〈エインハル〉の街
「よし着いたぞ。ここが〈エインハル〉だ!」
「ありがとうございます。助かりました。」
暫く歩いたところで、彼は馬を止まらせてそう言った。どうやら降りろと言いたいらしい。私自身断る理由もないので、運んでくれたことに礼を言いつつ、荷車からひょいと軽い足取りで降りて辺りを見回した。
(凄い……。)
〈エインハル〉は絵に描いたような西洋式の城下町のようであり、チーズっぽい薄い黄色や、赤色など比較的明るい印象を持たせる石煉瓦の建物が並んでいる、まさしく西洋風という街並みであった。
人の通る通路も小さな橋が掛かっているなどしっかりと舗装されており、行き交う人々も皆清潔な身なりをしていた。豪華なドレスやタキシードを身に纏っている貴族や、彼よりも儲かってそうな商人が多い印象を受けるが、中には鎧を身に纏う兵士らしき人もいた。
その景観はまさに西洋の……それも中世あたりにタイムスリップしたかのような街並みだった。
……どうせなら建物についてあらかた聞いておけばよかったなと後悔するも、彼をこれ以上引き止めるのも申し訳なく感じていたので、視察も兼ねてここ周辺をぐるっと一度回って見る良い機会だと前向きに考えることにした。
「………………。」
観光するかのように周囲を物珍しく見上げて歩いていたところ、暫くして大聖堂とおぼしき場所にたどり着いたようだ。
教会の類いの建築物であるそれは、白銀と蒼碧の硝子や宝石であしらわれたもので、手入れがしっかり行き届いているのか新しい建造なのか、目立つ欠損や汚れは見渡してみてもなかった。
実物を見るのは前にも後にもここに来て初めてなのだが……ただ圧倒されてそれ以上の言葉がでなかった。
(………綺麗だな。)
気分はまさしく留学である。一文無しなのでかなり厳しい旅路なのは間違いないが、それを感じさせない……なんというかこの建物をみると今の状況が"そんなことか"とどうでもよくなる気がした。本当に「見れてよかった」と思える。
「……俺は魔力が弱いから〈魔術師〉には向いてないんだってさ。」
「元から"物理で殴る"方が得意だったくせに……。なに当たり前なこと言ってんだ……っ!?」
建物からそう声がしたと思えば、会話をしていたらしい一人の男とぶつかり、そのまま跳ね飛ばされるように尻餅をついた。恐る恐る見上げると、全身を白い絹かなにかで作られたローブで包み、大きな杖らしき武器を背に納めている男性と鉄のプレートかなにかで作られた防具を着た、身軽そうな男の二人組がこちらを見下ろしていた。
───殺される!!
「あっ……あっ……ご……ごめんなさいっ!!邪魔でしたよね!?お金なら稼ぎますんで命だけは!切り棄て堪忍!御慈悲を!!許してください!!」
私は情けない声で命乞いをした。建物の入り口で陣取るように立っていたのである。逆の立場なら邪魔もいいところだ。ありったけの誠意を持って謝るが、全身は恐怖に震えてすくみ上がって立つこともできない。最早蛇に睨まれた蛙だ。
「い……いやこっちも余所見してて悪かったよ。だから落ち着いて。…………そんな怯えることないじゃないか。」
「女の子に怖がられてんじゃねーかイアン!」
ぶつかったとおぼしきローブの男はこちらに手を差しのべて身体を起こしてくれた。手を引かれるがままに立ち上がったが、その脚はまだガクガクと震えている。
落ち着きを取り戻そうとすればするほど呼吸は荒く頭は重くなり、全身から血の気が引いたように固まっていく。
「……ごめんなさい。」
「大丈夫だってほら。付き添ってあげるから中に入ろうか。」
ローブを纏った彼は、ガタガタと震える私の手を引いたまま大聖堂の中に入ろうとする。私ともう一人の男は「?」の表情を浮かべ立ち尽くしていた。
「えっ……?」
「この建物が気になったんだろう?見ない服装だし、こちらの文化に疎いのかもしれないと思ってね。この建物は〈エイン大聖堂〉といって、人々の能力や職の適正をみてくれる人がいるんだ。僕たちと言葉は通じるし、お金はいらないところだから何も心配することはないよ。」
彼は戸惑う私にそう言うと、にこりと笑って見せた。
爽やかな好青年の顔つきと僧侶のような杖とローブのギャップは凄まじくも絶妙にマッチしている。
髪は橙色で軽くパーマをかけたように遊ばせているが、質素な白のローブは真新しく見るものに清楚な印象を与える。
「あぁ……ありがとうございます。」
「〈アーツ〉次第では俺と組んでやってもいいぜ!俺は期待の〈盗屋〉だからな!」
そう言ってにこりと悪戯に笑うもう一人。ローブの彼よりも目付きは鋭く小柄であり、〈シーフ〉がよく似合う外見をしていてあまり良い印象は得られないが、決して悪い人では無さそうだ。
金色の髪の毛先をくるりと巻いた、勝ち気な口ぶりをした男であり私とほぼ同年代くらいにみえる。ローブの彼はもう少し年上に見えた。
しかし……聞きなれない言葉が出てきたな。〈アーツ〉って一体なんだろうか。能力的なものなのだろうか、それとも職業のようなものか。
ゲームでは好きなタイミングで職業を変えることができるものから、一度決めると変えられないもの、一定のレベルになるまでは自由に変えられるものまで様々であり、なるべく自分の好みに近いかつ強いものが第一であり理想だ。
いくらその職業が優遇されていて強くても、自分のスタイルに合わないようではモチベーションを維持することは難しかったりするからだ。
だからといってモチベーションを重視して選ぶと思うような活躍が見込めなかったり、周りのプレイヤーからは戦力外として関わってくれない……転職が不可能なゲームではそのバランスを考えるのも一苦労だったりする。
「それじゃあ入ろうか。ここじゃ邪魔になるし、またさっきみたいにぶつかっても面倒なことになるしね。」
「狼狽えるあんた……テトラットみたく可愛かったぜ。」
二人はそう言って再度手を引いてきた。確かにまたさっきみたいなことになっても面倒だ。あと余計なことを言わないでくれ……。恥ずかしいじゃないか。




