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第七十一話「正規の清掃員、現る」

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第七十一話「正規の清掃員、現る」

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 第八層に戻った翌朝。


 渉が第八層に降りると、DTSの作業員が三人いた。


 グラインダーを持っていた。


 サスペンションのコイルスプリングに刃を当てようとしていた。



 渉は無言で近づいた。


 作業員が気づかなかった。


 グラインダーのスイッチが入った。


 渉は作業員の背後に立って、言った。


「そのサンダーの刃、焼き付いてるぞ」


 三人が振り返った。


 作業員の一人が「え?」と言った。


「刃の温度が上がりすぎてる。切削面を見てみろ。本来の青みがかった色じゃなくて、茶色くなってる。焼き入りが起きてる」


「……それが何か」


「焼き付いた刃は硬度が落ちる。そのまま使うと刃が欠ける。最悪、飛んでくる。目に入ったら終わりだ」



 作業員がグラインダーを止めた。


 刃を確認した。


 確かに、切削面が茶色くなっていた。


「……これは」


「新品の刃に換えてください。使い捨てです」


「でも、切り始めたところだし……」


「現場で一番の無駄は事故です。刃代より治療費の方が高い」



 渉は作業員の横を通り抜けて、サスペンションの前に立った。


 コイルスプリングを確認した。


 グラインダーが入った跡があった。


 一センチほど削れていた。


 渉は手を当てた。


「……まだ大丈夫です。この程度なら強度に影響しない」


「あなたが渉さんですか」と別の作業員が言った。


「そうです」


「昨日、上から……返ってきたって聞きましたが」


「点検のために来ました」


「帰還したはずでは……」


「整備士は整備対象の点検のために現場に戻ります。それが仕事です」



 DTSの先頭の男が来た。


 昨日も来ていた男だ。


「佐藤さん、正直に言います。このサスペンションは我々の解析の邪魔になっています。なぜここにある必要があるんですか」


「説明します」と渉は言った。「見てください」


 渉は装置の説明を始めた。


 帰還時の振動が〇・八G出ること。それがゴールドの維持エネルギーを下回らせること。コイルスプリングが振動を〇・二Gまで吸収していること。


「外したら、ゴールドが消えます。それが設置している理由です」


「守護者の維持については別途……」


「別途、何ができるんですか。具体的に教えてください」


 男が黙った。


「代替案がないなら、外せません」



 男が「では解析の邪魔になる部分だけ、一時的に移動させることはできますか」と言った。


「移動させたら振動吸収が機能しません。意味がない」


「では、このサスペンションを残しつつ、我々の解析ができる方法は」


 渉は少し考えた。


「解析の目的を教えてください。何を知りたいんですか」


「エネルギー抽出効率の最大化です」


「サスペンションがあっても、エネルギーの抽出経路とは干渉しません。接続端子の系統が別になっています」


「……本当に?」


「設計図を見れば確認できます。メイさんが持っています」



 メイを呼んだ。


 設計図を広げた。


 DTSの男が確認した。


「……確かに、別系統になっています」


「だから邪魔にならない。解析はできます。サスペンションを外す理由がない」


 男がしばらく考えた。


「……わかりました。今日のところは現状維持で」



 DTSのチームが上と連絡を取り始めた。


 その間に渉は装置の確認をした。


 勇馬が隣に来た。


「……あっさり引きましたね」


「理屈が通ったからです。彼らは論理で動ける人たちです。目的を聞いて、邪魔にならないと示せば、引く」


「最初から交渉すれば良かったんじゃ……」


「最初は俺がいなかったし、設計図の説明ができる準備もなかったんでしょう」



 ゴールドが渉の元に来た。


 渉を見た。


「……マスター」


「なんですか」


「お前が来た時、安心した」


「俺が来ても来なくても、状況は変わらないはずですが」


「状況は同じでも、気分が変わる」


 渉は少し間を置いた。


「そうですか」


「そうだ」



 作業を続けながら、渉はDTSの作業員の動きを見ていた。


 技術はある。道具もいい。


 でも、現場の「音」を聞いていない。


 数値を確認する。測定器を見る。データを記録する。


 それだけで、金属の状態を感じることをしていない。


「……教えてやれればいいんだが」


 渉は小声で言った。


 勇馬が「何ですか」と聞いた。


「なんでもないです。作業を続けます」


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           〈第七十一話 了〉

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【次話予告】

 翌日、DTSが大型の機材を持ち込んできた。

 「魔導重機です。これで一日で全解析が終わります」

 渉は重機を見て、壁を叩いた。

 コン。

 「……この振動、壁に入ってる」



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【あとがき】

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 第七十一話、お読みいただきありがとうございました。


 「そのサンダーの刃、焼き付いてるぞ」という渉の一言から始まる回です。


 グラインダーの刃の焼き付きは現実に起きる問題です。金属を切削する際、刃の温度が上がりすぎると焼き入り(熱処理)が起きて硬度が下がり、欠けやすくなります。安全上の問題だけでなく、切削精度も落ちる。渉はその状態を切削面の色で判断しました。


 DTSを「単なる悪役にしない」という方針で書きました。彼らは論理で動ける人たちです。目的を明確にして、邪魔にならないと示せば、引く。「解析の邪魔になるから外す」という思い込みは、設計図を見て「別系統だから邪魔にならない」と示せば解消できた。情報の共有がなかっただけです。


 「教えてやれればいいんだが」という渉の独り言。渉は怒っていない。ただ、現場を感じることを知らない人間を、少し哀れに思っている。これが渉の視線の高さです。


                   (作者)

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