第四十六話「音を聞く、現場を診る」
現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興です。 〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。
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第四十六話「音を聞く、現場を診る」
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朝の七時。
第一層の入り口で、渉は勇馬にハンマーを渡した。
短柄の点検ハンマー。先端が少し尖っていて、反対側が平らになっている。日本の工具メーカー製で、ダンジョンに来る前から渉が使い続けているものだ。
「これで叩くんですか」
「そうです」
「機兵を?」
「残骸を。今日は戦闘じゃなくて、診断の練習です」
勇馬はハンマーを受け取った。
重さを確認するように、手の中で一度転がした。
「……こんな軽いので大丈夫ですか。俺のスキルの出力は……」
「スキルは使わなくていいです」
◆
第二層の残骸エリアに入った。
床に転がっている機兵の胴体残骸を、渉が指した。
「まず叩いてみてください。どこでもいい」
勇馬が右手にハンマーを持って、残骸の表面を叩いた。
カン、という音。
「聞こえましたか」
「……硬い音がした、くらいしか」
「もう一か所。少し左」
勇馬が移動して、叩いた。
カン。
「同じ……ですかね?」
「もう一か所。こっちは俺が指定する」
渉が残骸の右側面を指した。
勇馬が叩いた。
こん。
勇馬が止まった。
「……あれ。なんか、さっきと違う」
「違いますね」
「……なんで?」
◆
渉はしゃがんで、右側面の表面を手の甲で触れた。
「この箇所、内部が腐食してます。密度が落ちてるから、叩いた時に音が変わる。密度が高い健全な部分は『カン』と詰まった音がする。腐食して空洞になってると『こん』と少し響く」
「……言われてみれば、確かに」
「最初に聞いた時に気づけなかったのは、比較対象がなかったからです。一か所だけ叩いても判断できない。複数を叩いて、違いを聞く」
勇馬がメモ帳に書き込んだ。
「これが、打音検査です」
◆
それから二時間、勇馬は叩き続けた。
渉は隣で、時折「そこ」「もう少し右」「今度は力を弱くして」と指示を出した。
最初のうち、勇馬の叩き方は「打撃」だった。
ハンマーを振り下ろす。力が入る。音が大きい。
渉が「力を抜いてください」と言った。
「抜いたら叩けないですよ」
「ハンマーを落とすイメージです。腕で打つんじゃなくて、ハンマーの重さを落とす」
勇馬が試した。
こん、という軽い音。
「……こんな感じですか」
「そうです。軽く落とした方が、素材の振動が返ってくる。力で叩くと、自分の力が邪魔する」
◆
昼前に、第三層に移動した。
ここには、まだ活性化している可能性がある機兵が一体いた。
渉は勇馬に近づくように指示した。
「叩いてみてください。今度は判断も言葉にして」
勇馬がハンマーを持って、機兵の胸部に近づいた。
軽く叩いた。
カン。
「……硬い。健全な感じがします」
「膝」
勇馬が移動して叩いた。
こん。
「……ここ、さっきより響いてます。内部が怪しい?」
「正解です。この膝の関節、内部が腐食している。だから動きが怪しくなってる」
「じゃあここから仕掛けると……」
「膝が折れる。一歩動いた瞬間に自壊する可能性があります」
◆
機兵が向き直った。
勇馬が後退しようとした。
「待ってください」と渉が言った。
「待てって……向いてきてますよ!?」
「膝を見てください。動くたびに右膝が少しだけぶれてます。重心が左に乗る前に自壊します。逃げる必要はない」
勇馬は機兵を見た。
確かに、一歩踏み出すたびに右膝が内側にわずかにぶれていた。
機兵が二歩目を踏んだ瞬間、右膝の関節から金属の亀裂音が響いた。
機兵が傾いた。
そのまま、ゆっくりと右側に倒れた。
轟音とともに、床に横たわった。
◆
勇馬が固まっていた。
渉は倒れた機兵を見て、「回収対象が一体増えましたね」と言った。
「……倒れるって、わかってたんですか」
「わかってました」
「なんで教えてくれなかったんですか、もっと早く」
「教えてたら、見なくなるから」
勇馬が渉を見た。
「見ないとわからないことがある」と渉は言った。「音も、動きも、自分で観察しないと身につかない。俺が全部言ったら、お前の目と耳が育たない」
◆
帰り道、勇馬が言った。
「……さっき、怖かったです」
「そうですか」
「倒れるってわかってたなら、先に言ってほしかったです」
「次からは早めに言います」
「……次もあるんですか」
「あります。まだ打音検査の半分も教えてないんで」
勇馬はため息をついた。
しかし、メモ帳をきつく握っていた。
◆
夕方、工房で道具の手入れをしながら渉は思った。
二十五年前、渉が最初に打音検査を教えてもらったのも、こういうやり方だった。
先輩に「叩いてみろ」と言われた。
何も教えてもらわずに叩いた。
違いがわからなかった。
また叩いた。
また叩いた。
三日目に、少しだけわかった気がした。
音がおかしいのは、素材が悲鳴を上げてる証拠だ。そこを見逃すと、現場で死ぬのはお前だ。
先輩にそう言われたのを、今も覚えていた。
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〈第四十六話 了〉
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【次話予告】
翌週、JDA本部から一人の男が来た。
「監査官の石倉です。あなたの契約について、お話があります」
田所の顔が、いつもと違った。
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【あとがき】
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第四十六話、お読みいただきありがとうございました。
打音検査という技術について書きました。
これは現実に存在する非破壊検査の手法の一つで、ハンマーやコインで対象物を叩き、返ってくる音の違いで内部の欠陥や空洞を診断するものです。橋梁点検、タイル検査、航空機の機体点検など、現代でも幅広く使われています。機械化が進んでも、熟練した検査員の「耳」に勝る精度を出すのは難しい、とされる分野です。
渉が勇馬に「全部を先に教えない」のは、意地悪ではありません。感覚というのは、自分で観察して初めて身につく。答えを先に教えると、答えを「聞いた記憶」にしかならない。現場で使える技術にするには、自分の目と耳で発見する経験が必要です。
「音がおかしいのは、素材が悲鳴を上げてる証拠だ」というセリフは、渉の先輩から受け取った言葉です。渉は今、それを勇馬に渡そうとしている。技術というものは、こうして受け継がれていくものだと思っています。
(作者)




