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第七十五話「清掃員の領分(エリア)」

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第七十五話「清掃員の領分エリア

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 翌朝から、渉は重機の修理を始めた。


 ベアリングの交換。制御系基板の診断と部品交換。電源ケーブルの端子交換。


 バラムが部品を調達してきた。


 渉が作業台を借りた。



 DTSの若い技術者が、作業を横で見ていた。


 二十代後半。DTSの中では現場担当の人間らしく、実際に機器を触る仕事をしていた。


 渉が基板を取り出して、損傷箇所を確認しながら作業していた。


 精密はんだごてを取り出した。


 メイがエネルギーを供給し始めた。


 コテ先が温まった。



 若い技術者が「……弟子にしてください」と言った。


 渉は手を止めずに言った。


「先に部品を取ってきてください。そこのバッグの中に部品リストがあります」


「え……」


「リストに書いてある部品が、バッグの左ポケットに入ってるはずです。取ってもらえますか」


 若い技術者がバッグを確認した。


「……ありました」


「そこを開けて、隣に置いてください」


「は、はい」



 作業を続けながら、渉は言った。


「弟子、ということは長期的に関わるということですか」


「……できれば」


「DTSはここで何をするつもりでしたか」


「エネルギー抽出システムとして、このダンジョンを活用する計画でした」


「その計画は変わりますか」


「上次第で……でも、今回の件で上の方も、少し考え直している節があります」


「石倉さんに話しましたか」


「昨日、データを持って行きました。石倉さんが本部の委員会に提出すると言ってました」



 渉は基板の損傷箇所にコテ先を当てた。


 ハンダが流れた。


「現場で学びたいなら、毎日来てください。作業を手伝いながら覚えてください」


「本当にいいんですか」


「できることをやればいい。最初は部品を取ってくることと、工具を渡すことだけでいいです」


「それだけでいいんですか」


「勇馬もそこから始めました」



 勇馬が横で聞いていた。


「……最初は本当に、部品運びだけでしたよ」と勇馬が言った。「でも半年で打音検査ができるようになりました」


「半年で」と若い技術者が繰り返した。


「渉さんが教えてくれたので」


「俺は場所を用意しただけです」と渉が言った。「勇馬が自分でやったんです」



 三時間後、基板の修理が完了した。


 次にベアリングを換えた。


 最後に電源端子を交換した。


 渉が全体を確認した。


「テストをします」


 重機を低出力で動かした。


 振動を確認した。


 音を確認した。


 コン、コン、コン。


 問題なし。


「直りました」



 DTSの先頭の男が来た。


「……直してくれたんですか」


「直りました。ただし、今後は最大出力での稼働はしないでください。七十パーセント以下で使えば、ベアリングへの負担が適切な範囲に収まります」


「七十パーセント以下……解析時間が伸びますが」


「時間をかければ、精度は出ます。急いで壊すより、ゆっくり確実にやる方が結果的に早い」



 夕方、石倉が来た。


 渉の隣に来た。


「本部の委員会に、DTSの主任技術者からのデータと、私の勧告書を提出しました。審査に少し時間はかかりますが……第八層の管理方針が変わる可能性があります」


「どう変わりますか」


「渉さんの整備記録を尊重した上での運用、という形になりそうです」


「俺が向こうに来ている間だけでも、勇馬が管理を続けられれば十分です」


「……そうですか」



 石倉が懐から布を取り出した。


「田中さんから預かりました。差し入れだそうです」


 渉は受け取った。


 広げた。


 軍手だった。


 使い込まれた、田中の軍手だった。


「田中が使っていたやつですか」


「『使い慣れたやつを』と言っていました。向こうで使ってほしいと」



 渉は軍手を見た。


 田中の手に馴染んだ形が残っていた。


 親指の付け根の辺りが、少し擦り切れていた。


「……田中らしいですね」


「何か伝言はありますか」


「焼き肉の約束を忘れないでください、と伝えてください」


「……それだけですか」


「それだけです」



 その夜、渉は第八層で一人、装置の点検をした。


 全体を確認した。


 コン、コン、コン。


 問題なし。


 サスペンションも問題なし。


 ゴールドも、コアも、健全だ。


「……これで終わりじゃないですが」


 渉は小声で言った。


「壊されたものは直した。でも、次も誰かが来るかもしれない。その時のために、記録を残しておきます」



 メモ帳を開いた。


 今日の作業内容を書いた。


 重機の修理。ベアリング交換。基板修理。端子交換。


 それから今後の注意点を書いた。


 「壁面の水分浸透、週一回確認。コアの汚染状態、月一回確認。重機使用時は七十パーセント以下で」


 書き終えて、渉は工具を片付けた。


 田中の軍手を、作業着のポケットに入れた。


「……続きはまだある。でも今日はここまで」



 翌朝、DTSの若い技術者が、早めに第八層に来ていた。


 バッグを持っていた。


 渉が来ると「おはようございます」と言った。


「おはようございます。今日の作業のメモを持ってきましたか」


「……メモ?」


「作業前に、今日の予定を書いておく習慣を付けてください。何をやって、何を確認して、どこで終わるか」


「わかりました。今書きます」


「どうぞ」



 渉はいつもの道具チェックを始めた。


 バッテリーの残量。ビットの状態。ラスペネの残量。


 隣で若い技術者がメモを書いていた。


 その隣で勇馬もメモを書いていた。


 二人が並んで、それぞれのメモ帳に向かっていた。


 渉は道具チェックを終えて、ヘルメットを被った。


「では始めます」


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           〈第七十五話 了〉

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【次話予告】

 第八層の管理方針変更の通達が来た。

 石倉が読み上げた。

 「……第八層の整備については、佐藤渉氏の整備記録を優先する」

 DTSの先頭の男が渉に言った。

 「……我々に、教えていただけますか」

 渉は少し間を置いた。

 「打音検査から始めましょう」



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【あとがき・第七十五話特別版】

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 第七十五話、最後までお読みいただきありがとうございました。


 第三部「黒い工務店とJDA内乱編」の前半が終わりました。


 「弟子にしてください」という若い技術者への渉の反応が、この話の核心です。渉は「弟子になれ」と言わない。「部品を取ってきてください」と言う。渉の教え方は、常に具体的な作業から始まります。理論より先に、手を動かすことから始める。


 田中の軍手の描写。使い込まれた軍手には、持っていた人間の形が残っています。親指の付け根の擦り切れ方は、田中の持ち方のクセです。渉はそれを見て「田中らしい」と思う。道具は、使う人間を覚えている。


 「壊されたものは直した。次も誰かが来るかもしれない。その時のために記録を残しておきます」という渉の独り言。これが職人の継続性です。今日の仕事が終わっても、現場は続く。次の誰かのために記録を残す。先代がそうしたように。


 最後のシーン。勇馬とDTSの若い技術者が並んでメモを書いている。渉が受け取ったものを、渉が渡し始めている。その連鎖が、この物語の根っこにあるものです。


 引き続き、佐藤渉の現場にお付き合いいただければ幸いです。


                   (作者)

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