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第七十二話「DTS社の魔導重機」

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第七十二話「DTS社の魔導重機」

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 翌日、DTSが大型の機材を持ち込んできた。


 第八層の通路を、六人がかりで運んでいた。


 高さ一・五メートルほどの金属の筐体。表面にJDAのロゴと「DTSエネルギー解析システム TYPE-7」と書いてある。側面に接続端子が十二本並んでいた。


 先頭の男が渉に言った。


「魔導重機です。これで一日で全解析が完了します。従来の手作業より五十倍の速度でデータを取得できます」


「どういう原理ですか」と渉が聞いた。


「高周波のエネルギーパルスを装置に打ち込んで、反射波を解析します。建物の内部構造を見るのに使われる手法の応用です」



 渉は重機を見た。


 側面の排熱口を確認した。


 内部の振動を手で触れて感じた。


「出力はどのくらいですか」


「最大出力で解析します。精度を上げるために」


「最大出力での使用時間は」


「問題ありません。連続稼働十二時間の設計です」


 渉は少し考えた。


「稼働させる前に、壁の状態を確認してもいいですか」


「何を確認するんですか」


「構造の安全確認です」


「我々のセンサーが……」


「俺の点検ハンマーで確認させてください」



 渉は壁を端から叩いた。


 コン。コン。コン。


 均一な音が続く。


 一か所。


 コン。


 音が、少し違った。


「……ここ、先週より変わってます」


「どういうことですか」とメイが聞いた。


「先週の打音検査の記録と比べると、この箇所だけ音程が下がってます。内部に何かが起きている」


「センサーは……」と先頭の男が言った。


「センサーのデータを見せてもらえますか」


 男がタブレットを渉に向けた。


 数値は「構造健全性指数:九四%」を示していた。


「九四%は問題ないと思いますが」


「九四%の内訳は何ですか。どの部位が六%の低下を占めていますか」


 男が操作した。


「……このエリアの壁面左側に集中しています」


「そこが、今俺が音で確認した場所と一致します」



 渉はノギスを出した。


 問題の箇所の壁面を計測した。


 先週の記録と比較した。


「〇・〇七ミリ、膨らんでいます」


「〇・〇七ミリで何が……」


「先週はゼロでした。一週間で〇・〇七ミリ変化したということは、速度が上がっています。原因を探る必要があります」


「原因は……」


「この重機を稼働させる前に、確認します。高周波パルスを打ち込む前に、構造体に既存の負荷がかかっている可能性があるからです」



 DTSの先頭の男が「どのくらいかかりますか」と聞いた。


「一時間ください」


「一時間で確認できますか」


「やってみます」



 渉は第八層の壁面を一周した。


 三十か所、打音検査をした。


 問題の箇所から、放射状にひびが広がっている可能性がある。


 その方向を辿った。


 第七層との境界に近い部分。


「……ここだ」



 渉は点検ハンマーで、第七層との境界壁を叩いた。


 コン。


 普通の音だ。


 少し上を叩いた。


 こん。


 空洞に近い音だ。


 「……ここから水が入ってる感じがする」


「水? ダンジョンに水が?」とメイが聞いた。


「地下水か、冷却系統からの漏れか。いずれにしても、境界壁の内部に水分が入り込んでいる。それが金属の腐食を加速させている」



 DTSの先頭の男が聞いた。


「……それはいつから?」


「わかりません。でも、この状態で高周波パルスを打ち込むと、水分が振動して内部の腐食が一気に進む可能性があります」


「どのくらいの確率で」


「この面積の腐食が進んだ場合、第七層の天井部分まで波及する可能性があります。最悪、崩落です」


 男が沈黙した。


「重機の稼働を止めてください」と渉は言った。


「……データが取れないと上に……」


「壊れた現場でどんなデータが取れますか。まず直します」



 渉はバラムに連絡した。


「水分の浸透を止める材料が必要です。コーキング材に近いもので、金属に使えるものを」


「ある。持っていく」


「急いでもらえますか」


「三十分で来る」



 DTSのチームが、渉の作業を見ていた。


 先頭の男がメイに小声で聞いた。


「……あの方、センサーで出なかったものを、ハンマーで見つけたんですか」


「そうです」


「なぜ分かるんですか」


「二十五年、同じことをやってきたからです」


 男がまた黙った。


「……我々の機器は、最新のものです。数値は正確に出ます。でも」


「でも?」とメイが言った。


「変化の速度を感じることができない、ということですか」


「そうなります。センサーは今この瞬間を計測します。でも渉さんは先週との比較を体に入れています。だから変化がわかる」



 バラムが材料を持ってきた。


 渉が作業を始めた。


 コーキング材を注入するための細いノズルをセットした。


 問題の箇所に、ゆっくりと充填していった。


 一か所終わるたびに、打音で確認した。


 コン。


 音が戻ってくる。


 詰まった音。健全な金属の音だ。


「……いいですね」



 一時間後、作業が完了した。


 渉は全箇所を再度確認した。


「問題なし。今なら重機を稼働させても、構造への影響は最小限です」


「……それは、稼働の許可をいただけるということですか」


「条件があります」


「何ですか」


「稼働中、俺が打音検査を続けます。異常が出たら即停止してください」


「……了解しました」



 重機が稼働を始めた。


 高周波の振動が、第八層に広がった。


 渉はその横で、壁を叩き続けた。


 コン。コン。コン。


 問題なし。


 コン。コン。


 問題なし。


「……今日は大丈夫ですね」


 渉はメモ帳に記録した。


 DTSの先頭の男が横で見ていた。


 しばらくして、男が言った。


「……一つ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「センサーより先に分かる、その感覚は、習得できますか」


 渉は壁を叩きながら答えた。


「毎日やれば、少しずつできるようになります」


「どのくらいかかりますか」


「俺は二十五年かかりました」


 男がため息をついた。


「……そうですか」


「でも一年でも、何もしないよりはわかるようになります」


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           〈第七十二話 了〉

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【次話予告】

 重機の稼働二日目。

 渉が「今日は止めてください」と言った。

 「なぜですか、昨日は問題なかったのに」

 渉は壁を叩いた。

 「音が変わってます。昨日より速く変化してる。これ以上続けると崩れます」

 DTSの男が、初めて渉を「先生」のような目で見た。



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【あとがき】

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 第七十二話、お読みいただきありがとうございました。


 今回のDTSの描き方を少し変えました。単純な「悪役」ではなく、「最新技術を持っているが、物理的な変化速度を感じる手段がない人たち」として描きました。


 センサーは「今この瞬間」を計測します。でも渉は「先週との比較」を体の中に持っている。〇・〇七ミリの変化を一週間という時間で割れば、変化の速度がわかる。その速度が加速しているなら、問題が深刻化しているサインです。これが「センサーより先に分かる」理由です。


 「コーキング材で水分の浸透を止める」という処置は、現実の建築・土木現場でよく使われる手法です。ひびや隙間にコーキング材を充填して、水分の侵入を防ぐ。地味ですが、効果的です。


 最後の「一年でも、何もしないよりはわかるようになります」という渉の言葉。これは渉なりの教育的配慮です。渉は相手を見捨てない。学ぼうとする人間には、ちゃんと答える。


                   (作者)

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