第四十一話「第三ダンジョンの死神」
現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興です。 〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。
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第四十一話「第三ダンジョンの死神」
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春になると、ダンジョンに新顔が増える。
JDAが毎年四月に行う「新規探索者登録キャンペーン」の時期だ。ライセンス取得費用の補助制度が適用されるこの時期だけ、管理センターの受付に行列ができる。
田所が「今年も来たわね」と窓の外を見ながらコーヒーを飲んだ。
渉は今日の回収ルートのメモを確認しながら、ヘルメットを被った。
「新人が多いと、通路が混むんで気をつけてください」と田所が言った。
「わかりました」
「あと……去年も言いましたけど、佐藤さんの担当エリア、魔物の密度が低すぎると上から指摘が来てます」
「掃除してるんで」
「それが問題らしくて」
渉は少し考えた。
「清掃員が清掃をして何が問題なんですか」
「生態系への影響が、と」
「機械の残骸が積み上がってる状態が自然なんですか」
田所は困った顔をした。
「私に言わないでください」
◆
第二層の回収ルートに入ると、声が聞こえてきた。
「は? 何もいないんですけど!?」
若い男の声だった。
角を曲がると、三人組の探索者がいた。全員、真新しい装備だ。最新モデルの耐衝撃スーツ、JDA支給の高機能センサー端末、手入れが行き届きすぎていて逆に現場感のないブーツ。
先頭の男が渉を見た。
二十歳前後。顔が整っている。装備が高い。自信があることが全身から出ている。
「あんた、清掃員?」
「そうです」
「このエリア担当?」
「今日はそうです」
「何で何もいないんだよ! センサーがどこも反応しない!」
◆
渉はメモ帳を確認した。
「第二層の残骸回収は昨日終わってます。活性化していた個体も先週に三体対処しました」
「対処って……清掃員が?」
「仕事ですから」
男が渉に近づいた。
「俺は神田勇馬。今期のJDA新人Aランク、最高評価取得者だ。このエリアを俺のホームにしようと思ってたのに、なんで何もいないんだよ。獲物を独り占めしてるつもりか」
渉は男を見た。
若かった。
怒っていた。
本気で怒っていた。
「独り占め?」
「そうだろ! 魔物の核は換金できる。お前が全部取ってたら俺たちが稼げない」
渉は少し考えた。
◆
「ゴミを拾うのがそんなに羨ましいのか」
渉は言った。
勇馬が「は?」という顔をした。
「俺がやってるのは残骸の回収と清掃です。魔物の核も、処分対象のジャンクパーツと一緒に拾って分別してます。ゴミとして」
「……ゴミって言うな、換金できるのに」
「換金価値があるものでも、適切に処分しないと現場が荒れます。そっちの方が問題です」
「現場? ここはダンジョンだぞ」
「だから現場です」
◆
渉はバッグを下ろして、本日の回収分を取り出した。
パーツクリーナーで清掃した残骸部品、サイズ別に分別された核の断片、腐食した金属片のまとめ袋。
全部きれいに仕分けされていた。
「これ……全部核か」勇馬の仲間の一人が呟いた。「相当な量だ」
「三日分です。古いものから順に回収して、品質が落ちてるものは別袋に入れてます」
「なんでそこまで丁寧に……」
「現場に余計なものを残したくないんで」
◆
渉は袋を整理しながら、勇馬に向いた。
「今日の担当エリアを変えます。第三層の奥に、まだ手をつけていない区画があります。そちらに行ってください。センサーは反応すると思います」
「……お前が決めることじゃないだろ」
「管理センターに確認してもらえれば、俺の担当エリアのマップがあります。そこ以外は全部行けます」
勇馬がスマートフォンを取り出した。
JDAのアプリを開いて、マップを確認した。
渉の担当エリアが黄色でハイライトされていた。
そしてその隣に、小さな文字で注記があった。
「※当エリアはEランク清掃員・佐藤渉の超高効率清掃により、通常の六倍速で整備が進んでいます。探索者の方は隣接エリアをご利用ください」
◆
勇馬が顔を上げた。
「……六倍速って何だよ」
「早く終わると次に進めるんで」
「Eランクが何でそんな……」
「二十五年やってたんで」
渉はヘルメットを被り直して、奥に向かって歩き出した。
「第三層の奥は第六区画まであります。順番に行けば一週間は稼げると思います」
勇馬は何も言わなかった。
ただ、渉の背中を見ていた。
◆
その夜、管理センターのカフェテリアで、勇馬は仲間に言った。
「あのおっさん……何者だ」
「調べたんですけど」仲間の一人がスマホを見ながら言った。「Eランクの清掃員です。元は自動車解体工場の人だそうです。ダンジョン歴は……約一年」
「一年で六倍速?」
「それだけじゃないですよ。第六層の格納庫で神話級機兵を七体、一人で……」
「は?」
「しかも工具だけで」
勇馬は少し黙った。
「……そんなやつが、なんで清掃員やってるんだ」
誰も答えなかった。
◆
渉は工房で道具の手入れをしていた。
バールを磨く。インパクトレンチを確認する。
リーニャが来て、「今日の新人さん、怒ってましたよ」と言った。
「そうですか」
「かわいそうとは思いませんか」
「思いません。仕事してただけです」
「佐藤さんって、たまに怖いですよね」
「そうですか」
渉は何も言わずにバールを拭き続けた。
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〈第四十一話 了〉
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【次話予告】
翌日、勇馬たちが中層で機兵に挑んでいた。
どんな攻撃も通らない。
通りがかった渉が、缶コーヒーを飲みながら立ち止まった。
「……あれ、異音がしてるな」
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【あとがき】
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第四十一話、いかがでしたでしょうか。
新章の幕開けとして、新キャラクター・神田勇馬を登場させました。彼は「強くて、正しくて、なのに的外れ」な若者として書いています。悪い人間ではないんです。ただ、渉のいる現場の「文脈」が全く読めていない。
渉にとって核は「ゴミの分別項目のひとつ」です。勇馬にとって核は「稼ぎ」です。同じものを見ていて、見えているものが全く違う。これが今後の二人の関係の核心になります。
「六倍速」という注記は、管理センター側がこっそり渉を評価していることの表れです。渉本人は全く気にしていません。
次話では、勇馬がはじめて「渉の耳」を目撃します。お楽しみに。
(作者)




