第七十一話「正規の清掃員、現る」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第七十一話「正規の清掃員、現る」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第八層に戻った翌朝。
渉が第八層に降りると、DTSの作業員が三人いた。
グラインダーを持っていた。
サスペンションのコイルスプリングに刃を当てようとしていた。
◆
渉は無言で近づいた。
作業員が気づかなかった。
グラインダーのスイッチが入った。
渉は作業員の背後に立って、言った。
「そのサンダーの刃、焼き付いてるぞ」
三人が振り返った。
作業員の一人が「え?」と言った。
「刃の温度が上がりすぎてる。切削面を見てみろ。本来の青みがかった色じゃなくて、茶色くなってる。焼き入りが起きてる」
「……それが何か」
「焼き付いた刃は硬度が落ちる。そのまま使うと刃が欠ける。最悪、飛んでくる。目に入ったら終わりだ」
◆
作業員がグラインダーを止めた。
刃を確認した。
確かに、切削面が茶色くなっていた。
「……これは」
「新品の刃に換えてください。使い捨てです」
「でも、切り始めたところだし……」
「現場で一番の無駄は事故です。刃代より治療費の方が高い」
◆
渉は作業員の横を通り抜けて、サスペンションの前に立った。
コイルスプリングを確認した。
グラインダーが入った跡があった。
一センチほど削れていた。
渉は手を当てた。
「……まだ大丈夫です。この程度なら強度に影響しない」
「あなたが渉さんですか」と別の作業員が言った。
「そうです」
「昨日、上から……返ってきたって聞きましたが」
「点検のために来ました」
「帰還したはずでは……」
「整備士は整備対象の点検のために現場に戻ります。それが仕事です」
◆
DTSの先頭の男が来た。
昨日も来ていた男だ。
「佐藤さん、正直に言います。このサスペンションは我々の解析の邪魔になっています。なぜここにある必要があるんですか」
「説明します」と渉は言った。「見てください」
渉は装置の説明を始めた。
帰還時の振動が〇・八G出ること。それがゴールドの維持エネルギーを下回らせること。コイルスプリングが振動を〇・二Gまで吸収していること。
「外したら、ゴールドが消えます。それが設置している理由です」
「守護者の維持については別途……」
「別途、何ができるんですか。具体的に教えてください」
男が黙った。
「代替案がないなら、外せません」
◆
男が「では解析の邪魔になる部分だけ、一時的に移動させることはできますか」と言った。
「移動させたら振動吸収が機能しません。意味がない」
「では、このサスペンションを残しつつ、我々の解析ができる方法は」
渉は少し考えた。
「解析の目的を教えてください。何を知りたいんですか」
「エネルギー抽出効率の最大化です」
「サスペンションがあっても、エネルギーの抽出経路とは干渉しません。接続端子の系統が別になっています」
「……本当に?」
「設計図を見れば確認できます。メイさんが持っています」
◆
メイを呼んだ。
設計図を広げた。
DTSの男が確認した。
「……確かに、別系統になっています」
「だから邪魔にならない。解析はできます。サスペンションを外す理由がない」
男がしばらく考えた。
「……わかりました。今日のところは現状維持で」
◆
DTSのチームが上と連絡を取り始めた。
その間に渉は装置の確認をした。
勇馬が隣に来た。
「……あっさり引きましたね」
「理屈が通ったからです。彼らは論理で動ける人たちです。目的を聞いて、邪魔にならないと示せば、引く」
「最初から交渉すれば良かったんじゃ……」
「最初は俺がいなかったし、設計図の説明ができる準備もなかったんでしょう」
◆
ゴールドが渉の元に来た。
渉を見た。
「……マスター」
「なんですか」
「お前が来た時、安心した」
「俺が来ても来なくても、状況は変わらないはずですが」
「状況は同じでも、気分が変わる」
渉は少し間を置いた。
「そうですか」
「そうだ」
◆
作業を続けながら、渉はDTSの作業員の動きを見ていた。
技術はある。道具もいい。
でも、現場の「音」を聞いていない。
数値を確認する。測定器を見る。データを記録する。
それだけで、金属の状態を感じることをしていない。
「……教えてやれればいいんだが」
渉は小声で言った。
勇馬が「何ですか」と聞いた。
「なんでもないです。作業を続けます」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〈第七十一話 了〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話予告】
翌日、DTSが大型の機材を持ち込んできた。
「魔導重機です。これで一日で全解析が終わります」
渉は重機を見て、壁を叩いた。
コン。
「……この振動、壁に入ってる」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【あとがき】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第七十一話、お読みいただきありがとうございました。
「そのサンダーの刃、焼き付いてるぞ」という渉の一言から始まる回です。
グラインダーの刃の焼き付きは現実に起きる問題です。金属を切削する際、刃の温度が上がりすぎると焼き入り(熱処理)が起きて硬度が下がり、欠けやすくなります。安全上の問題だけでなく、切削精度も落ちる。渉はその状態を切削面の色で判断しました。
DTSを「単なる悪役にしない」という方針で書きました。彼らは論理で動ける人たちです。目的を明確にして、邪魔にならないと示せば、引く。「解析の邪魔になるから外す」という思い込みは、設計図を見て「別系統だから邪魔にならない」と示せば解消できた。情報の共有がなかっただけです。
「教えてやれればいいんだが」という渉の独り言。渉は怒っていない。ただ、現場を感じることを知らない人間を、少し哀れに思っている。これが渉の視線の高さです。
(作者)




