第六十四話「構造的欠陥、オーバーホール」
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第六十四話「構造的欠陥、オーバーホール」
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第八層の最終調整が終わったのは、夕方だった。
渉は装置から離れて、全体を見渡した。
ベアリングは換えた。接続端子は清掃した。ボルトは全数確認して増し締めした。負荷試験も三フェーズ全て通過した。
数値は完璧だった。
メイが「同期状態、安定しています。帰還装置の起動条件、全て満たされています」と言った。
◆
渉はしばらく装置を見ていた。
何かが、まだ気になった。
何かを、見落としている感覚があった。
「メイさん、帰還装置が起動した時の振動データ、先代の日誌にありましたか」
「ありました。起動時の振動は……最大出力時で〇・八Gです」
「ダンジョン側の構造体に、〇・八Gの振動が加わった場合、どんな影響が出ますか」
メイがタブレットで計算を始めた。
数分後。
「……第八層のコアに、二パーセントの出力低下が出ます。ただし一時的で、三十秒後には回復します」
「ゴールドへの影響は」
「ゴールドはコアから電力を……」メイの手が止まった。「……二パーセントの出力低下が、三十秒続いた場合、ゴールドの維持エネルギーが下限を下回ります」
「つまり」
「……消えます」
◆
広間が静かになった。
ゴールドが壁際に立っていた。
渉はゴールドを見た。
「聞こえていましたか」
「聞こえていた」
「わかっていましたか」
「予測はしていた。ただ……確信はなかった」
渉はもう一度装置を見た。
「……この問題、解決できます」
「何をするんですか」とメイが聞いた。
「衝撃を吸収する仕組みを足せばいい。起動時の振動が〇・八Gから〇・三G以下になれば、ゴールドへの影響は出ない」
「そんな仕組みを、どこから……」
「田中に頼みます」
◆
渉はスマートフォンを取り出した。
「田中、聞こえますか」
「聞こえてる。どうした」
「一つ頼みたいことがあります。廃車のサスペンションを調達してもらえますか」
間があった。
「……サスペンション?」
「コイルスプリングとダンパーのセットです。できれば乗用車のリア用を。廃車ヤードに行けば出ます」
「廃車ヤード……うちの会社のやつを使っていいのか?」
「現在の社長に確認してください。ダメなら他を当たります」
「……颯太くんか。ちょっと待って」
◆
五分後、田中から返信が来た。
「颯太くん、二つ返事でOKって言ってた。何台分いるって聞いてる」
「二台分。できれば走行距離が少ないやつを」
「わかった。明日持っていく。……佐藤さん、サスペンションで何するの?」
「緩衝材にします」
「緩衝材……」
「帰還装置が動く時の振動を吸収します。そうしないと、仲間が一人消えます」
長い沈黙があった。
「……わかった。一番いいやつを持っていく」
◆
翌日、田中が地上側の装置を通じてサスペンションを送り込んできた。
梱包を解くと、乗用車のリアサスペンション一式が出てきた。
コイルスプリングとショックアブソーバー。走行五千キロのほぼ新品だった。
「颯太くんが一番程度のいいやつを選んでくれた、って田中さんから」とメイが言った。
「……そうですか」
渉は少し間を置いた。
「先代が見てたら、笑うかもしれないですね」
「何がですか」
「自分の工場の息子が用意したパーツで、自分の設計を完成させる」
◆
バラムが加工を担当した。
サスペンションの寸法を計測して、装置の取り付け部分に合うようにアダプターを作った。
渉が装置側の受け部分を整備した。
メイが接続部のエネルギー流量を計算した。
「コイルスプリングのバネ定数と、装置の振動特性が一致すれば、〇・二Gまで落とせます」
「〇・三Gが目標でしたが、〇・二Gになりますか」
「計算上は」
「やりましょう」
◆
組み付けに三時間かかった。
コイルスプリングを装置の基台の下に配置した。
アダプターで固定した。
ショックアブソーバーを取り付けた。
渉がボルトを全数締めた。
カチッ、カチッ、カチッ。
「テストをします。低出力で振動を発生させて、吸収できているか確認します」
◆
テストを三回やった。
一回目。振動〇・七G発生。吸収後〇・二一G。
「目標内です」とメイが言った。
「もう一度」
二回目。〇・二G。
「もう一度」
三回目。〇・一九G。
「安定しています」
渉は装置から離れた。
「ゴールド、エネルギーの状態を確認してもらえますか。〇・二Gの振動が三十秒続いた場合、維持できますか」
ゴールドが少し間を置いた。
「……計算した。維持できる。下限まで〇・〇三の余裕がある」
「わかりました」
◆
渉は全員を見た。
「これで、帰還装置を起動しても、ダンジョン側への影響は最小限になります。ゴールドは消えません」
ゴールドが少し間を置いた。
「……渉。礼を言う」
「礼はいいです。俺がやりたくてやった作業です」
「それでも、礼を言う」
渉は答えなかった。
工具を片付け始めた。
いつも通りの、仕事の終わりだった。
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〈第六十四話 了〉
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【次話予告】
最後の部品が揃った。
全員が工房に集まった。
渉は品川ナンバーを手に取り、帰還レバーの前に立った。
「田中、最後の確認をします。準備はできましたか」
「できてる。佐藤さん、……また会おうな」
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【あとがき】
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第六十四話、お読みいただきありがとうございました。
「廃車のサスペンションで帰還時の振動を吸収する」というアイデアは、現実の振動絶縁技術に基づいています。精密機器の設置にコイルスプリングやゴムダンパーを使って振動を絶縁することは、実際の工場や研究施設でよく行われます。
颯太(二代目社長)が「二つ返事でOK」と言って、走行五千キロのほぼ新品を出してくれた。渉をクビにした男が、渉の最後の仕事を助けている。渉の「先代が見てたら、笑うかもしれない」というセリフに込めた意味は、そういうことです。人間は変わる。状況が変わると、動き方が変わる。颯太も変わった。
「礼を言う」というゴールドの言葉に「礼はいいです。俺がやりたくてやった作業です」と返す渉。これが渉の全てです。誰かのためにやっているのではなく、自分がやりたいからやる。それが結果として誰かを守る。
次話、いよいよ最後の一締めが始まります。
(作者)




