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第四十八話「マニュアル通りの失敗」

現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興フリースタイルです。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。

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第四十八話「マニュアル通りの失敗」

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 翌週の月曜日。


 渉が管理センターに着くと、エントランスに見慣れない機材が積み上げられていた。


 大型の散布装置。薬品のタンク。JDAのロゴと、別のロゴが並んでいる。


 「クリーンダンジョン株式会社」。


 田所が渉を見つけて、駆け寄ってきた。


「……佐藤さん、少し話があります」



 事務室に入ると、田所が声を落として言った。


「コンペの結果が出まして。今週から、第二層から第四層を大手の清掃業者が担当することになりました。渉さんには……今週は第五層以降をお願いしたいと」


「理由は」


「コスト削減です。業者の方が一回あたりの単価が安い、と」


 渉は少し考えた。


「第五層以降の優先作業があります。それをやります」


「ありがとうございます。……すみません」


「田所さんが決めたことじゃないです」



 第五層に降りながら、渉はメモ帳を開いた。


 優先リストの筆頭は、先週から気になっていた第五層奥部の壁面だった。腐食の進行が、前回計測より速かった。


 作業に集中した。


 上の層で何が起きているかは、考えなかった。


 現場は現場だ。目の前の仕事をやる。



 異変に気づいたのは、三時間後だった。


 第五層の通路を歩いていると、上の層から異音が伝わってきた。


 ゴウ、という低い振動。


 それから、何かが大量に動く気配。


 渉は足を止めた。


「……何かあったな」


 無線機を取り出した。


「田所さん、第二層から第四層の状況を確認してもらえますか」


 数秒後、田所の声が返ってきた。


「……今、確認中です。第二層で……警報が」



 地上に上がると、管理センターのモニタールームに人が集まっていた。


 モニターに、第二層の映像が映っていた。


 通路に、黒い霧が立ち込めていた。


 その中を、機兵が動いていた。一体、二体、三体。全て起動状態だった。


「何があったんですか」と渉が田所に聞いた。


「業者が……洗浄剤を大量散布したそうです。規定の三倍の濃度で。その後、第三層奥の澱み溜まりが刺激されて……」


「澱みが暴走した」


「はい。機兵が一斉に再起動して……業者の方たちは地上に撤退しています」



 渉はモニターを見た。


 第二層。黒い霧の中を動く機兵。三体。


 第三層のカメラに切り替えた。


 五体。


 第四層。


 ……八体。


「全部で何体いますか」


「現在確認できているだけで、十六体です。まだ増える可能性があります」


 渉は腕を組んだ。


「澱みはどこにありましたか、元々」


「第三層の奥、北区画です。渉さんの報告書に……」


「フラッシングが必要だった箇所です」


 田所が渉を見た。


「……報告書に書いてありました。未処置のまま、今週の作業対象から外れてました」



 モニタールームに、業者の現場責任者が入ってきた。


 四十代の男。頭を下げた。


「……申し訳ありません。マニュアル通りの濃度三倍散布は、ウチの実績では問題ないはずで……」


「実績はどこのダンジョンですか」


「横浜の第一ダンジョンと……」


「第一ダンジョンは第二層以降の澱み分布が、ここと全然違います。事前に構造データは確認しましたか」


「……それは、JDAから提供されると思っていて」


 渉は田所を見た。


 田所が「提供していませんでした」と言った。


「俺の報告書は?」


「……業者への開示リストに入っていませんでした」



 薬品の匂いが管理センターまで上がってきていた。


 鼻を刺す、強い化学臭だ。


 渉には、その匂いが問題を教えていた。


 洗浄剤が濃すぎると、ダンジョンの自浄システムが過剰反応する。まるでエンジンにいきなり高オクタン燃料を入れたようなものだ。キャブレターが対応できなくなって、逆流する。


「どうすればいいんですか」とモニタールームにいた誰かが言った。


 渉はメモ帳を開いた。


「まず機兵を止めます。その後、薬品の中和処理をします。澱みの暴走は、源泉を処置すれば収まります」


「それができる人間が……」


「俺がやります」



 準備に十五分かけた。


 バール。インパクトレンチ。バッテリー予備二本。ラスペネ。パーツクリーナー。それから、今日はプラスアルファで養生テープと結束バンドを数本。


 田所が「危なくないですか」と言った。


「十六体を一人でやるのは時間がかかります。勇馬に連絡してもらえますか」


「勇馬さんに?」


「打音検査の次の授業をします。実地で」


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           〈第四十八話 了〉

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【次話予告】

 勇馬が駆けつけた。

 モニターには十六体の機兵。

 渉はバールを担いで言った。

 「一体ずつ確実にやります。勇馬、俺の指示通りに動けますか」

 「……やります」

 「じゃあ行くか」



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【あとがき】

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 第四十八話、お読みいただきありがとうございました。


 「マニュアル通りの失敗」について書きました。


 業者は悪意を持っていません。自分たちの実績と経験に基づいて、マニュアル通りに作業した。ただ、そのマニュアルは別の現場で作られたものだった。現場ごとに条件は違う。それを確認する仕組みが機能していなかった。


 情報の断絶が、事故を生んだのです。渉の報告書が業者に開示されていれば、澱みの位置と状態を業者は知ることができた。それだけで、結果は変わっていたかもしれない。


 「マニュアルを信じる」ことと「マニュアルを理解する」ことは違います。どんな条件でそのマニュアルが作られたか、どんな前提の上で成立しているかを理解しないと、条件が変わった時に対応できない。渉が何も見ずに判断できるのは、マニュアルの「なぜ」を体に叩き込んでいるからです。


 次話、ついに渉と勇馬の本格的な連携が始まります。


                   (作者)

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