第四十五話「現場に咲く桜と、品川の空」
現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興です。 〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。
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第四十五話「現場に咲く桜と、品川の空」
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五月の半ば、ダンジョン内の発光植物が一斉に花を開いた。
毎年この時期だけ起きる現象で、第二層から第四層にかけての通路が、白とうっすら青みがかった光の花に覆われる。植物学的にはまだ分類されていない未知の種だが、探索者たちの間では「ダンジョン桜」と呼ばれていた。
田所が「今年もきれいですねえ」と窓越しに見ていた。
渉はヘルメットを被りながら「そうですね」と答えた。
◆
その日、リーニャが言い出した。
「花見をしましょう」
「ダンジョンの中でですか」
「第二層の広いところで。弁当持参で。去年もやったんですよ、私たち」
「去年は俺がいなかったですが」
「今年はいます。だからやりましょう」
リーニャの口調には交渉の余地がなかった。
◆
昼休みに第二層の広間に降りた。
四人と一体。渉、リーニャ、メイ、フィオナ、そしてゴールド。
ゴールドは「花見とは何か」をメイに説明してもらい、「了解した。待機する」と言って壁際に立った。
頭の上に発光植物の花びらが一枚落ちた。
ゴールドは動かなかった。
動かなかったが、頭が少しだけ上を向いた。
渉はそれを見て、少しだけ笑った。
◆
リーニャが弁当を広げた。
今日は手が込んでいた。おにぎり三種、出汁巻き卵、ミニトマト、唐揚げ、漬け物。
「……また作ったんですか」
「昨夜から少し」
「昨夜から少し、というのが毎回三時間以上かかってますよね」
「時間の使い方は私の自由です」
渉はおにぎりを一個受け取った。
一口食べた。
旨かった。
毎回旨い。
◆
そこに、足音が近づいてきた。
勇馬だった。
仲間二人を連れている。
渉の姿を見て、少し足を止めた。それから、意を決した顔で近づいてきた。
「……邪魔するか?」
「どうぞ」とリーニャが言った。「弁当あります」
「え、いいんですか」
「唐揚げが余ってるので」
◆
勇馬たちが輪の端に座った。
しばらく、発光植物の花を見ながら弁当を食べた。
「きれいですね」と勇馬の仲間の一人が言った。
「毎年この時期だけです」とメイが答えた。「開花期間は十日ほどで……植物のエネルギー循環と、ダンジョン全体の波長が同期するタイミングに合わせて発光が強くなるんです」
「……詳しいですね」
「研究してるので」
◆
花びらが一枚、渉の肩に落ちた。
渉はそれを手のひらに受けた。
光っていた。
ほんのりと、青みがかった白い光。
工場の蛍光灯の光とも、品川の夜景とも違う光だった。
でもきれいだった。
◆
しばらくして、勇馬が渉に向いた。
「……一つ、頼みたいことがあります」
「なんですか」
「掃除のやり方を、教えてください」
渉が勇馬を見た。
「掃除?」
「あなたのやり方です。普通の清掃じゃない、あの……現場を読んで、必要なものを必要な順に処理していく、あのやり方」
「俺は特別なことはしてないですよ」
「してます」
勇馬がまっすぐ渉を見た。
「俺はSランクを目指してました。強いスキルがあれば、どんな機兵も倒せると思ってた。でも、あなたの働き方を見てたら……それだけじゃないと思った」
◆
渉は少し考えた。
「腰を痛めるからやめとけ、とは言えないですね」
「……え?」
「前言撤回です。腰は大事にしてください。でも、教えることはできます」
「本当ですか」
「ただし、俺は戦い方は教えられない。清掃と回収と、あと機械の見方しか教えられない」
「それを教えてほしいんです」
渉はおにぎりをもう一個受け取りながら言った。
「明日の朝、第一層に来てください。道具チェックのやり方から始めます」
◆
花見が終わって、地上に戻った。
渉は一人、工房に寄った。
棚のナンバープレートを手に取った。
品川 530 あ 12-34。
ウエスで一度拭いた。
花見の場所に、ダンジョン桜の花びらが一枚、作業着の袖に付いていた。
渉はそれをプレートの横に、そっと置いた。
地上に戻れば、品川の街がある。
自動車解体の工場があった場所がある。
山下さんの先代が「あいつは本物だ」と言ってくれた場所がある。
帰ることは、きっとできる。
でも今は、まだここにやることがある。
勇馬に道具チェックを教えること。
ゴールドの動力系の最終確認。
田所さんのコーヒーメーカーが最近調子悪いこと。
バラムが「次の図面を出せ」と待っていること。
渉はナンバープレートをもう一度だけ見た。
「……もう少しかかるな」
小声で呟いた。
誰にともなく。
あるいは、品川の空に向けて。
◆
翌朝。
第一層の入り口で、勇馬が待っていた。
ちゃんとメモ帳を持っていた。
渉を見て、少し緊張した顔をした。
「おはようございます」
「おはようございます」
渉はヘルメットを被り直した。
「まず道具の確認をします。自分の道具の状態を知ることが、現場の基本です」
「……メモしていいですか」
「どうぞ」
勇馬がメモ帳を開いた。
渉は自分のバッグを下ろして、インパクトレンチを取り出した。
バッテリーの確認。ビットの嵌まり具合。空回しして駆動音を聞く。
「ウィィィィ……問題なし。次、浸透潤滑剤」
勇馬がメモを走らせた。
ダンジョンの通路に、二人の朝が始まった。
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〈第四十五話 了〉
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【次話予告】
道具チェックの次は、「音を聞く練習」。
勇馬は渉の隣で、機兵の関節を叩き続けた。
「……これとこれ、音が違う気がします」
渉は少し目を細めた。
「よく気づいた。その耳は本物だ」
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【あとがき】
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第四十五話、最後までお読みいただきありがとうございました。
「現場に咲く桜と、品川の空」という題名を、最初に決めていました。この話で書きたかったのは、二つのことです。
一つは「渉が帰ることを諦めていない」こと。品川ナンバーをもう一度出したのは、渉の中に「帰る場所」が常にあることを示したかったからです。帰るために今の仕事を完璧にやる、という彼のモチベーションの核心は変わっていない。
もう一つは「渉が人に何かを渡し始めた」こと。今まで渉は基本的に「一人でやる人」でした。でもここで初めて、勇馬に技術を教えることを引き受けた。それは渉が少しずつ、この場所を「自分の現場」として受け入れているサインだと思っています。
ゴールドが花びらに反応して頭を上向けるシーンは、書いていて予想外に好きになりました。言葉にしない感情の表現として。
勇馬は「強さだけが全て」から「現場を読む目」を学ぼうとしている。渉は「一人で完結する人」から「次に渡す人」になろうとしている。二人が変わっていく話が、次章のテーマになりそうです。
引き続き、佐藤渉の現場にお付き合いいただければ幸いです。
(作者)




