第三十七話「仕様書のない命令」
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第三十七話「仕様書のない命令」
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翌朝、渉は特務部の二人を第七層に連れて行った。
リーニャとゴールドが同行した。
通路を降りる間、二人は無言だった。
各層の壁の変化、金属合金の質感、足元の振動。
先に来た方の男――名前を聞くと「カルロスでいい」と言った――が、降りるほどに表情が変わっていった。
「……ここまで深いとは思わなかった」
「第七層です。ダンジョンの最深部に近い」
「ふだん探索者は来ないのか」
「入域禁止区画です。今は俺たちだけが入っています」
◆
コア室に入った。
カルロスが足を止めた。
中央の球体。青白い光。低い振動音。
もう一人の男――こちらはディルクと名乗った――が装備の柄に手をかけた。
「やめてください」と渉が静かに言った。
「……何がある」
「コアです。ダンジョン全体の動力源です。触れてはいけない」
「どのくらい危険なのか」
「温度は安全域に下がっていますが、エネルギー密度が高い。適切な保護なしに接触すると、内部から焼けます」
ディルクが手を引いた。
◆
渉はコア室の壁を指した。
「こちらが帰還装置です」
壁に埋め込まれた金属パネル。外装から見れば地味なものだ。
「ここから内部の配線がコアに伸びています」
渉はパネルを一部開けた。
内部の配線が見えた。
コアに向かって伸びる、複数の太いケーブル。
「この接続を切断したり、装置を破壊すると、コアへのフィードバックが起きます。制御系が乱れます」
「どの程度、乱れる」
「試したことがないので正確には言えませんが、マニュアルには『装置の不適切な切断は制御系崩壊を招く』と書いてあります」
◆
カルロスが配線を見た。
「……崩壊すると、どうなる」
「第七層から上の層に影響が伝わります。各層の機兵が再起動する可能性があります。最悪、第一層まで波及します」
「第一層というのは……」
「地上の直下です。管理棟の床の下です」
カルロスの顔色が変わった。
「……街に影響が出るということか」
「可能性があります」
「なぜ、王命はそれを考慮していなかった」
◆
渉はパネルを閉じた。
カルロスを見た。
「俺に聞かれても、わかりません」
「しかし……」
「あなたたちは命令を受けた。その命令に仕様書はあったか」
「……仕様書?」
「装置を壊す、あるいは接収する。その命令の中に、どういう方法で、何を確認してから、どういう順番で実行するか、書いてありましたか」
カルロスが黙った。
「なかったんでしょう。俺の現場経験で言うと、現場の状態を把握しないまま出た命令は、現場で必ず問題を起こします。機械でも、組織でも、同じです」
◆
渉はゴールドの方を向いた。
「ゴールド、今の状態で装置を強制切断したら、どうなる」
「制御系に過負荷がかかる。コアの安定が失われる可能性が七十パーセントを超える」
「七十パーセント」とカルロスが繰り返した。
「七割の確率で、街に影響が出る、ということです」
「……なぜそんなリスクを……」
「わかりません。ただ、現場はそういう状態です」
◆
ディルクが口を開いた。初めてだった。
「では、どうすればいい」
渉は少し考えた。
「選択肢は三つです」
渉は指を立てた。
「一つ。このまま何もしない。装置は修復済みで、俺が管理する。危険はない」
「二つ。装置を待機状態でロックする。起動できないが、切断もしない。コアへの影響がゼロのまま、命令の『起動させるな』を実現できます」
「三つ。現状を上に報告して、命令の見直しを求める。現場の事実を持ち帰ってもらう」
◆
カルロスが渉を見た。
「……三つ目は、我々の職を賭けることになる」
「それはあなたたちが判断することです。俺は現場の情報を提供しました」
「二つ目の『ロック』というのは、技術的に可能なのか」
「可能です。バイパス回路を追加すれば、装置を待機状態で固定できます。作業に二日かかります」
「その間、我々はここにいるのか」
「工房に泊まってもらう分には構いません。田所さんに部屋を聞いてください」
◆
カルロスが長い沈黙の後、言った。
「……二つ目を採用する。ロック作業を依頼したい」
「わかりました」
「条件がある」
「どうぞ」
「ロックの鍵は、我々も管理する」
「鍵を二つ作ります。一つは俺が持つ。一つはあなたたちが持つ。両方がないと開かない設計にします」
カルロスが少し考えて、頷いた。
「……それで合意しよう」
◆
帰り道。
ディルクが渉の隣に並んだ。
「あなたは……恐ろしくなかったのか、我々に対して」
「怖いというより」渉は少し考えた。「説明が通じるかどうかが心配でした」
「通じたと思うか」
「通じたから、合意できたんでしょう」
ディルクが黙った。
「……我々の仕事は、現場を見る機会がほとんどない」
「そうなんですか」
「命令を伝えるだけだ。その命令が何に基づいているか、我々は知らないことが多い」
渉は少し間を置いた。
「仕様書のない仕事は、現場を壊します」
「……そうだな」
ディルクはそれだけ言って、また黙った。
渉も、それ以上は言わなかった。
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〈第三十七話 了〉
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【次話予告】
バイパス回路の部品が必要になり、バラムを訪ねた。
事情を話すと、バラムは工具箱を持って立ち上がった。
「……俺も行く」
「なぜですか」
「お前の仕事にケチをつける奴がいるなら、俺も口を出す権利がある」
【次話予告】
バイパス回路の部品が必要になり、バラムを訪ねた。
事情を話すと、バラムは工具箱を持って立ち上がった。
「……俺も行く」
「なぜですか」
「お前の仕事にケチをつける奴がいるなら、俺も口を出す権利がある」




