第六十九話「勇馬からのSOS」
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第六十九話「勇馬からのSOS」
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七日目の夜。
渉はいつものように倉庫で発信を続けていた。
今日は回路を改良していた。アンテナを二本に増やして、コイルの巻き数を変えた。出力が三倍近くになった。
田中がコーヒーを持ってきた。
「今日は違うな」
「出力を上げました」
「向こうに届くか」
「わかりません」
◆
九時を過ぎた頃。
装置の受信側のインジケーターが、かすかに振れた。
渉は手を止めた。
「……田中」
「なんだ」
「反応があります」
田中がコーヒーカップを置いた。
インジケーターが再び振れた。
今度は少し強く。
ノイズが混じった信号だった。
◆
渉はイヤホンを装置に繋いだ。
耳を澄ませた。
ザー、という雑音。
その中に、何かが混じっている。
声だった。
「……さ、さとうさん……? 聞こえ……ますか……!?」
◆
渉は送信ボタンを押した。
「聞こえてます。勇馬ですか」
ザー、という雑音。
数秒後。
「……聞こえた! 聞こえました! 佐藤さん!」
勇馬の声だった。
少し興奮していた。
かなり興奮していた。
「落ち着いてください。状況を教えてください」
「落ち着いてる場合じゃないんです! 装置が……めちゃくちゃにされてます!」
◆
渉は「詳しく教えてください」と言った。
勇馬が話した。
DTSが入ってきたこと。
サスペンションを外そうとしていること。
左ネジで一度止まったが、二日以内に撤去の命令が出たこと。
「今は何日目ですか」
「明日が二日目です。明日の朝には撤去されます」
「ゴールドは」
「今のところ大丈夫です。でも撤去されたら……」
「わかりました」
◆
田中が渉の顔を見ていた。
「どうするんだ」
渉は少し考えた。
「行きます」
「向こうに?」
「現場が壊されてます。直しに行きます」
「……また帰ってこないかもしれないぞ」
「今回は最初から、戻るつもりで行きます」
◆
勇馬に「明日の朝、装置の前にいてください。俺が向こうに行きます」と伝えた。
「え、来れるんですか!?」
「来ます。だから準備をしてください。DTSの作業を止める理由を、メイさんと考えてください。一時間でいいので」
「わかりました。やります」
「石倉さんにも連絡してください。あの人は書類で時間を作れます」
「連絡します!」
「あと、工房の道具の状態を確認しておいてください。バールとインパクトレンチが使えるかどうか」
「……渉さん、まだ戦うつもりですか」
「整備しに行くんです」
「それは……わかりました」
◆
通信を切った後、渉は作業着を確認した。
ワークマンの紺色の作業着。一年半、向こうで着ていたものとは別の、品川で買い直したやつだ。
ポケットに道具を入れた。
バール(中)。ラスペネ。パーツクリーナー。インパクトレンチのビット数本。
「……それと」
渉は買い物袋を開けた。
中から取り出したのは、新品のKURE 5-56と、ラスペネの予備だった。
向こうには在庫がない。持っていく。
◆
田中が「俺はどうすればいい」と聞いた。
「地上側の装置、明朝に起動してください。俺がタイミングを合わせて入ります」
「またあのスイッチか」
「そうです。今回は逆方向です。タイミングは俺が向こうから合図します」
「合図って……通信が繋がってる間は教えてもらえるか?」
「繋げておきます。切れたらそっちから何度でも発信してください」
「わかった」
◆
夜中の一時。
田中が「少し寝ろ」と言った。
「そうします」
「明日、また朝から来るか?」
「七時には来ます」
「俺も来る」
渉は倉庫の電源を落とした。
外に出た。
夜風の中に、かすかに機械油の匂いがした気がした。
渉は少し鼻を動かした。
近くの工場から漂ってくる、鉄と油の匂いだ。
品川の匂いだった。
向こうの工房の匂いとは少し違う。
でも、同じ種類の匂いだ。
◆
帰り道、渉は作業着のポケットを確認した。
バール。ラスペネ。ビット。
ちゃんと入っている。
向こうの現場が待っている。
壊された仕事が待っている。
直せる。
直しに行く。
それだけだ。
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〈第六十九話 了〉
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【次話予告】
翌朝七時。
田中と渉が廃工場の前に立った。
「今度こそ、いつ帰ってくるんだ」と田中が言った。
「点検が終わるまでだ」
渉は床下に降りた。
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【あとがき】
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第六十九話、お読みいただきありがとうございました。
七日間、毎夜信号を送り続けた渉が、ついに勇馬の声を受信する回です。
「現場が壊されてます。直しに行きます」という渉の言葉は、この作品を通じて一番シンプルな動機です。帰還したいからでも、仲間を救いたいからでもない(それも副次的にはある)。自分がやった仕事が壊されている。だから直しに行く。職人としての責任感と、プライドです。
「今回は最初から、戻るつもりで行きます」という一言も重要です。最初の転移は偶然でした。今回は意志を持った選択です。渉が「二つの世界を繋ぐ整備士」として自覚的に動き始めた瞬間です。
新しいラスペネを買って持っていく。この一行に、渉の「現場への準備」が全て詰まっています。道具があれば、現場に行ける。
(作者)




