第四十四話「現場の錬金術:廃盤パーツのニコイチ修理」
現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興です。 〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。
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第四十四話「現場の錬金術:廃盤パーツのニコイチ修理」
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管理センターの大型空調が止まったのは、五月の初旬だった。
気温はまだそれほど高くなかったが、地下のダンジョンから戻ってくる探索者たちにとって、休憩室の空調は重要なインフラだ。
修理業者が来て、三時間かけて診断して、見積もりを出した。
「基幹コンプレッサーユニットの交換が必要です。メーカー取り寄せで、工賃込みで三百二十万ほど」
田所が青ざめた。
「……三百万」
「はい。このモデルはもう廃盤なので、対応する互換品を探すことになります。納期は最短で三ヶ月」
「三ヶ月……」
「ご予算や納期の都合が難しければ、全交換という選択肢もありますが、そちらはさらに費用がかかります」
◆
渉はそのやりとりを、廊下の端で缶コーヒーを飲みながら聞いていた。
業者が帰った後、田所が疲れた顔で渉に言った。
「聞いてましたよね」
「聞いてました」
「三ヶ月、空調なしは……この夏は地獄ですよ」
「廃盤ってことは、同じ設計のものが他にあるかもしれないです」
「同じ設計?」
渉はスクラップ置き場の方向を見た。
管理センターの裏手に、回収した機兵の残骸を一時保管しておくヤードがある。
「……あそこの機兵の残骸、コンプレッサー部分が生きてるやつがいくつかあったな」
田所が渉を見た。
「……まさか」
「見てきます」
◆
スクラップヤードで、渉は残骸を一つずつ確認した。
機兵のコンプレッサー部分は、エネルギーを機械的な圧力に変換する機構だ。原理は現代の空調コンプレッサーと基本的に同じだった。圧縮→循環→熱交換。やっていることは同じだ。
三体目の残骸で、目当てのものを見つけた。
胴体部分は潰れているが、右側面のコンプレッサーユニットだけが無傷で残っている。サイズも、管理センターの空調の基幹ユニットと近い。
渉はノギスを取り出した。
計測した。
「……接続部のフランジ径が合わない。でも、ここを加工すれば……」
◆
工房に持ち帰ったコンプレッサーユニットを、渉は作業台に置いた。
メイが来ていた。
「また面白そうなことをしてますね」
「空調の修理です。コンプレッサーを流用できるか試してます」
メイがユニットを見た。
「これ、機兵の動力系のパーツですよね。空調に使えるんですか」
「原理は同じです。ただ、接続部の規格が合わない。エネルギーの入力系も、空調側はAC電源想定で、こっちはエネルギー直結型です。そこをどう繋ぐかが問題で」
メイが少し考えた。
「入力系のコンバーターを作ればいいんですか」
「それができれば解決します。でも俺には電気系の精密な組み替えは難しい」
「……私にはできます」
◆
メイが研究用のバッグから精密工具を出した。
「エネルギーの入力制御は、私の専門の一つです。変換効率を合わせれば、理論上は動くはずです」
「本当にできますか」
「試してみないとわかりませんが……一緒にやりましょう」
渉はメイを見た。
メイは眼鏡を直して、真剣な顔をしていた。
「渉さんが機械を加工して、私がエネルギー制御系を整える。得意分野が違うから、どちらか一人ではできない作業です」
「……頼みます」
◆
作業は翌日の朝から始まった。
まず渉が接続フランジの加工をした。
バラムから借りた小型旋盤と、自作のアダプタープレートを使って、フランジ径を管理センターの空調配管に合わせて成形する。
削っては計測する。削っては計測する。
ノギスを当てるたびに、コンマ数ミリの差を確認して、また削る。
四時間かけて、フランジ加工が完成した。
次にメイが入力制御系の組み替えをした。
精密はんだごてを使って、エネルギー変換回路を新たに設計する。渉のユニットに適した電力変換効率になるよう、何度も数値を調整する。
「……ここ、0.3ボルト足りないですね」
「どうします」
「抵抗を一個追加します。渉さん、この端子に半田を流してもらえますか」
「場所は?」
「ここです」メイが指した。「細かいですよ」
「わかりました」
◆
渉がコテ先を当てた。
メイが隣でエネルギーを安定供給する。
ハンダが静かに流れて、端子が接合した。
「……きれい」とメイが呟いた。
「普通のハンダ付けです」
「普通じゃないです。この精度で0.5ミリ以下の端子に……」
「集中してるだけです」
◆
組み上がったコンプレッサーユニットを、管理センターの空調配管に接続した。
渉が接続部のボルトを全数締めた。
カチッ、カチッ、カチッ。
メイが変換回路の電源を入れた。
ユニットが唸り始めた。
最初は荒削りな音だった。しばらくして、落ち着いてきた。
安定したコンプレッサー音。
渉は空調の吹き出し口に手を当てた。
風が出てきた。
冷たかった。
「……動いた」
◆
田所が駆け込んできた。
「動いてる!?」
「試運転中です。一週間様子を見て、問題なければそのまま使えます」
「三百万の修理が……」
「部品代はゼロです。加工の時間は二日かかりましたが」
田所は吹き出し口に手を当てた。
確かに風が出ていた。
「……材料費は?」
「残骸はどうせ廃棄するやつなんで」
「工賃は?」
「俺の仕事のついでです」
田所がしばらく渉を見た。
「……あなた、本当に何者なんですか」
「清掃員です」
◆
その夜、工房でメイが言った。
「今日の作業、楽しかったです」
「そうですか」
「私だけではできないことを、渉さんがいてできた。渉さんだけでもできないことを、私がいてできた」
「そうですね」
「こういう仕事、好きです」
渉は道具の手入れをしながら答えた。
「俺も好きです」
メイが少し顔を赤くした。
渉は気づかなかった。
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〈第四十四話 了〉
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【次話予告】
空調が直り、管理センターに「日常」が戻ってきた。
ダンジョン内に自生する発光植物が一斉に花を開く季節。
勇馬が渉の前に立った。
「……掃除のやり方を、教えてください」
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【あとがき】
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第四十四話、お読みいただきありがとうございました。
今回のテーマは「ニコイチ」です。
ニコイチとは、壊れた同型品二台の使える部品を組み合わせて、一台を完動品にする技術のことです。自動車整備や家電修理の現場では昔から使われる手法で、今もプロの間では現役の技術です。
渉とメイの共同作業を書きたかった話でもあります。二人の「得意なことが違う」からこそ、一緒にやることで初めて完成する。これは今後の二人の関係性を象徴するシーンでもあります。
「こういう仕事、好きです」→「俺も好きです」という短い会話が、この話のすべてだと思っています。渉は道具の話として言っている。メイは二人で作る時間として言っている。同じ言葉が、全く違う意味を持っている。それに気づかない渉がいる。
三百万の修理が廃材でゼロ円になる、という展開は、現実の工場や整備現場でも起きることです。「捨てるパーツに価値を見出す目」は、本物の職人の持つ最大の武器の一つだと思っています。
(作者)




