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第六十四話「構造的欠陥、オーバーホール」

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第六十四話「構造的欠陥、オーバーホール」

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 第八層の最終調整が終わったのは、夕方だった。


 渉は装置から離れて、全体を見渡した。


 ベアリングは換えた。接続端子は清掃した。ボルトは全数確認して増し締めした。負荷試験も三フェーズ全て通過した。


 数値は完璧だった。


 メイが「同期状態、安定しています。帰還装置の起動条件、全て満たされています」と言った。



 渉はしばらく装置を見ていた。


 何かが、まだ気になった。


 何かを、見落としている感覚があった。


「メイさん、帰還装置が起動した時の振動データ、先代の日誌にありましたか」


「ありました。起動時の振動は……最大出力時で〇・八Gです」


「ダンジョン側の構造体に、〇・八Gの振動が加わった場合、どんな影響が出ますか」


 メイがタブレットで計算を始めた。


 数分後。


「……第八層のコアに、二パーセントの出力低下が出ます。ただし一時的で、三十秒後には回復します」


「ゴールドへの影響は」


「ゴールドはコアから電力を……」メイの手が止まった。「……二パーセントの出力低下が、三十秒続いた場合、ゴールドの維持エネルギーが下限を下回ります」


「つまり」


「……消えます」



 広間が静かになった。


 ゴールドが壁際に立っていた。


 渉はゴールドを見た。


「聞こえていましたか」


「聞こえていた」


「わかっていましたか」


「予測はしていた。ただ……確信はなかった」


 渉はもう一度装置を見た。


「……この問題、解決できます」


「何をするんですか」とメイが聞いた。


「衝撃を吸収する仕組みを足せばいい。起動時の振動が〇・八Gから〇・三G以下になれば、ゴールドへの影響は出ない」


「そんな仕組みを、どこから……」


「田中に頼みます」



 渉はスマートフォンを取り出した。


「田中、聞こえますか」


「聞こえてる。どうした」


「一つ頼みたいことがあります。廃車のサスペンションを調達してもらえますか」


 間があった。


「……サスペンション?」


「コイルスプリングとダンパーのセットです。できれば乗用車のリア用を。廃車ヤードに行けば出ます」


「廃車ヤード……うちの会社のやつを使っていいのか?」


「現在の社長に確認してください。ダメなら他を当たります」


「……颯太くんか。ちょっと待って」



 五分後、田中から返信が来た。


「颯太くん、二つ返事でOKって言ってた。何台分いるって聞いてる」


「二台分。できれば走行距離が少ないやつを」


「わかった。明日持っていく。……佐藤さん、サスペンションで何するの?」


「緩衝材にします」


「緩衝材……」


「帰還装置が動く時の振動を吸収します。そうしないと、仲間が一人消えます」


 長い沈黙があった。


「……わかった。一番いいやつを持っていく」



 翌日、田中が地上側の装置を通じてサスペンションを送り込んできた。


 梱包を解くと、乗用車のリアサスペンション一式が出てきた。


 コイルスプリングとショックアブソーバー。走行五千キロのほぼ新品だった。


「颯太くんが一番程度のいいやつを選んでくれた、って田中さんから」とメイが言った。


「……そうですか」


 渉は少し間を置いた。


「先代が見てたら、笑うかもしれないですね」


「何がですか」


「自分の工場の息子が用意したパーツで、自分の設計を完成させる」



 バラムが加工を担当した。


 サスペンションの寸法を計測して、装置の取り付け部分に合うようにアダプターを作った。


 渉が装置側の受け部分を整備した。


 メイが接続部のエネルギー流量を計算した。


「コイルスプリングのバネ定数と、装置の振動特性が一致すれば、〇・二Gまで落とせます」


「〇・三Gが目標でしたが、〇・二Gになりますか」


「計算上は」


「やりましょう」



 組み付けに三時間かかった。


 コイルスプリングを装置の基台の下に配置した。


 アダプターで固定した。


 ショックアブソーバーを取り付けた。


 渉がボルトを全数締めた。


 カチッ、カチッ、カチッ。


「テストをします。低出力で振動を発生させて、吸収できているか確認します」



 テストを三回やった。


 一回目。振動〇・七G発生。吸収後〇・二一G。


「目標内です」とメイが言った。


「もう一度」


 二回目。〇・二G。


「もう一度」


 三回目。〇・一九G。


「安定しています」


 渉は装置から離れた。


「ゴールド、エネルギーの状態を確認してもらえますか。〇・二Gの振動が三十秒続いた場合、維持できますか」


 ゴールドが少し間を置いた。


「……計算した。維持できる。下限まで〇・〇三の余裕がある」


「わかりました」



 渉は全員を見た。


「これで、帰還装置を起動しても、ダンジョン側への影響は最小限になります。ゴールドは消えません」


 ゴールドが少し間を置いた。


「……渉。礼を言う」


「礼はいいです。俺がやりたくてやった作業です」


「それでも、礼を言う」


 渉は答えなかった。


 工具を片付け始めた。


 いつも通りの、仕事の終わりだった。


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           〈第六十四話 了〉

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【次話予告】

 最後の部品が揃った。

 全員が工房に集まった。

 渉は品川ナンバーを手に取り、帰還レバーの前に立った。

 「田中、最後の確認をします。準備はできましたか」

 「できてる。佐藤さん、……また会おうな」



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【あとがき】

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 第六十四話、お読みいただきありがとうございました。


 「廃車のサスペンションで帰還時の振動を吸収する」というアイデアは、現実の振動絶縁技術に基づいています。精密機器の設置にコイルスプリングやゴムダンパーを使って振動を絶縁することは、実際の工場や研究施設でよく行われます。


 颯太(二代目社長)が「二つ返事でOK」と言って、走行五千キロのほぼ新品を出してくれた。渉をクビにした男が、渉の最後の仕事を助けている。渉の「先代が見てたら、笑うかもしれない」というセリフに込めた意味は、そういうことです。人間は変わる。状況が変わると、動き方が変わる。颯太も変わった。


 「礼を言う」というゴールドの言葉に「礼はいいです。俺がやりたくてやった作業です」と返す渉。これが渉の全てです。誰かのためにやっているのではなく、自分がやりたいからやる。それが結果として誰かを守る。


 次話、いよいよ最後の一締めが始まります。


                   (作者)

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