第七十二話「DTS社の魔導重機」
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第七十二話「DTS社の魔導重機」
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翌日、DTSが大型の機材を持ち込んできた。
第八層の通路を、六人がかりで運んでいた。
高さ一・五メートルほどの金属の筐体。表面にJDAのロゴと「DTSエネルギー解析システム TYPE-7」と書いてある。側面に接続端子が十二本並んでいた。
先頭の男が渉に言った。
「魔導重機です。これで一日で全解析が完了します。従来の手作業より五十倍の速度でデータを取得できます」
「どういう原理ですか」と渉が聞いた。
「高周波のエネルギーパルスを装置に打ち込んで、反射波を解析します。建物の内部構造を見るのに使われる手法の応用です」
◆
渉は重機を見た。
側面の排熱口を確認した。
内部の振動を手で触れて感じた。
「出力はどのくらいですか」
「最大出力で解析します。精度を上げるために」
「最大出力での使用時間は」
「問題ありません。連続稼働十二時間の設計です」
渉は少し考えた。
「稼働させる前に、壁の状態を確認してもいいですか」
「何を確認するんですか」
「構造の安全確認です」
「我々のセンサーが……」
「俺の点検ハンマーで確認させてください」
◆
渉は壁を端から叩いた。
コン。コン。コン。
均一な音が続く。
一か所。
コン。
音が、少し違った。
「……ここ、先週より変わってます」
「どういうことですか」とメイが聞いた。
「先週の打音検査の記録と比べると、この箇所だけ音程が下がってます。内部に何かが起きている」
「センサーは……」と先頭の男が言った。
「センサーのデータを見せてもらえますか」
男がタブレットを渉に向けた。
数値は「構造健全性指数:九四%」を示していた。
「九四%は問題ないと思いますが」
「九四%の内訳は何ですか。どの部位が六%の低下を占めていますか」
男が操作した。
「……このエリアの壁面左側に集中しています」
「そこが、今俺が音で確認した場所と一致します」
◆
渉はノギスを出した。
問題の箇所の壁面を計測した。
先週の記録と比較した。
「〇・〇七ミリ、膨らんでいます」
「〇・〇七ミリで何が……」
「先週はゼロでした。一週間で〇・〇七ミリ変化したということは、速度が上がっています。原因を探る必要があります」
「原因は……」
「この重機を稼働させる前に、確認します。高周波パルスを打ち込む前に、構造体に既存の負荷がかかっている可能性があるからです」
◆
DTSの先頭の男が「どのくらいかかりますか」と聞いた。
「一時間ください」
「一時間で確認できますか」
「やってみます」
◆
渉は第八層の壁面を一周した。
三十か所、打音検査をした。
問題の箇所から、放射状にひびが広がっている可能性がある。
その方向を辿った。
第七層との境界に近い部分。
「……ここだ」
◆
渉は点検ハンマーで、第七層との境界壁を叩いた。
コン。
普通の音だ。
少し上を叩いた。
こん。
空洞に近い音だ。
「……ここから水が入ってる感じがする」
「水? ダンジョンに水が?」とメイが聞いた。
「地下水か、冷却系統からの漏れか。いずれにしても、境界壁の内部に水分が入り込んでいる。それが金属の腐食を加速させている」
◆
DTSの先頭の男が聞いた。
「……それはいつから?」
「わかりません。でも、この状態で高周波パルスを打ち込むと、水分が振動して内部の腐食が一気に進む可能性があります」
「どのくらいの確率で」
「この面積の腐食が進んだ場合、第七層の天井部分まで波及する可能性があります。最悪、崩落です」
男が沈黙した。
「重機の稼働を止めてください」と渉は言った。
「……データが取れないと上に……」
「壊れた現場でどんなデータが取れますか。まず直します」
◆
渉はバラムに連絡した。
「水分の浸透を止める材料が必要です。コーキング材に近いもので、金属に使えるものを」
「ある。持っていく」
「急いでもらえますか」
「三十分で来る」
◆
DTSのチームが、渉の作業を見ていた。
先頭の男がメイに小声で聞いた。
「……あの方、センサーで出なかったものを、ハンマーで見つけたんですか」
「そうです」
「なぜ分かるんですか」
「二十五年、同じことをやってきたからです」
男がまた黙った。
「……我々の機器は、最新のものです。数値は正確に出ます。でも」
「でも?」とメイが言った。
「変化の速度を感じることができない、ということですか」
「そうなります。センサーは今この瞬間を計測します。でも渉さんは先週との比較を体に入れています。だから変化がわかる」
◆
バラムが材料を持ってきた。
渉が作業を始めた。
コーキング材を注入するための細いノズルをセットした。
問題の箇所に、ゆっくりと充填していった。
一か所終わるたびに、打音で確認した。
コン。
音が戻ってくる。
詰まった音。健全な金属の音だ。
「……いいですね」
◆
一時間後、作業が完了した。
渉は全箇所を再度確認した。
「問題なし。今なら重機を稼働させても、構造への影響は最小限です」
「……それは、稼働の許可をいただけるということですか」
「条件があります」
「何ですか」
「稼働中、俺が打音検査を続けます。異常が出たら即停止してください」
「……了解しました」
◆
重機が稼働を始めた。
高周波の振動が、第八層に広がった。
渉はその横で、壁を叩き続けた。
コン。コン。コン。
問題なし。
コン。コン。
問題なし。
「……今日は大丈夫ですね」
渉はメモ帳に記録した。
DTSの先頭の男が横で見ていた。
しばらくして、男が言った。
「……一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「センサーより先に分かる、その感覚は、習得できますか」
渉は壁を叩きながら答えた。
「毎日やれば、少しずつできるようになります」
「どのくらいかかりますか」
「俺は二十五年かかりました」
男がため息をついた。
「……そうですか」
「でも一年でも、何もしないよりはわかるようになります」
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〈第七十二話 了〉
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【次話予告】
重機の稼働二日目。
渉が「今日は止めてください」と言った。
「なぜですか、昨日は問題なかったのに」
渉は壁を叩いた。
「音が変わってます。昨日より速く変化してる。これ以上続けると崩れます」
DTSの男が、初めて渉を「先生」のような目で見た。
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【あとがき】
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第七十二話、お読みいただきありがとうございました。
今回のDTSの描き方を少し変えました。単純な「悪役」ではなく、「最新技術を持っているが、物理的な変化速度を感じる手段がない人たち」として描きました。
センサーは「今この瞬間」を計測します。でも渉は「先週との比較」を体の中に持っている。〇・〇七ミリの変化を一週間という時間で割れば、変化の速度がわかる。その速度が加速しているなら、問題が深刻化しているサインです。これが「センサーより先に分かる」理由です。
「コーキング材で水分の浸透を止める」という処置は、現実の建築・土木現場でよく使われる手法です。ひびや隙間にコーキング材を充填して、水分の侵入を防ぐ。地味ですが、効果的です。
最後の「一年でも、何もしないよりはわかるようになります」という渉の言葉。これは渉なりの教育的配慮です。渉は相手を見捨てない。学ぼうとする人間には、ちゃんと答える。
(作者)




