第六十七話「JDAの黒い工務店」
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第六十七話「JDAの黒い工務店」
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渉が帰還した三日後。
第八層に、見慣れない集団が降りてきた。
作業服を着た十二人。全員、同じロゴの入った服だ。「ダンジョン・テクノロジー・ソリューションズ(DTS)」と書いてある。高機能な測定機器、大型の工具ケース。どれも値段が高そうな機材ばかりだ。
先頭の男がゴールドに向かって言った。
「JDA技術開発部・応用チームの委託企業です。この装置の解析を開始します」
◆
勇馬が前に出た。
「待ってください。この装置は渉さんが整備した管理物件です。許可なしには……」
「渉氏は地上に帰還済みです。当装置の管理権は失効しています」
「失効なんてしていません。整備記録があります。管理棟の田所さんに……」
「田所さんの管理権限は第七層まででした。第八層は我々が直接管轄することになりました」
書類を出した。
JDAの公印が押された文書だった。
◆
メイが来た。
「何の作業をするんですか」
「装置の解析と最適化です。帰還装置としての機能より、エネルギー抽出システムとしての利用可能性を検討します」
「エネルギー抽出……」
「ダンジョン内のエネルギーを地上に供給するシステムです。国家インフラへの応用が検討されています」
「そのために、今の設定を変えるんですか」
「最適化します」
◆
DTSの作業員が装置に近づいた。
ツールケースを開いた。
高価なソケットレンチセット。インパクトドライバー。
「まずサスペンションユニットを取り外します。振動吸収の機能はエネルギー抽出には不要です」
勇馬が「待ってください」と言った。
「何を待つんですか」
「そのサスペンションは、ゴールドの維持エネルギーを守るために設置されています。外したら、起動時の振動でゴールドが消えます」
「ゴールド……あの守護者ですか」
「そうです」
「守護者の維持については……別途対応します。今は装置の解析が優先です」
◆
作業員がボルトに手をかけた。
ソケットを当てた。
右回りに回した。
バキン、という音がした。
ボルトの頭が削れた。
「……あ」と作業員が言った。
「左ネジです」とメイが言った。
「……え?」
「そこは左ネジです。渉さんがそう設計しました。左に回さないと外れません」
作業員が手を止めた。
◆
メイは続けた。
「渉さんの整備した装置には、随所に左ネジや特殊トルクのボルトが使われています。設計図を見ないで作業すると、必ずどこかで失敗します」
「設計図は……」
「NDIの研究部門で管理しています。私の部門です」
先頭の男がメイを見た。
「それは開示できますか」
「開示の申請は受け付けますが、審査に二週間かかります」
◆
作業は一時停止になった。
DTSのチームが上と連絡を取り始めた。
勇馬がメイの横に来た。
「……二週間、稼ぎましたね」
「渉さんに倣いました。私のできる範囲で、書類で時間を稼ぐ」
「石倉さんの真似ですか」
「石倉さんと渉さんの両方から学びました」
◆
しかし問題があった。
DTSがゴールドのサスペンションを「不審な外付け部品」と判断して、上層部に報告を上げていた。
翌日、勇馬のスマートフォンに通知が来た。
「JDA技術部からです。サスペンションユニットは二日以内に撤去すると」
「二日……」
「設計図の審査より、撤去の方が早く決まった」
◆
夜、勇馬は一人で第八層に降りた。
ゴールドが壁際に立っていた。
「ゴールド、聞こえてますか」
「聞こえている」
「サスペンションが外されるかもしれません。そうなったら、起動時に……」
「わかっている」
「怖くないですか」
ゴールドが少し間を置いた。
「我が恐れを感じるかどうか、難しい問いだ。しかし、消えることより、渉の仕事が壊されることの方が……なんと言うか、腑に落ちない」
「腑に落ちない」
「そうだ。あれほど丁寧に直してくれたものを、理由も確認せず外す。それが……気に入らない」
◆
勇馬はメモ帳を取り出した。
「渉さんに連絡する方法、今はないですか」
「帰還装置を逆走すれば、渉の元に連絡が届く可能性があるが、現状は封印されている」
「……別の方法は」
「マスターが工夫すれば、何かあるかもしれない。あの者はそういう人間だ」
勇馬は少し考えた。
「渉さん、もう動いてる気がします」
「そうだな」とゴールドは言った。「あの者が、完成していない現場を放っておくはずがない」
◆
品川の夜。
渉はコンビニで買ったコーヒーを飲みながら、廃工場の前に立っていた。
田中と並んで、外から建物を見ていた。
「やっぱり気になるのか」と田中が言った。
「気になります」
「ニュースで、第三ダンジョンの活性化がさらに増えてるって言ってた。何かあったのか向こうで」
「わかりません。でも、俺がやった仕事に何かが起きてる感じがします」
「職人の勘か」
「そうです」
「……どうする」
渉はコーヒーを一口飲んだ。
「まず向こうと連絡を取る方法を作ります。それから判断します」
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〈第六十七話 了〉
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【次話予告】
渉はホームセンターと電子部品店を回った。
「アマチュア無線の周波数帯を、ダンジョンの固有振動数に合わせれば……」
田中が「頭おかしくなったか」という顔をした。
「理屈は通ってます」と渉は言った。
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【あとがき】
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第六十七話、お読みいただきありがとうございました。
「左ネジです」というメイの一言が今回の核心です。
渉の整備は、単に機能するだけでなく、勝手に触れないための工夫が随所に入っている。これは整備士の「現場の知恵」です。自分が管理する装置に、後から素人が乱暴に触れないための設計。左ネジはその一例です。渉は自分が去った後のことも考えて整備していた。
「腑に落ちない」というゴールドの言葉。感情豊かな表現ではないですが、これがゴールドなりの「怒り」だと思います。自分が消えることより、渉の仕事が雑に扱われることの方が気に入らない。これは渉から受け取ったものだと思います。仕事を大切にすること。
「あの者が、完成していない現場を放っておくはずがない」というゴールドの言葉。誰よりも渉のことを理解している。
(作者)




