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第六十九話「勇馬からのSOS」

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第六十九話「勇馬からのSOS」

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 七日目の夜。


 渉はいつものように倉庫で発信を続けていた。


 今日は回路を改良していた。アンテナを二本に増やして、コイルの巻き数を変えた。出力が三倍近くになった。


 田中がコーヒーを持ってきた。


「今日は違うな」


「出力を上げました」


「向こうに届くか」


「わかりません」



 九時を過ぎた頃。


 装置の受信側のインジケーターが、かすかに振れた。


 渉は手を止めた。


「……田中」


「なんだ」


「反応があります」


 田中がコーヒーカップを置いた。


 インジケーターが再び振れた。


 今度は少し強く。


 ノイズが混じった信号だった。



 渉はイヤホンを装置に繋いだ。


 耳を澄ませた。


 ザー、という雑音。


 その中に、何かが混じっている。


 声だった。


「……さ、さとうさん……? 聞こえ……ますか……!?」



 渉は送信ボタンを押した。


「聞こえてます。勇馬ですか」


 ザー、という雑音。


 数秒後。


「……聞こえた! 聞こえました! 佐藤さん!」


 勇馬の声だった。


 少し興奮していた。


 かなり興奮していた。


「落ち着いてください。状況を教えてください」


「落ち着いてる場合じゃないんです! 装置が……めちゃくちゃにされてます!」



 渉は「詳しく教えてください」と言った。


 勇馬が話した。


 DTSが入ってきたこと。


 サスペンションを外そうとしていること。


 左ネジで一度止まったが、二日以内に撤去の命令が出たこと。


「今は何日目ですか」


「明日が二日目です。明日の朝には撤去されます」


「ゴールドは」


「今のところ大丈夫です。でも撤去されたら……」


「わかりました」



 田中が渉の顔を見ていた。


「どうするんだ」


 渉は少し考えた。


「行きます」


「向こうに?」


「現場が壊されてます。直しに行きます」


「……また帰ってこないかもしれないぞ」


「今回は最初から、戻るつもりで行きます」



 勇馬に「明日の朝、装置の前にいてください。俺が向こうに行きます」と伝えた。


「え、来れるんですか!?」


「来ます。だから準備をしてください。DTSの作業を止める理由を、メイさんと考えてください。一時間でいいので」


「わかりました。やります」


「石倉さんにも連絡してください。あの人は書類で時間を作れます」


「連絡します!」


「あと、工房の道具の状態を確認しておいてください。バールとインパクトレンチが使えるかどうか」


「……渉さん、まだ戦うつもりですか」


「整備しに行くんです」


「それは……わかりました」



 通信を切った後、渉は作業着を確認した。


 ワークマンの紺色の作業着。一年半、向こうで着ていたものとは別の、品川で買い直したやつだ。


 ポケットに道具を入れた。


 バール(中)。ラスペネ。パーツクリーナー。インパクトレンチのビット数本。


「……それと」


 渉は買い物袋を開けた。


 中から取り出したのは、新品のKURE 5-56と、ラスペネの予備だった。


 向こうには在庫がない。持っていく。



 田中が「俺はどうすればいい」と聞いた。


「地上側の装置、明朝に起動してください。俺がタイミングを合わせて入ります」


「またあのスイッチか」


「そうです。今回は逆方向です。タイミングは俺が向こうから合図します」


「合図って……通信が繋がってる間は教えてもらえるか?」


「繋げておきます。切れたらそっちから何度でも発信してください」


「わかった」



 夜中の一時。


 田中が「少し寝ろ」と言った。


「そうします」


「明日、また朝から来るか?」


「七時には来ます」


「俺も来る」


 渉は倉庫の電源を落とした。


 外に出た。


 夜風の中に、かすかに機械油の匂いがした気がした。


 渉は少し鼻を動かした。


 近くの工場から漂ってくる、鉄と油の匂いだ。


 品川の匂いだった。


 向こうの工房の匂いとは少し違う。


 でも、同じ種類の匂いだ。



 帰り道、渉は作業着のポケットを確認した。


 バール。ラスペネ。ビット。


 ちゃんと入っている。


 向こうの現場が待っている。


 壊された仕事が待っている。


 直せる。


 直しに行く。


 それだけだ。


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           〈第六十九話 了〉

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【次話予告】

 翌朝七時。

 田中と渉が廃工場の前に立った。

 「今度こそ、いつ帰ってくるんだ」と田中が言った。

 「点検が終わるまでだ」

 渉は床下に降りた。



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【あとがき】

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 第六十九話、お読みいただきありがとうございました。


 七日間、毎夜信号を送り続けた渉が、ついに勇馬の声を受信する回です。


 「現場が壊されてます。直しに行きます」という渉の言葉は、この作品を通じて一番シンプルな動機です。帰還したいからでも、仲間を救いたいからでもない(それも副次的にはある)。自分がやった仕事が壊されている。だから直しに行く。職人としての責任感と、プライドです。


 「今回は最初から、戻るつもりで行きます」という一言も重要です。最初の転移は偶然でした。今回は意志を持った選択です。渉が「二つの世界を繋ぐ整備士」として自覚的に動き始めた瞬間です。


 新しいラスペネを買って持っていく。この一行に、渉の「現場への準備」が全て詰まっています。道具があれば、現場に行ける。


                   (作者)

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