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第三十九話「オーバーホールと、新たな回路」

現在物語の矛盾点の修正を行っております。

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第三十九話「オーバーホールと、新たな回路」

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 翌朝、六時に全員が第七層に降りた。


 渉、バラム、メイ、ゴールド、カルロス、ディルク。


 リーニャとフィオナは地上で待機した。何かあった時の連絡役だ。


 帰還装置のパネルを開けた。


 基板が露出する。


 渉はヘッドライトで照らして、今日の作業箇所を確認した。


「バイパス回路を追加します。既存の起動信号ラインから分岐させて、信号を逃がす経路を作ります」


 カルロスが隣で聞いていた。


「……説明してもらえるか、わかる言葉で」


「水で言えば、川に別の流れを作るようなものです。本流はそのままで、増水した分を別の方向に逃がす。装置が起動しようとしても、信号が本来のルートに行かない」


「……なるほど」


「ただし、流れを作るには、精密な作業が必要です」



 渉は精密はんだごてを取り出した。


 メイに渡した。


「準備をお願いします」


「はい」


 メイがグリップを両手で持って、エネルギーを安定させ始めた。


 コテ先がかすかに光った。


 渉はノギスでバイパス用素子の位置を計測した。


「……ここに、〇・八ミリの隙間があります。そこを通します」


「〇・八ミリ」とカルロスが繰り返した。「……指先で感じ取れる数字ではないのでは」


「感じ取れます。慣れれば」


「人間に、それができるのか」


「二十五年やれば、なんとか」



 渉は導電性ペーストをノズルから出した。


 〇・八ミリの隙間に向けて、極細の線を引いた。


 息を止めていた。


 空気も動かさない。


 線が引けた。


 メイがコテ先を当てた。


 一秒。


 ペーストが静かに溶けて、流れた。


 冷えた。


 渉はルーペで確認した。


「……一か所目、完了」



 カルロスが口を開かなかった。


 ディルクも黙っていた。


 バラムだけが「ふん」と言った。満足そうだった。


 メイは黙っていたが、手帳を出していた。


 作業を見ながら、何かを書いていた。


「……メイさん、何を書いてますか」


「並列回路の構造と似てるんです」メイは手帳から目を離さずに答えた。「渉さんが今やったこと、エネルギーの経路設計で同じ問題があって……一本の回路ラインに負荷が集中すると、途中で焼き切れる。だから経路を分岐させる。でも分岐の接合点の精度が甘いと、逆に干渉が起きて全体が落ちる」


「それが、どう……」


「渉さんのハンダ付けを見ていたら、接合点の精度の出し方が……回路設計にも応用できそうで」


 メイはそこで顔を上げた。


「教えてもらえますか、後で。接合部の設計の考え方を」


「俺の知識でよければ」


「十分です」


 メイが手帳に戻った。速記の音が続いた。


 カルロスが小声でディルクに言った。


「……あの者は、何をしている」


「学んでいる、と思う」ディルクが答えた。「現場で」


 渉は次の箇所に移った。


 同じ作業を繰り返す。


 計測。ペースト。加熱。冷却。確認。


 四か所、終わった。



 五か所目で、渉が手を止めた。


「メイさん、少し温度が下がっています」


「……すみません」


「休憩しますか」


「……三分だけ」


「どうぞ」


 三分の間、渉はバラムと部品の状態を確認した。


 カルロスが近づいてきた。


「……聞いていいか」


「どうぞ」


「なぜ、そんなに細かい作業ができる」


「必要だったからです。工場で、細かい部品を扱う必要があった。最初はできなかった。だんだんできるようになった」


「最初はできなかった、のか」


「当然です」渉はバラムが削った素子をノギスで確認しながら言った。「最初から何でもできる人間はいないです。必要に迫られて、失敗して、覚えていく」


「……あなたのような人間でも、失敗するのか」


「先週、ネジを一本なめました」



 カルロスが少し黙った。


「……我々の仕事は、失敗が許されない」


「そうですか」


「命令は完遂しなければならない。失敗すれば、責任を取る」


 渉は手を止めずに言った。


「現場では、失敗しない人間より、失敗から立て直せる人間の方が信頼されます」


「……どういうことか」


「失敗しないためには、リスクを取らないことが最善になる。でもそれは、何もしないことと同じです。現場で必要なのは、リスクを見極めて、それでも進む判断です」



 メイが戻ってきた。


「続けます」


「お願いします」


 残り三か所。


 渉は同じ手順を繰り返した。


 〇・八ミリの隙間に、導電性ペーストの線を引く。


 コテ先を当てる。一秒。


 冷える。


 確認する。



 全部で八か所、バイパス回路が追加された。


 渉は装置全体を見回した。


「……ゴールド、信号の流れを確認してほしい」


「了解。……確認した。バイパス経路、正常。起動信号はバイパスに逃げる。コアへの伝達、遮断」


「完璧です」


 渉はパネルを閉じた。


 固定ネジを締めた。


 カチッ、カチッ、カチッ。


 一本ずつ、規定トルクで。


「バイパス回路の組み込み、完了です」



 それから鍵を作った。


 バラムが金属の筒を二本用意していた。


 渉が内部の機構を組み込んだ。


 一本を渉が持つ。一本をカルロスが持つ。


 両方が揃わないと、バイパスを解除できない。


 カルロスが受け取った。


「……これが、我々の合意の形か」


「そうです」


「信頼の道具、ということか」


「物理的なロックです。信頼は別の話です」


 カルロスが少し笑った。


 初めて笑ったのを、渉は見た。



 帰り道。


 バラムが渉の横に並んだ。


「うまくいったな」


「ありがとうございました」


「礼はいらん。ところで」


「はい」


「あの特務部の男、さっき笑ったな」


「そうですね」


「お前は気づいていたか」


「気づきました」


「どう思った」


 渉は少し考えた。


「仕様書のない命令を実行してきた人間が、現場を見て変わった。それだけです」


 バラムが鼻で笑った。


「お前は感慨がないのか」


「明日の作業の段取りを考えていました」


「……職人だな、やっぱり」


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           〈第三十九話 了〉

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【次話予告】

 翌朝、特務部が帰る準備をしていた。

 カルロスが渉の工房に立ち寄った。

 「一つ頼みがある」

 「何ですか」

 「……この剣の、調子が悪い。見てくれるか」

【次話予告】

 翌朝、特務部が帰る準備をしていた。

 カルロスが渉の工房に立ち寄った。

 「一つ頼みがある」

 「何ですか」

 「……この剣の、調子が悪い。見てくれるか」

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