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第四十七話「JDAの黒い監査」

現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興フリースタイルです。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。

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第四十七話「JDAの黒い監査」

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 月曜日の朝、管理センターの田所が渉に言った。


「……JDA本部から、監査官が来ています」


 声が、いつもより低かった。


「今日は視察ですか」


「違います。契約の話だそうです」



 応接室に入ると、男が一人、椅子に深く座っていた。


 四十代。灰色のスーツ。書類の束を膝に置いている。表情が平坦で、目だけが事務的に動いている。


石倉いしくらです。JDA本部・収益管理部の監査官です」


「佐藤です。清掃員です」


「存じています」石倉はタブレットを開いた。「直接、本題に入らせてください。あなたの契約について、問題があります」


「何の問題ですか」


「収益への影響です」



 石倉がタブレットを渉に向けた。


 グラフが表示されていた。


 横軸が時間、縦軸が魔石収益の推移。渉がこの現場に来てから半年で、第二層から第四層にかけての魔石採取量が四十パーセント減少していた。


「あなたの担当エリアは、通常の六倍速で清掃が進んでいます。その結果、魔物が発生する前に残骸が除去されてしまい、魔石の供給量が大幅に減少しています」


「清掃すれば、魔物は減ります。それが仕事です」


「問題はそこです」石倉は書類を一枚取り出した。「JDAのダンジョン管理規約第四十二条、清掃業者は生態系バランスへの配慮義務を負う。あなたの活動は、この規約に抵触している可能性があります」



 渉は書類を受け取って、読んだ。


 一通り読んで、返した。


「生態系バランスへの配慮、というのは」


「過剰な清掃により魔物の個体数が激減した場合、ダンジョン全体の不安定化が生じる。その観点から、清掃速度には上限があってしかるべき、ということです」


「魔物の数を維持した方が、魔石収益が上がるということですか」


「……そうなります」


「魔物が多い方が、探索者が怪我をしたり死んだりする確率も上がりますが」


 石倉が少し表情を変えた。


「それは……別の問題として」


「別の問題にできません。俺の仕事は現場の安全を確保することです」



 石倉が書類の束を整えた。


「保守管理の観点からのご意見は理解します。しかし、組織として収益を維持する必要もある。双方が成立する落としどころを探りたいと思っています」


「落としどころ、というのは」


「清掃ペースを通常の二倍以内に抑えていただく。現在の六倍は明らかに過剰です」


「それをすると、第五層以降の腐食進行が加速します」


「腐食の進行については、別途対応を……」


「別途対応ができる体制があれば、最初からそれをやってください。ないから俺がやってるんです」



 渉は立ち上がった。


「石倉さん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「あなた、ダンジョンの中に入ったことがありますか」


 石倉が少し間を置いた。


「……視察という形で、第一層には」


「第五層以降は?」


「それは……担当外で」


「俺が六倍速でやっている理由は、第五層以降の構造劣化が想定より早いからです。放置すれば、一年以内に第四層の天井崩落リスクが出ます」


 石倉がタブレットに何かを入力した。


「……そのデータはありますか」


「俺のメモ帳にあります。田所さんに報告書として渡してあります」



 田所がドアを開けて入ってきた。


「先週提出した渉さんの月次報告書です。第五層以降の構造評価と、リスクスコアが載っています」


 石倉が受け取った。


 読み始めた。


 一ページ、二ページ、三ページ。


 表情が、少しずつ変わった。


「……これ、社内の技術評価部は確認していますか」


「していないと思います」と田所が言った。「本部への送付ルートがなかったので、当センターで保管していました」


 石倉は報告書から顔を上げた。


「……この第五層のリスクスコア、基準値を超えています。なぜ本部に上がっていない」


「報告してもルートがなくて、でした」



 渉は椅子に座り直した。


「石倉さん、収益の話は理解します。でも今の状態でペースを落とすと、現場が壊れます。壊れたら、もっと収益が落ちる。それが俺の言いたいことです」


「……確認が必要です。技術評価部を通じて、この報告書の内容を精査します」


「精査してもらえれば、俺の言っていることの意味がわかります」


「その間、作業ペースは」


「下げません。現場が待ってくれないんで」



 石倉が立ち上がった。


「……本日は引き上げます。改めて連絡します」


「わかりました」


 石倉が出ていった後、田所がため息をついた。


「……報告書が活きましたね」


「書いてたのは現場の記録です。何かあった時のために」


「ちゃんと見てる人がいると、ちゃんと役に立つんですね」


 渉はコーヒーを一口飲んだ。


「機械と同じです。ちゃんと点検してれば、何かあった時に状態がわかる」


 田所が小さく笑った。


「……あなた、たまにいいことを言いますよね」


「普通のことを言ってるだけです」


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           〈第四十七話 了〉

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【次話予告】

 石倉が本部に持ち帰った。

 翌週、渉の担当エリアに「大手清掃業者」が入ってきた。

 「コスト削減のためのコンペです」と田所が言った。

 渉は「わかりました」と言って、工房に戻った。



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【あとがき】

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 第四十七話、お読みいただきありがとうございました。


 石倉というキャラクターを、前回の桐島とは少し違うタイプとして書きました。桐島は「現場を見て認める人間」でしたが、石倉は「収益という別の正義を持っている人間」です。どちらも悪人ではない。ただ、見ている場所が違う。


 「安全コスト」という概念があります。事故が起きないための予防整備、点検、管理にかかるコストです。これは直接的な利益を生まないので、削減の対象になりがちです。でも、削減した結果として事故が起きた時のコストは、予防コストの何十倍にもなる。渉が言っていることは、まさにこれです。


 報告書が「現場に保管されたまま本部に届いていなかった」という設定は、現実の組織でも起きることです。現場の人間が正確な情報を持っていても、それが上に届く経路がない。情報の流通が止まると、組織の判断が狂う。


 渉は怒らない。感情を出さない。ただ、データを見せる。それが彼の「戦い方」です。


                   (作者)

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