第六十八話「再接続の試行」
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第六十八話「再接続の試行」
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翌日の朝、渉はホームセンターにいた。
電子部品のコーナーを歩き回った。
アマチュア無線用のコイル部品。可変コンデンサー。ノイズフィルター。
次に専門の電子部品店に移動した。
周波数変換用のコンバーター基板。微弱電波用のトランスミッター。
「何を作るんですか」と田中が横で聞いた。
「通信装置です」
「通信? 向こうに?」
「ダンジョンの固有振動数を帯域として、アマチュア無線の電波を変換して送り込めれば、向こうの装置が反応するかもしれない」
田中が少し間を置いた。
「……頭おかしくなったか」
「理屈は通ってます」
◆
廃工場の倉庫を借りた。
颯太が「使っていい」と言った。鍵ごと渡してくれた。
倉庫に作業台を置いた。ホームセンターで買った折り畳みの台だ。
電子部品を並べた。
渉は工具箱を開いた。
精密ドライバー、ハンダごて、ニッパー、テスター。
品川に戻ってから買い直した道具たちだ。
まだ手に馴染んでいない。
少し違和感がある。
でも、使えば慣れる。
◆
理論はこうだ。
ダンジョンという空間は、独自の振動周波数を持っている。渉が第五層で壁の振動を感じた時から、それは確かめていた。
その周波数帯に合わせた電波を発信すれば、ダンジョンの内部に電気信号が届く可能性がある。
届いた信号を受信する装置が向こうにあれば、通信が成立する。
問題は、向こうに受信装置がないことだ。
しかし。
先代の日誌に、ヒントがあった。
◆
日誌の十七ページ。
「装置の副産物として、地上の電波が微弱に届くことがわかった。AM放送が聞こえた。試しに送信機を作れば、逆に送ることもできるかもしれない」
先代が、同じことを考えていた。
しかし先代は、装置を作る前に体が限界になった。
渉はその続きをやる。
◆
ハンダごてを手に取った。
熱が上がるのを待った。
基板に部品を取り付け始めた。
一つ目の部品。
二つ目。
ハンダが流れる感触が、少しずつ戻ってきた。
新しいハンダごてだが、手の動きはいつもと同じだ。
◆
田中が横で見ていた。
「俺、何かできることはあるか」
「工場の床下の装置、電源系統を確認してもらえますか。銅線で直結したまま、保護してないので」
「ああ、あれか。絶縁テープを巻いとくか」
「そうしてください。断線したら通信自体ができなくなります」
「わかった」
田中が床下に潜っていった。
渉は作業を続けた。
◆
三時間後、基本的な回路が完成した。
テスターで通電を確認した。
問題なし。
次に、廃工場の地下装置との接続部分を作った。
先代が設置した装置の接続端子に、渉が作った通信回路を繋ぐ。
ここが一番繊細な作業だ。
端子の規格を確認した。
日誌の記録と照合した。
「……合ってます」
接続した。
◆
電源を入れた。
回路に電流が流れる。
周波数カウンターで確認した。
ダンジョンの固有振動数に近い帯域に、微弱な電波が出ていた。
「……出てる」
「届くのか?」と田中が床下から這い出しながら言った。
「届くかどうかは向こう次第です。受信できる装置があれば」
「なければ?」
「なければ、向こうに行って受信装置を作ります」
「……最初からそっちでよくないか」
「向こうに行く前に、連絡を取る方法があった方がいい。今後のために」
◆
発信を続けた。
三時間、信号を送り続けた。
反応はなかった。
田中が「飯にしようか」と言った。
渉は「もう少し」と言った。
四時間目。
五時間目。
◆
夜の九時。
田中が「今日はやめようぜ」と言った。
「わかりました」
渉は電源を落とした。
装置を片付けた。
倉庫を出た。
夜風が冷たかった。
「……明日も来るのか」と田中が言った。
「来ます」
「何日続けるんだ」
「向こうから反応があるまで」
「それがなかったら」
「その時は向こうに行って受信装置を作ります」
田中がため息をついた。
「……仕事が終わらない男だな」
「終わってない現場があるんで」
◆
家に帰って、渉はメモ帳を開いた。
今日試した回路の問題点を書いた。
出力が弱い。指向性がない。
改善案を書いた。
アンテナをもう一本追加する。コイルの巻き数を変えて出力を上げる。
書いているうちに日付が変わった。
渉はメモ帳を閉じた。
品川ナンバーのことを思った。
向こうの棚に置いてきた、あれのことを。
明日もやる。
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〈第六十八話 了〉
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【次話予告】
七日目の夜。
倉庫の装置が、突然反応した。
ノイズの中から、声が聞こえた。
「……さ、さとうさん……? 聞こえ……ますか……!?」
勇馬の声だった。
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【あとがき】
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第六十八話、お読みいただきありがとうございました。
先代の日誌の「AM放送が聞こえた」という記述から通信装置を作る、という展開は、現実の電波伝播の原理に基づいています。特定の周波数帯の電波は、岩盤を通り抜けて地下に届くことがある。それを応用すれば、地上からダンジョンに信号を送ることができるかもしれない。
「新しいハンダごてだが、手の動きはいつもと同じだ」という描写を入れました。道具は変わっても、技術は手の中にある。渉は品川に戻って新しい道具を買い直しましたが、やることは同じです。
「仕事が終わらない男だな」「終わってない現場があるんで」。田中のボヤきと渉の一言が、このシリーズのテーマそのものです。渉に「仕事が終わった」という感覚は来ない。問題がある限り、現場は続く。
七日間、毎夜発信し続ける渉の姿を、次話で勇馬が受信します。
(作者)




