二人のすぐ近くに現れた。


サディは気配に気づくのが一瞬遅れた。

「っ……!」


迎撃の構えを取るも、そのわずかな遅れが命取りだった。

魔物の巨体が突進し、サディとノマはそのままなす術もなく吹き飛ばされた。


バキィンッ!


鈍い音とともに、二人は背後の大木に叩きつけられ、地面に転がった。


土煙の中で、ノマが呻き声を漏らす。

サディも必死に立ち上がろうとするが、肩から血が流れていた。


サディは驚愕していた。


「……どうして……?」


肩を押さえながら、震える視線で魔物を見つめる。


「授業じゃ……こんな魔物……もっと森の奥の方にしか……出ないって……言ってたのに……」


息が浅くなる。背中にいるノマが呻いていた。


(ノマ……)


木に叩きつけられた時、ノマの身体がクッションになってくれたおかげで、サディ自身はなんとか立ち上がれた。けれど、ノマが無事かどうかは分からない。


震える指先を前に向ける。


「……風よ、切裂きれつの牙となりて──《ヴェント・ラッシャ》!!」


詠唱と共に放たれた鋭い風刃が魔物の胴を正確に捉える。


しかし、


「っ……通らない……!?」


ザリ……という音と共に、魔法の刃は魔物の分厚く硬い毛皮の表面で弾かれ、かすり傷一つすらつけることができなかった。


サディの目が揺れた。


「……うそ……」


足がわずかに後退る。


(訓練であんなに通ったのに……!)


このままでは──。


(逃げるしかない──)


サディはそう判断すると、倒れているノマのもとに駆け寄り、その身体を背負い上げた。小柄とはいえ人一人を担ぐ重さが肩にのしかかる。


(でも、今は……この子を守らなきゃ……!)


すぐさま足を構え、風の魔法を思い出す。さっき見た黒髪の人間が纏っていた、あの速さ。


「《ヴェント・シュプール》……っ!」


恐怖で息が乱れ、声が震える。魔力の流れもうまく制御できていないのが自分でもわかった。


(落ち着いて……落ち着いて……!)


「風よ……私の足に……力を……!」


魔法陣が足元に展開するが、歪んで揺れている。それでもサディは一歩を踏み出した。ノマを背負ったまま、風をまとった脚で地面を蹴る。


(お願い、風……逃げさせて……!)


背後からは魔物の咆哮と、爪が土を裂く音が迫ってくる。恐怖が足をすくませそうになる。


それでも──サディは走った。


現実は、甘くなかった。


サディの脚にまとわせた風が魔物の爪をかすめて通り抜けた。ギリギリのところでかわしたつもりだった。しかし──背にいたノマは、逃げきれなかった。


その事実に、サディは気づいていなかった。


恐怖と焦りに支配された思考。風をまとった足は、ただひたすらに前へ、国境へと走っていた。


どれだけの時間が経っただろうか。ようやく魔物の咆哮も気配も消え、サディは木陰に体を預けるようにして、息を整えた。


「……ノマ、もう大丈夫。……たぶん、魔物、撒けた……」


肩で息をしながら、背中に話しかける。


だが──返事は、なかった。


サディは、何かがおかしいと感じてノマをそっと地面に下ろした。


ノマの背には、見るも無惨な大きな裂傷が刻まれていた。血は止まらず、肉は裂け、そこから這い出るような紫黒い瘴気が漂っている。魔物の呪い――ただの傷ではなかった。


ノマは、か細い声で口を開いた。


「……さっきは、ごめん……。サディの夢、ずっと……すごい夢だと思ってたよ……」


サディはすぐに手を重ね、震える声で呪文を唱え始めた。だが、ノマの声は止まらない。


「それに……サディが、夢のために努力してたの……俺、隣で……ずっと見てた。俺なんて……ノンナを殺すことしか……考えてなかったのに……」


「……わかったから……もう話さないで……今、治癒魔法……かけてるから……」


サディの手に力がこもる。だが、魔力はノマの体に吸収されず、呪いの瘴気に弾かれるようにして拡散していく。


それでも、ノマは微笑んでいた。


「ごめんな……最後に……あんなこと言っちゃって……。実は俺……サディのことが……」


その言葉が最後だった。


治癒魔法は届かなかった。魔物の呪いは、ノマの命を容赦なく奪い去っていた。


サディは、もう動かなくなったノマに、なおも治癒魔法をかけ続けていた。

魔法陣は淡く光り、温かい風のようにノマの体を包んでいたが、それでも彼の瞳が開くことはなかった。


サディの目に涙はなかった。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚だけが、ずっと居座っていた。


ノマとは、いつも一緒だった。

学校でも、森でも、母を失ってからも。

ずっと、そばにいてくれた。


サディは、そっと手を止めた。

風も音も止まり、魔法の光がふっと消える。

その瞬間、ノマの頬に一滴の水が落ちた。


「……雨?」


そう思って空を仰ぐと、そこにあったのは灰色の雲ではなく、ただ、赤くにじんだ夕焼け空だった。


サディは、自分の頬が濡れていることに気づいた。

涙は流れていないと思っていた。けれど、確かにそこにあった。


はじめて――誰かのために泣いていた


涙に気づいたときには、もう止まらなくなっていた。

ノマはもう、どこにもいない。

あんなに一緒にいたのに、何もできなかった――

「ノマは……私が弱いから……助けられなかった……」

サディは自分の両腕を抱きしめるようにして、ずっと泣いていた。


やっぱり、力がないとダメなんだ。

優しさだけじゃ、守れない。

そんなこと、何度もわかっていたはずなのに――


いつの間にか、空はすっかり暗くなっていた。

風が冷たい。森の木々がざわめく音が、やけに耳につく。


サディは袖で涙を拭い、地面に横たわるノマを見つめた。

「……ごめんね、ノマ」

その場にそっと残し、サディはゆっくりと立ち上がる。


そのときだった。

どこか近くから、“魔物の唸り声”のような、濁った音が――微かに、しかし確かに聞こえた。


サディは一瞬で気配を殺し、咄嗟に近くの藪の中に身を潜めた。

胸の中で魔力を静かに巡らせながら、音のした方へと耳を澄ませる。

ノマを殺した魔物だった。

サディは暗視の魔法を使って、藪の中からその姿を見ていた。


「ルーメ・ナクト…」

藪の中で、サディは小さな声で詠唱を口にしていた。


魔物はゆっくりとノマの亡骸に鼻を近づけ、そして……貪り始めた。


――やめて。

サディは心の中で何度も叫んだ。

けれど体は動かなかった。恐怖で凍りついていた。

何度も吐きそうになった。でも、吐くこともできなかった。


音を立てれば自分も喰われる――

それだけは、理屈じゃなく本能でわかっていた。


魔物はしばらくの間、ノマの肉を食べ続けた。

そして満足したのか、ゆっくりとその場を離れていった。


……気配が消えたのを確認してから、サディはゆっくりと顔を上げた。

そして――目に映った“それ”を見てしまった。


もう、ノマじゃなかった。


サディはその場で激しく吐いた。

胃の中に何も残っていなかったのに、嘔吐は止まらなかった。


ようやく吐き終わったあと、サディは立ち上がり、ふらつく足でその場を離れた。

魔物が再び戻ってくる前に。

何もかもが崩れた現実から、少しでも遠ざかるように。


サディはノンナの家へと向かって、森を走り出した。


サディはようやくノンナの家にたどり着いた。

でも、安堵の隙間に入り込むように、あの光景が脳裏を裂いた。ノマの、あの変わり果てた姿が。

扉に手をかけた瞬間、込み上げるものを抑えきれず、その場で激しく吐いた。

胃の中はもう空なのに、何度も何度もえづいた。

そして――膝をつき、しゃくりあげながら、子どものように泣いた。

声を殺せなかった。涙も止まらなかった。胸の奥が、喉が、熱くて苦しかった。

ごめんね、ノマ――心の中で何度も叫びながら。


しばらくして、ぐちゃぐちゃな顔のまま、震える手で扉を押し開けた。

実は、今回サディとノマを襲った魔物は、本来ならもっと森の奥にしか出ない存在でした。

その原因は──アルム。

彼女が約一年間、森の奥で魔物を狩り、食べて生き延びていたことにより、

魔物たちはアルムを恐れて“森の外側”へと逃げ出し始めていました。

結果、通常ではあり得ない位置に強力な魔物が出現し、

それがサディとノマを襲う直接のきっかけになったのです。


そして──

ノマは、最後に自分の気持ちを伝えようとしていました。

サディのことが、ずっと好きだったんです。


だから、学校の実践訓練ではいつも彼女の相手をして、

サディのお母さんが亡くなってからは、

毎日のように彼女の家に通って料理を作って、

一緒にご飯を食べていました。


エルフの学校は100歳で卒業することになっています。

ノマは、その卒業のときに、

初めて自分の想いを伝えようと思っていたのです。


でも、それはもう叶わなくなりました。

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