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第四十六話「音を聞く、現場を診る」

現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興フリースタイルです。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。

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第四十六話「音を聞く、現場を診る」

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 朝の七時。


 第一層の入り口で、渉は勇馬にハンマーを渡した。


 短柄の点検ハンマー。先端が少し尖っていて、反対側が平らになっている。日本の工具メーカー製で、ダンジョンに来る前から渉が使い続けているものだ。


「これで叩くんですか」


「そうです」


「機兵を?」


「残骸を。今日は戦闘じゃなくて、診断の練習です」


 勇馬はハンマーを受け取った。


 重さを確認するように、手の中で一度転がした。


「……こんな軽いので大丈夫ですか。俺のスキルの出力は……」


「スキルは使わなくていいです」



 第二層の残骸エリアに入った。


 床に転がっている機兵の胴体残骸を、渉が指した。


「まず叩いてみてください。どこでもいい」


 勇馬が右手にハンマーを持って、残骸の表面を叩いた。


 カン、という音。


「聞こえましたか」


「……硬い音がした、くらいしか」


「もう一か所。少し左」


 勇馬が移動して、叩いた。


 カン。


「同じ……ですかね?」


「もう一か所。こっちは俺が指定する」


 渉が残骸の右側面を指した。


 勇馬が叩いた。


 こん。


 勇馬が止まった。


「……あれ。なんか、さっきと違う」


「違いますね」


「……なんで?」



 渉はしゃがんで、右側面の表面を手の甲で触れた。


「この箇所、内部が腐食してます。密度が落ちてるから、叩いた時に音が変わる。密度が高い健全な部分は『カン』と詰まった音がする。腐食して空洞になってると『こん』と少し響く」


「……言われてみれば、確かに」


「最初に聞いた時に気づけなかったのは、比較対象がなかったからです。一か所だけ叩いても判断できない。複数を叩いて、違いを聞く」


 勇馬がメモ帳に書き込んだ。


「これが、打音検査です」



 それから二時間、勇馬は叩き続けた。


 渉は隣で、時折「そこ」「もう少し右」「今度は力を弱くして」と指示を出した。


 最初のうち、勇馬の叩き方は「打撃」だった。


 ハンマーを振り下ろす。力が入る。音が大きい。


 渉が「力を抜いてください」と言った。


「抜いたら叩けないですよ」


「ハンマーを落とすイメージです。腕で打つんじゃなくて、ハンマーの重さを落とす」


 勇馬が試した。


 こん、という軽い音。


「……こんな感じですか」


「そうです。軽く落とした方が、素材の振動が返ってくる。力で叩くと、自分の力が邪魔する」



 昼前に、第三層に移動した。


 ここには、まだ活性化している可能性がある機兵が一体いた。


 渉は勇馬に近づくように指示した。


「叩いてみてください。今度は判断も言葉にして」


 勇馬がハンマーを持って、機兵の胸部に近づいた。


 軽く叩いた。


 カン。


「……硬い。健全な感じがします」


「膝」


 勇馬が移動して叩いた。


 こん。


「……ここ、さっきより響いてます。内部が怪しい?」


「正解です。この膝の関節、内部が腐食している。だから動きが怪しくなってる」


「じゃあここから仕掛けると……」


「膝が折れる。一歩動いた瞬間に自壊する可能性があります」



 機兵が向き直った。


 勇馬が後退しようとした。


「待ってください」と渉が言った。


「待てって……向いてきてますよ!?」


「膝を見てください。動くたびに右膝が少しだけぶれてます。重心が左に乗る前に自壊します。逃げる必要はない」


 勇馬は機兵を見た。


 確かに、一歩踏み出すたびに右膝が内側にわずかにぶれていた。


 機兵が二歩目を踏んだ瞬間、右膝の関節から金属の亀裂音が響いた。


 機兵が傾いた。


 そのまま、ゆっくりと右側に倒れた。


 轟音とともに、床に横たわった。



 勇馬が固まっていた。


 渉は倒れた機兵を見て、「回収対象が一体増えましたね」と言った。


「……倒れるって、わかってたんですか」


「わかってました」


「なんで教えてくれなかったんですか、もっと早く」


「教えてたら、見なくなるから」


 勇馬が渉を見た。


「見ないとわからないことがある」と渉は言った。「音も、動きも、自分で観察しないと身につかない。俺が全部言ったら、お前の目と耳が育たない」



 帰り道、勇馬が言った。


「……さっき、怖かったです」


「そうですか」


「倒れるってわかってたなら、先に言ってほしかったです」


「次からは早めに言います」


「……次もあるんですか」


「あります。まだ打音検査の半分も教えてないんで」


 勇馬はため息をついた。


 しかし、メモ帳をきつく握っていた。



 夕方、工房で道具の手入れをしながら渉は思った。


 二十五年前、渉が最初に打音検査を教えてもらったのも、こういうやり方だった。


 先輩に「叩いてみろ」と言われた。


 何も教えてもらわずに叩いた。


 違いがわからなかった。


 また叩いた。


 また叩いた。


 三日目に、少しだけわかった気がした。


 音がおかしいのは、素材が悲鳴を上げてる証拠だ。そこを見逃すと、現場で死ぬのはお前だ。


 先輩にそう言われたのを、今も覚えていた。


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           〈第四十六話 了〉

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【次話予告】

 翌週、JDA本部から一人の男が来た。

 「監査官の石倉です。あなたの契約について、お話があります」

 田所の顔が、いつもと違った。



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【あとがき】

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 第四十六話、お読みいただきありがとうございました。


 打音検査という技術について書きました。


 これは現実に存在する非破壊検査の手法の一つで、ハンマーやコインで対象物を叩き、返ってくる音の違いで内部の欠陥や空洞を診断するものです。橋梁点検、タイル検査、航空機の機体点検など、現代でも幅広く使われています。機械化が進んでも、熟練した検査員の「耳」に勝る精度を出すのは難しい、とされる分野です。


 渉が勇馬に「全部を先に教えない」のは、意地悪ではありません。感覚というのは、自分で観察して初めて身につく。答えを先に教えると、答えを「聞いた記憶」にしかならない。現場で使える技術にするには、自分の目と耳で発見する経験が必要です。


 「音がおかしいのは、素材が悲鳴を上げてる証拠だ」というセリフは、渉の先輩から受け取った言葉です。渉は今、それを勇馬に渡そうとしている。技術というものは、こうして受け継がれていくものだと思っています。


                   (作者)

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