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第七十三話「現場のボイコット」

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第七十三話「現場のボイコット」

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 重機の稼働二日目の朝。


 渉が第八層に降りると、前日と同じ場所を確認した。


 点検ハンマーで壁を叩いた。


 コン。


 昨日より、少し音程が変わっていた。


「……止めてください」


 DTSの先頭の男が「何がですか」と言った。


「今日は重機を稼働させないでください。昨日より速く変化しています。このまま続けると、崩落のリスクが出ます」


「昨日は問題なかったのに……」


「変化の速度が加速しています。コーキングが追いついていない箇所があります」



 男が測定器を確認した。


「センサーでは、昨日と変わっていませんが」


「〇・〇四ミリ増えています。昨日が〇・〇七ミリで、今日が〇・一一ミリです。一日で〇・〇四ミリのペースが、先週比で倍以上になっています」


「その数字はどこから」


「昨日のメモと今日の計測の比較です」


 男がタブレットを確認した。


 数分かけて計算した。


「……確かに、速度が上がっています」


「だから今日は止めてください」


「上から、作業を続けるように言われています」


「崩落してからでは遅いです」



 その時、石倉が降りてきた。


 書類を持っていた。


「石倉監査官」と先頭の男が言った。


「JDA施設安全規則第三十一条、構造体に変形の兆候が確認された場合、全作業を停止し安全確認が完了するまで再開しない。今がその状況です」と石倉は言った。


「でも上からの命令が……」


「命令より規則が上位です。どちらが優先されるか、条文をご確認ください」


 男が黙った。


「……作業を停止します。確認が完了するまで」



 渉は石倉に「ありがとうございます」と言った。


「規則に基づいた当然の対応です」石倉は書類を閉じた。「ただし……上が納得するまでの時間は、そう長くないと思います」


「わかりました。その間に直します」


「どのくらいかかりますか」


「今日いっぱい、と今日の確認結果次第で明日も、かもしれません」


「確保します」



 作業を開始した。


 問題の箇所を再確認した。


 コーキングが追いついていない場所が、三か所あった。


 バラムに連絡した。


「コーキング材をもう一本と、浸透性の防錆剤が必要です」


「わかった、持っていく」


「あと、今日は日誌を書く時間がほしいです。夜に。バラムさん、第八層に来てもらえますか」


「来る。飯でも持っていこうか」


「お願いします」



 昼過ぎ、勇馬が来た。


 点検ハンマーを持っていた。


「渉さん、俺も打音検査を手伝えますか」


「できます。でもその前に」


「なんですか」


「昨日お前が締め直したボルト、一本だけ締め方が甘かったぞ」


 勇馬が固まった。


「……どこですか」


「第七層の機兵の止め残し分。帰還時の振動で少し緩んでた。大事にはならなかったが、確認不足だ」


「……申し訳ありません」


「申し訳なかったら、今後はダブルチェックしてください。締めたら、もう一回確認する。習慣にすること」


「はい」



 メイが来た。


「渉さん、DTSの主任技術者が話を聞きたいと言っています」


「何の話ですか」


「今回の壁面の問題についての技術的な説明を、データとして欲しいと言っています。論文化したいと」


渉は少し考えた。


「構いません。データはメモ帳に全部記録してあります。メイさん、一緒に説明してもらえますか」


「もちろんです」



 第八層の休憩スペースで、渉とメイがDTSの主任技術者と向かい合った。


 三十代の男だった。先頭の男とは違う。目が、少し違った。何かを学ぼうとしている目だ。


「今回の壁面変形について、詳しく教えてもらえますか」


 渉はメモ帳を開いた。


「先週の打音検査の記録と、今日の比較から始めます」


 説明を始めた。


 変化の場所。変化の速度。原因の推測。対処の方法。


 三十分かけて話した。


 主任技術者がメモを取り続けた。



 話が終わった後、主任技術者が言った。


「……我々の機器では出なかったデータが、ここにある」


「センサーで数値を確認することと、変化を継続的に観察することは、別の作業です。どちらも必要です」


「その継続的な観察を、あなたは一人でやっていたんですか」


「いつも一人でやってきたわけではないです。今は勇馬が手伝ってくれます」


 主任技術者が勇馬を見た。


「彼も、打音検査を?」


「教えています」


「どのくらいで習得できますか」


「彼は半年でこのくらいまで来ました。素直に学んだので」



 その夜、バラムが食事を持ってきた。


 渉、勇馬、メイ、ゴールド、バラム、それからDTSの主任技術者も加わった。


 主任技術者が「一緒に食べてもいいですか」と言った。渉は「どうぞ」と言った。


 食べながら、主任技術者が言った。


「我々はデータが全てだと思っていました」


「データは大事です」と渉は言った。


「でも、データに出ない前にわかることがある」


「そうです」


「……どうすれば、そこまで行けますか」


「現場に出続けることです。他に方法はないと思います」



 夜中、ゴールドが渉に言った。


「今日、お前が小言を言っていた」


「勇馬にですか」


「そうだ。変わらないな、と思った」


「どういう意味ですか」


「最初に来た時から、お前は変わらない。現場の仕事を、丁寧にやることをやめない」


「当然のことです」


「当然ではない。当然ではないから、誰もがお前の言うことを聞く」



 渉はしばらく考えた。


「ゴールド、一つ聞いていいですか」


「なんだ」


「俺がいない時、ここはどうでしたか」


「静かだった。静かすぎた」


「それだけですか」


「……現場の匂いがしなかった」


 渉はそれを聞いて、何も言わなかった。


 しばらく、工具を拭き続けた。


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           〈第七十三話 了〉

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【次話予告】

 三日目の朝。

 DTSの重機が稼働した。

 渉が承認した。しかし一時間後。

 「渉さん! 重機から変な音がしてます!」

 渉が走った。



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【あとがき】

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 第七十三話、お読みいただきありがとうございました。


 「現場の匂いがしなかった」というゴールドの言葉は、この話の核心です。ゴールドは感情豊かなキャラクターではありません。でも、渉がいない現場の「静かすぎた」という感覚は、彼なりの寂しさの表現だと思います。


 「締め方が甘かったぞ」という勇馬への小言。渉はここで怒らない。責めない。「ダブルチェックを習慣にすること」という具体的な改善策を伝える。これが師匠の役割です。


 DTSの主任技術者が夕食に加わった場面は、書いていて予想外に好きなシーンになりました。敵対していた組織の人間が、渉の現場に加わっていく。渉は誰も排除しない。学ぼうとする人間には、ちゃんと場所を作る。


 「現場の仕事を、丁寧にやることをやめない。当然ではないから、誰もがお前の言うことを聞く」というゴールドの分析は、的確だと思います。


                   (作者)

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