表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/87

第六十八話「再接続の試行」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第六十八話「再接続の試行」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 翌日の朝、渉はホームセンターにいた。


 電子部品のコーナーを歩き回った。


 アマチュア無線用のコイル部品。可変コンデンサー。ノイズフィルター。


 次に専門の電子部品店に移動した。


 周波数変換用のコンバーター基板。微弱電波用のトランスミッター。


「何を作るんですか」と田中が横で聞いた。


「通信装置です」


「通信? 向こうに?」


「ダンジョンの固有振動数を帯域として、アマチュア無線の電波を変換して送り込めれば、向こうの装置が反応するかもしれない」


 田中が少し間を置いた。


「……頭おかしくなったか」


「理屈は通ってます」



 廃工場の倉庫を借りた。


 颯太が「使っていい」と言った。鍵ごと渡してくれた。


 倉庫に作業台を置いた。ホームセンターで買った折り畳みの台だ。


 電子部品を並べた。


 渉は工具箱を開いた。


 精密ドライバー、ハンダごて、ニッパー、テスター。


 品川に戻ってから買い直した道具たちだ。


 まだ手に馴染んでいない。


 少し違和感がある。


 でも、使えば慣れる。



 理論はこうだ。


 ダンジョンという空間は、独自の振動周波数を持っている。渉が第五層で壁の振動を感じた時から、それは確かめていた。


 その周波数帯に合わせた電波を発信すれば、ダンジョンの内部に電気信号が届く可能性がある。


 届いた信号を受信する装置が向こうにあれば、通信が成立する。


 問題は、向こうに受信装置がないことだ。


 しかし。


 先代の日誌に、ヒントがあった。



 日誌の十七ページ。


「装置の副産物として、地上の電波が微弱に届くことがわかった。AM放送が聞こえた。試しに送信機を作れば、逆に送ることもできるかもしれない」


 先代が、同じことを考えていた。


 しかし先代は、装置を作る前に体が限界になった。


 渉はその続きをやる。



 ハンダごてを手に取った。


 熱が上がるのを待った。


 基板に部品を取り付け始めた。


 一つ目の部品。


 二つ目。


 ハンダが流れる感触が、少しずつ戻ってきた。


 新しいハンダごてだが、手の動きはいつもと同じだ。



 田中が横で見ていた。


「俺、何かできることはあるか」


「工場の床下の装置、電源系統を確認してもらえますか。銅線で直結したまま、保護してないので」


「ああ、あれか。絶縁テープを巻いとくか」


「そうしてください。断線したら通信自体ができなくなります」


「わかった」


 田中が床下に潜っていった。


 渉は作業を続けた。



 三時間後、基本的な回路が完成した。


 テスターで通電を確認した。


 問題なし。


 次に、廃工場の地下装置との接続部分を作った。


 先代が設置した装置の接続端子に、渉が作った通信回路を繋ぐ。


 ここが一番繊細な作業だ。


 端子の規格を確認した。


 日誌の記録と照合した。


「……合ってます」


 接続した。



 電源を入れた。


 回路に電流が流れる。


 周波数カウンターで確認した。


 ダンジョンの固有振動数に近い帯域に、微弱な電波が出ていた。


「……出てる」


「届くのか?」と田中が床下から這い出しながら言った。


「届くかどうかは向こう次第です。受信できる装置があれば」


「なければ?」


「なければ、向こうに行って受信装置を作ります」


「……最初からそっちでよくないか」


「向こうに行く前に、連絡を取る方法があった方がいい。今後のために」



 発信を続けた。


 三時間、信号を送り続けた。


 反応はなかった。


 田中が「飯にしようか」と言った。


 渉は「もう少し」と言った。


 四時間目。


 五時間目。



 夜の九時。


 田中が「今日はやめようぜ」と言った。


「わかりました」


 渉は電源を落とした。


 装置を片付けた。


 倉庫を出た。


 夜風が冷たかった。


「……明日も来るのか」と田中が言った。


「来ます」


「何日続けるんだ」


「向こうから反応があるまで」


「それがなかったら」


「その時は向こうに行って受信装置を作ります」


 田中がため息をついた。


「……仕事が終わらない男だな」


「終わってない現場があるんで」



 家に帰って、渉はメモ帳を開いた。


 今日試した回路の問題点を書いた。


 出力が弱い。指向性がない。


 改善案を書いた。


 アンテナをもう一本追加する。コイルの巻き数を変えて出力を上げる。


 書いているうちに日付が変わった。


 渉はメモ帳を閉じた。


 品川ナンバーのことを思った。


 向こうの棚に置いてきた、あれのことを。


 明日もやる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           〈第六十八話 了〉

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次話予告】

 七日目の夜。

 倉庫の装置が、突然反応した。

 ノイズの中から、声が聞こえた。

 「……さ、さとうさん……? 聞こえ……ますか……!?」

 勇馬の声だった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【あとがき】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 第六十八話、お読みいただきありがとうございました。


 先代の日誌の「AM放送が聞こえた」という記述から通信装置を作る、という展開は、現実の電波伝播の原理に基づいています。特定の周波数帯の電波は、岩盤を通り抜けて地下に届くことがある。それを応用すれば、地上からダンジョンに信号を送ることができるかもしれない。


 「新しいハンダごてだが、手の動きはいつもと同じだ」という描写を入れました。道具は変わっても、技術は手の中にある。渉は品川に戻って新しい道具を買い直しましたが、やることは同じです。


 「仕事が終わらない男だな」「終わってない現場があるんで」。田中のボヤきと渉の一言が、このシリーズのテーマそのものです。渉に「仕事が終わった」という感覚は来ない。問題がある限り、現場は続く。


 七日間、毎夜発信し続ける渉の姿を、次話で勇馬が受信します。


                   (作者)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ