第七十四話「焼き付きと暴走」
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第七十四話「焼き付きと暴走」
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三日目の朝。
渉が壁面の打音検査を終えた。
「昨日の対処が効いています。変化が止まりました。今日は重機を稼働させても問題ない」
DTSの先頭の男が「稼働の許可をいただけますか」と言った。
「稼働してください。ただし今日も俺が打音確認を続けます」
「了解です」
◆
重機が動き始めた。
高周波の振動が第八層に広がる。
渉は壁を確認し続けた。
一時間、問題なかった。
二時間目に入った。
その時、勇馬が走ってきた。
「渉さん! 重機から変な音がしてます!」
「どんな音ですか」
「キィィィという、高い音です。ベアリングが……」
「重機を止めてください!」
◆
しかしDTSのオペレーターが止める前に。
重機の側面から、白い煙が噴き出した。
ベアリングが焼き付いた音がした。
ガリガリガリ、という金属が削れる音。
その後、重機の出力が突然上昇した。
制御系が損傷した。
「制御不能です!」とオペレーターが叫んだ。
◆
重機が過出力状態に入った。
高周波パルスが無制御で放出され始めた。
第八層の床が、熱を帯びた。
壁面の金属が、高周波で振動を始めた。
コアが共鳴し始めた。
「コアが反応してます!」とメイが叫んだ。「エネルギーの吸収が……追いつかない!」
渉は重機を見た。
過出力の重機。損傷した制御系。
「電源を物理的に切断します。誰かコアを離れてください! 高圧になってる!」
◆
DTSの作業員たちが後退した。
渉は重機に近づいた。
「マスター、危険だ」とゴールドが言った。
「わかってます。でも電源を切らないとコアへの汚染が進みます」
「俺が行く」
「お前が近づくと共鳴が起きる。俺が行きます」
◆
渉は重機の側面に回った。
熱気が強い。作業手袋が必要だ。
バッグから耐熱グローブを出した。
重機の外装を確認した。
電源系統のアクセスパネル。ボルト四本で固定されている。
「勇馬、このパネルを押さえてください。俺が外します」
「わかりました!」
◆
渉がインパクトレンチを当てた。
ヴィィィィ。
熱い。グローブ越しにも熱が伝わる。
一本、二本、三本。
四本目。
ぎぎぎ……パキィッ。
「外れました!」と勇馬が言った。
パネルが開いた。
内部に、主電源のブレーカーが見えた。
◆
渉は電源ケーブルを確認した。
コアに近い側から電力が供給されていた。
バール(中)を取り出した。
ケーブルの固定クランプに当てた。
「離れてください!」
渉はバールを叩きつけた。
ガン。
クランプが外れた。
ケーブルが抜けた。
重機の唸りが、急に静まった。
◆
高周波パルスが止まった。
コアの共鳴が、収まり始めた。
渉は立ち上がった。
グローブを外した。
耐熱グローブの表面が、少し焦げていた。
「……止まりました」
「渉さん! 手は!?」とメイが駆け寄った。
「問題ないです。グローブが守ってくれました」
◆
DTSの先頭の男が来た。
「……申し訳ありませんでした。我々の機器の管理が……」
「起きたことは仕方がない。今はコアの汚染度を確認します」
「汚染?」
「高周波が過出力でコアに入りました。エネルギーの変質が起きているかもしれない。メイさん、確認をお願いします」
「今すぐやります」
◆
メイが三分かけて確認した。
「……汚染は軽微です。コアの自浄機能が対応できる範囲内です。ただし」
「ただし?」
「この程度の汚染が、週に一度以上起きると自浄が追いつかなくなります」
渉はメモ帳に書いた。
「わかりました。記録しておきます」
◆
DTSの先頭の男が「この重機は修理できますか」と言った。
渉は重機の損傷状態を確認した。
「ベアリングの焼き付き。制御系の基板の過熱損傷。電源ケーブルの接続端子の焼け。修理に必要な部品を調達すれば、三日から五日で直せます」
「……あなたが直せるんですか、これも」
「機械です。直せます」
男が渉を見た。
「……なぜ、自分の現場を荒らした重機を直そうと思えるんですか」
◆
渉は重機を見た。
「機械は悪くないです。使い方が間違っていただけです。直せば、正しく使える機械になります」
「我々のことも……そう思っていますか」
「使い方が間違っていた、ということであれば、そうです」
男がしばらく黙った。
「……正直に言います。今回、渉さんの言うことを聞かなかったのは、上から圧力があったからです。現場の我々は、止めるべきだと思っていた」
「それを、上に伝えましたか」
「伝えました。でも聞いてもらえなかった」
「石倉さんに相談してください。データがあれば、石倉さんは動けます」
◆
その夜、渉は損傷した重機の修理計画を立てた。
必要な部品のリスト。調達先。作業時間の見積もり。
全部、メモ帳に書いた。
勇馬が「なんで修理するんですか」と聞いた。
「壊れてるから」
「DTSの機械ですよ」
「関係ないです。壊れてるものを放置するのは、俺には無理です」
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〈第七十四話 了〉
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【次話予告】
渉が重機を直し始めた。
DTSの若い技術者が横で見ていた。
「……弟子にしてください」
渉は手を止めずに言った。
「先に部品を取ってきてください。そこのバッグの中に部品リストがあります」
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【あとがき】
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第七十四話、お読みいただきありがとうございました。
重機の焼き付きと暴走のシーンは、現実の機械トラブルをベースにしています。ベアリングが焼き付くと、機械は制御不能に向かいます。正常な機械は適切な負荷と温度管理の上で動く。それを超えると、まず音が変わる。勇馬がその音を聞き分けました。打音検査の訓練の成果です。
「機械は悪くない。使い方が間違っていただけです。直せば、正しく使える機械になります」という渉の言葉。これは重機だけの話ではないですね。DTSの人間たちへの渉の評価も、同じです。使い方を間違えていた。でも、直せる。
「壊れてるから」という修理の理由。これが渉の全てです。DTSの機械だろうが、先代の装置だろうが、ゴールドだろうが、渉の目には全部同じに見える。「壊れているなら直す」。それだけです。
(作者)




