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第六十六話「焼き肉と違和感」

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第六十六話「焼き肉と違和感」

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 焼き肉の網が、煙を上げていた。


 品川駅から徒歩五分の、田中がよく使う店だ。カウンターが多くて、一人でも入れる。肉が厚い。


 渉と田中は向かい合って座っていた。


「乾杯くらいしようぜ」と田中が言った。


「俺はウーロン茶で」


「相変わらず飲まないな」


「仕事中は飲まないことにしてたんで」


「今は仕事中じゃないだろ」


「癖が抜けなくて」



 肉を焼きながら、田中がぽつりぽつりと話した。


 山下自動車解体工業のこと。颯太が変わったこと。田中が戻って、少しずつ立て直してきていること。


「まだ全盛期には遠いけどな。でも廃業は免れた」


「それは良かったです」


「颯太くん、お前のことを聞いてた。戻ってきたら、もしよければ……って言ってたけど」


「考えます」


「今すぐじゃなくていい」



 肉を食べながら、渉はふと気づいた。


 テレビがついていた。


 ニュースだった。


 画面の端に「東京第三ダンジョン 異常活性化 管理区域を拡大」という文字が流れていた。


「田中、あれ」


「ん? ああ、ニュースでやってたな。第三ダンジョンが最近おかしいって。魔物の活性化が増えてるって」


「いつからですか」


「三日前くらいから。何かあったのか」



 渉は少し考えた。


 自分が帰還してから、三日が経っていた。


「……タイミングが合いすぎる」


「え?」


「俺が帰ってきてから、向こうで何かが変わったかもしれない。帰還装置を起動した時の余波が、まだ続いている可能性があります」


「余波って、何か問題があるのか」


「今のところはわかりません。でも気になります」



 食べながら、渉は換気扇の音を聞いていた。


 モーターの回転音。一定のリズム。


 そこに、微細な乱れがあった。


「この換気扇、軸受けが少し減ってますね」


「え?」


「音が少し揺れてる。そのうちうるさくなります」


「よく聞こえるな……」


「癖です」



 帰り道、田中の車に乗せてもらった。


 エンジン音が耳に入った。


 渉はシートに背を預けながら、音を聞いた。


 安定している。問題なし。


 でも信号で止まるたびに、アイドリングがわずかに揺れた。


「田中、スロットルの清掃、いつやりましたか」


「……去年?」


「少し詰まり気味かもしれないです。暖かくなったらやった方がいい」


「佐藤さん、帰ってきて一番最初に気にすることがそれか」


「気になったんで」


 田中が少し笑った。


「……変わらないな」



 家に帰った。


 一人の部屋だった。


 一年半ぶりに戻った部屋は、田中が換気してくれていたが、それでもどこか空気が違った。


 渉は荷物を置いて、窓を開けた。


 品川の夜景が見えた。


 遠くに、第三ダンジョンの管理棟の灯りが見えた。


 向こうでは今、誰かが現場にいる。


 メイが研究をしている。


 勇馬が道具の手入れをしている。


 ゴールドが庭を守っている。



 渉はスマートフォンを取り出した。


 向こうに連絡する手段は、今はない。


 帰還装置は向こうにある。地上側の装置は廃工場の床下にある。通信できる仕組みは、まだ作っていない。


「……通信手段を作る必要があるな」


 渉はメモ帳を出した。


 書き始めた。


 「地上・ダンジョン間通信システム(案)」


 職人の勘が、休日を許さなかった。


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           〈第六十六話 了〉

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【次話予告】

 渉が帰還した三日後、第八層に見慣れない集団が降りてきた。

 「JDA技術開発部・応用チームです。この装置の解析を開始します」

 勇馬が止めようとした。

 「渉さんが整備した装置です。許可なしには……」

 「渉氏は地上に帰還済みです。管理権は失効しています」



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【あとがき】

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 第六十六話、お読みいただきありがとうございました。


 帰還した渉の「日常への違和感」を書きたかった回です。


 換気扇の音を聞いて軸受けの摩耗を感じる。車のアイドリングのわずかな揺れでスロットルの詰まりを感じる。渉の耳と指先は、一年半の現場で鍛えられて、もう止まらない。品川に戻っても、職人としての感覚は常に動いている。


 テレビのニュースで「第三ダンジョン異常活性化」を見た瞬間の渉の「タイミングが合いすぎる」という一言。感情ではなく、職人の勘です。データと経験から来る推論。渉はこうやって現場を読む。


 「変わらないな」という田中の言葉は、この作品の渉への最大の賛辞だと思います。品川に戻っても、ダンジョンにいても、渉は渉です。


 そして「地上・ダンジョン間通信システム(案)」をメモし始めるラスト。焼き肉の翌日から仕事をしている。それが佐藤渉です。


                   (作者)

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