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第三十七話「仕様書のない命令」

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第三十七話「仕様書のない命令」

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 翌朝、渉は特務部の二人を第七層に連れて行った。


 リーニャとゴールドが同行した。


 通路を降りる間、二人は無言だった。


 各層の壁の変化、金属合金の質感、足元の振動。


 先に来た方の男――名前を聞くと「カルロスでいい」と言った――が、降りるほどに表情が変わっていった。


「……ここまで深いとは思わなかった」


「第七層です。ダンジョンの最深部に近い」


「ふだん探索者は来ないのか」


「入域禁止区画です。今は俺たちだけが入っています」



 コア室に入った。


 カルロスが足を止めた。


 中央の球体。青白い光。低い振動音。


 もう一人の男――こちらはディルクと名乗った――が装備の柄に手をかけた。


「やめてください」と渉が静かに言った。


「……何がある」


「コアです。ダンジョン全体の動力源です。触れてはいけない」


「どのくらい危険なのか」


「温度は安全域に下がっていますが、エネルギー密度が高い。適切な保護なしに接触すると、内部から焼けます」


 ディルクが手を引いた。



 渉はコア室の壁を指した。


「こちらが帰還装置です」


 壁に埋め込まれた金属パネル。外装から見れば地味なものだ。


「ここから内部の配線がコアに伸びています」


 渉はパネルを一部開けた。


 内部の配線が見えた。


 コアに向かって伸びる、複数の太いケーブル。


「この接続を切断したり、装置を破壊すると、コアへのフィードバックが起きます。制御系が乱れます」


「どの程度、乱れる」


「試したことがないので正確には言えませんが、マニュアルには『装置の不適切な切断は制御系崩壊を招く』と書いてあります」



 カルロスが配線を見た。


「……崩壊すると、どうなる」


「第七層から上の層に影響が伝わります。各層の機兵が再起動する可能性があります。最悪、第一層まで波及します」


「第一層というのは……」


「地上の直下です。管理棟の床の下です」


 カルロスの顔色が変わった。


「……街に影響が出るということか」


「可能性があります」


「なぜ、王命はそれを考慮していなかった」



 渉はパネルを閉じた。


 カルロスを見た。


「俺に聞かれても、わかりません」


「しかし……」


「あなたたちは命令を受けた。その命令に仕様書はあったか」


「……仕様書?」


「装置を壊す、あるいは接収する。その命令の中に、どういう方法で、何を確認してから、どういう順番で実行するか、書いてありましたか」


 カルロスが黙った。


「なかったんでしょう。俺の現場経験で言うと、現場の状態を把握しないまま出た命令は、現場で必ず問題を起こします。機械でも、組織でも、同じです」



 渉はゴールドの方を向いた。


「ゴールド、今の状態で装置を強制切断したら、どうなる」


「制御系に過負荷がかかる。コアの安定が失われる可能性が七十パーセントを超える」


「七十パーセント」とカルロスが繰り返した。


「七割の確率で、街に影響が出る、ということです」


「……なぜそんなリスクを……」


「わかりません。ただ、現場はそういう状態です」



 ディルクが口を開いた。初めてだった。


「では、どうすればいい」


 渉は少し考えた。


「選択肢は三つです」


 渉は指を立てた。


「一つ。このまま何もしない。装置は修復済みで、俺が管理する。危険はない」


「二つ。装置を待機状態でロックする。起動できないが、切断もしない。コアへの影響がゼロのまま、命令の『起動させるな』を実現できます」


「三つ。現状を上に報告して、命令の見直しを求める。現場の事実を持ち帰ってもらう」



 カルロスが渉を見た。


「……三つ目は、我々の職を賭けることになる」


「それはあなたたちが判断することです。俺は現場の情報を提供しました」


「二つ目の『ロック』というのは、技術的に可能なのか」


「可能です。バイパス回路を追加すれば、装置を待機状態で固定できます。作業に二日かかります」


「その間、我々はここにいるのか」


「工房に泊まってもらう分には構いません。田所さんに部屋を聞いてください」



 カルロスが長い沈黙の後、言った。


「……二つ目を採用する。ロック作業を依頼したい」


「わかりました」


「条件がある」


「どうぞ」


「ロックの鍵は、我々も管理する」


「鍵を二つ作ります。一つは俺が持つ。一つはあなたたちが持つ。両方がないと開かない設計にします」


 カルロスが少し考えて、頷いた。


「……それで合意しよう」



 帰り道。


 ディルクが渉の隣に並んだ。


「あなたは……恐ろしくなかったのか、我々に対して」


「怖いというより」渉は少し考えた。「説明が通じるかどうかが心配でした」


「通じたと思うか」


「通じたから、合意できたんでしょう」


 ディルクが黙った。


「……我々の仕事は、現場を見る機会がほとんどない」


「そうなんですか」


「命令を伝えるだけだ。その命令が何に基づいているか、我々は知らないことが多い」


 渉は少し間を置いた。


「仕様書のない仕事は、現場を壊します」


「……そうだな」


 ディルクはそれだけ言って、また黙った。


 渉も、それ以上は言わなかった。


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           〈第三十七話 了〉

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【次話予告】

 バイパス回路の部品が必要になり、バラムを訪ねた。

 事情を話すと、バラムは工具箱を持って立ち上がった。

 「……俺も行く」

 「なぜですか」

 「お前の仕事にケチをつける奴がいるなら、俺も口を出す権利がある」

【次話予告】

 バイパス回路の部品が必要になり、バラムを訪ねた。

 事情を話すと、バラムは工具箱を持って立ち上がった。

 「……俺も行く」

 「なぜですか」

 「お前の仕事にケチをつける奴がいるなら、俺も口を出す権利がある」

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