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第四十三話「JDAの抜き打ち検査(お役所仕事)」

現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興フリースタイルです。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。

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第四十三話「JDAの抜き打ち検査(お役所仕事)」

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 JDA本部から視察官が来た、と田所から聞いたのは、朝の道具チェックをしている最中だった。


「何人ですか」


「二名です。キャリア採用の方で……本部の評価部門らしいです」


「何の用ですか」


「佐藤さんの作業効率のデータが、入力ミスじゃないかという確認に……」


 渉はインパクトレンチのバッテリーを確認しながら言った。


「ミスじゃないですが」


「わかってます。でも上からすると、Eランク清掃員が通常の六倍速で作業してるのは『あり得ない数値』らしくて」


「あり得ない数値が出たなら、現場を見ればいいだけです」


「その現場に来るんです、今日」



 九時ちょうどに、二人が来た。


 三十代の男女。どちらも本部支給の高機能スーツ。最新型のJDA認定測定器を携帯している。測定器は定価五十万円以上する代物で、ダンジョン内の汚染度、残留エネルギー、構造物の腐食度を多角的に計測できる。


 男の方が名刺を出した。


「JDA本部・技術評価部の桐島きりしまです。本日は現場の実態確認に参りました」


「佐藤です。清掃員です」


「……それは存じています」桐島は手元のタブレットを開いた。「あなたの直近三ヶ月の作業データを拝見しましたが、正直、信じがたい数値が並んでいます。通常のEランク清掃員の六・二倍の処理速度。残骸回収率九十八パーセント。機兵との非戦闘的接触による無力化件数、四十七件」


「そうですか」


「これは入力ミスや機器の誤作動では?」


「現場を見てもらえればわかります」



 第二層に降りた。


 桐島が測定器を起動した。


 画面に数値が並ぶ。汚染度、残留エネルギー濃度、構造物の健全性指数。


「……数値は正常域ですね。清掃は確かに行われているようです」


「ありがとうございます」


「ただ」桐島がタブレットを見た。「この速度で処理するのは、理論上不可能です。当部門の試算では、同じ作業量を達成するには少なくともBランク以上の戦闘スキルと、専用機材が必要で……」


 渉は通路の壁を見ていた。


 足を止めた。


「ちょっと待ってください」



 渉は壁の一点に近づいた。


 桐島の測定器が示す数値は「正常」だ。


 しかし渉はバールを取り出して、壁をコン、と叩いた。


 続けてもう一か所。コン。


 また別の場所。コン。


 それから少し離れた場所。コン。


 音が違った。


 最初の三か所は詰まった硬い音。最後の一か所だけ、わずかに空洞感がある音だった。


「ここ、叩いてみてください」


 桐島が近づいて、渉の示した場所をナックルで叩いた。


 コン。


「……普通の音ですが」


「もう少し強く」


 桐島がもう一度叩いた。


 コン……こん。


 わずかに響いた。


「……空洞?」


「内部が腐食してます。表面の層は生きてるから、測定器の数値には出ない。でも中が空洞になってる部分は、後で崩れます」



 桐島が測定器を壁に押し当てた。


 数値は「健全性指数:97%」を示していた。


「測定器では引っかかりませんね……」


「だから『隠れ腐食』って言うんです。数値に出てから対処するんじゃなくて、数値に出る前に見つけるのが現場です」


 桐島が渉を見た。


「……どうやって、その場所がわかるんですか」


「叩いた時の音と、手に返ってくる振動です。密度が変わってると、どちらも変わる」


「それは……機器でも再現できない?」


「もっと精度の高い超音波探傷器があれば近いものは出せます。でも俺の手の方がコストが安い」



 桐島の連れの女性が、タブレットに何かを入力していた。


 少し経って顔を上げた。


「桐島さん、第二層の壁面構造データと照合しました。佐藤さんが示した箇所、設置から十二年です。今期の定期点検では異常なし判定になっています」


「十二年の金属壁が、全部同じ状態のわけがない」と渉が言った。「設置条件とか、湿度の影響とか、エネルギーの流れ方とか、全部違う。平均値で一律に判断するのは、現場では危ない」


 桐島が少し黙った。



 視察は午後まで続いた。


 渉はいつも通り作業した。


 桐島たちはその後ろをついてきた。


 渉が回収対象の残骸を見つける速度。分類の正確さ。バール一本で外装を開ける手際。全部を桐島の連れがタブレットに記録していた。


 昼休み、第二層の休憩スペースで桐島が渉に言った。


「……率直に聞かせてください。なぜEランクのままなんですか」


「仕事が変わるんですか、ランクが上がると」


「変わります。より深い層の作業が担当になります」


「今の層で、まだやってないことがあります」


「それが終わったら?」


 渉は少し考えた。


「その時に考えます」



 夕方、桐島が帰り際に田所に言った。


「データに誤りはありませんでした。むしろ過小評価されていると思います。壁面の隠れ腐食の発見については、追加報告書を作成します」


「……お疲れ様でした」


「一つ確認ですが」桐島が少し声を下げた。「あの方、うちのキャリアにスカウトできますか」


「過去に何度か打診しています」田所がコーヒーを一口飲んだ。「全部断られました。理由は毎回同じで……」


「同じ?」


「『清掃員の仕事が今のところ俺に合ってる』だそうです」


 桐島はしばらく黙った。


「……そういう人は、引き止められないですね」


「そうなんですよ」



 渉は帰り道、コンビニで缶コーヒーを買った。


 プルタブを開けながら歩いた。


 今日は壁の隠れ腐食を三か所見つけた。全部、報告書に書いておいた。


 直すのは別の部門の仕事だ。


 見つけるのが、渉の仕事だ。


 それだけだった。


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           〈第四十三話 了〉

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【次話予告】

 管理センターの大型空調が止まった。

 修理業者の見積もりは三百万円。

 田所が青ざめている横で、渉はスクラップ置き場を見回した。

 「……あそこの機兵の残骸、コンプレッサー部分が生きてるな」


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【あとがき】

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 第四十三話、お読みいただきありがとうございました。


 今回の「隠れ腐食」の話は、現実の非破壊検査(NDT)の世界に実際にある話を参考にしています。超音波や磁粉などを使う精密機器でも見つけにくい「表面が健全に見える内部欠陥」というのは、本当に存在します。そしてそれを長年の経験で感知できる職人も、実際にいます。


 桐島というキャラクターを、今回は「悪役にしない」と決めて書きました。彼は「数値が全て」という組織の論理の中で動いているだけで、渉の現場を見たら素直に認める人間です。こういう「悪意のない障害」の方が、単純な敵よりも面白い摩擦を生むと思っています。


 「なぜEランクのままなんですか」という問いへの渉の答え、好きなシーンです。渉は出世や評価に全く興味がない。今の仕事に集中しているだけ。この一点が、彼の最大の強みであり、周囲が振り回される理由でもあります。


                   (作者)

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