第三十五話「よし、やるか」
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第三十五話「よし、やるか」
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翌朝、渉は早起きした。
まず工房を片付けた。
作業台の上を全部いったん下ろして、パーツクリーナーで拭いた。表面の油汚れが落ちて、木の地が出た。
道具を並べ直した。
使う順番に左から右へ。精密ドライバーセット、ノギス、精密はんだごて、導電性ペースト、配線材、ボルト・ナット類。
順番が決まると、作業の流れが見えてくる。
照明を確認した。ヘッドライトのバッテリーが満充電。工房の魔法光も問題ない。
渉は作業台の前に立って、一度全体を見回した。
準備できている。
◆
朝の八時に、全員が集まった。
リーニャ、メイ、フィオナ、ゴールド、田所。
「帰還装置の修理を始めます。各自の役割は先日の通りです」
「田所さんは?」とフィオナが聞いた。
「お茶と、緊急時の連絡役です」と田所が答えた。「……緊急時とは何が起きるんでしょう」
「わからないです。でも何かあった時に、外との連絡ができる人が必要なんで」
「……了解しました」
◆
道具をバッグに収めた。
全部、定位置に収まった。
渉は工房の鍵をかけた。
歩き出す前に、ふと振り返った。
棚に、ナンバープレートが立ててある。品川ナンバー。
渉はそれを見て、口の端を少し上げた。
「よし、やるか」
小声で言った。
◆
第七層に降りた。
壁の装置の前に、道具を広げた。
まず損傷の確認。先日のマッピング通りの状態。想定外はない。
精密ドライバーを取り出した。
基板の固定ネジに当てた。
今日は最初からラスペネを吹いた。前回なめた反省だ。
ゆっくりと回した。
全部のネジが、素直に外れた。
◆
一か所目の断線修復。
導電性ペーストをノズルから細く出して、断線部分に沿って塗る。精密はんだごてで加熱する。
メイがエネルギーを安定して供給する。
コテ先の熱が、適温で保たれた。
ペーストが流れた。
渉はコテ先を離して、仕上がりを確認した。
「……一か所目、完了」
◆
二か所目に差し掛かった時、渉は手を止めた。
「メイさん、少し温度が下がっています」
「……気づきませんでした、すみません」
「集中が途切れかけてる。休憩しますか」
「大丈夫です」
「無理しないでください。こういう作業は、集中が切れた時にミスが出ます」
メイが少し間を置いた。
「……五分だけ」
「どうぞ」
◆
五分後に再開した。
メイのエネルギーが、さっきより安定していた。
「ありがとうございます。言ってくれて」
「俺も途中で止めることがあります。無理して一発でやるより、確実な方がいい」
「それは……帰還装置についても、ですか」
「全部そうです」
◆
三時間後、修復が全て終わった。
端子の清掃。接点復活剤の塗布。ボルトの全数確認。
カチッ、カチッ、カチッ。
一本ずつ、規定トルクで締めた。
最後に全体を一周確認した。
問題なし。
「装置の修復作業、完了」
ゴールドが「全系統起動確認。座標照合、開始」と言った。
◆
渉は道具を片付けながら、田所の持ってきたお茶を受け取った。
一口飲んだ。
旨かった。
リーニャが隣に座った。
「……終わりましたね」
「修復は終わりました。座標照合待ちです」
「照合が終わったら……」
「装置が動くかどうか確認します」
「……実際に使うかどうかは、まだ決めていないんですよね」
「装置が動くと確認してから、考えます」
◆
その夜の遅い時間。
管理棟に早馬が来た。
田所が書状を持ってきた。
「JDA本部からです。佐藤さん宛てに」
渉は封を開けた。
差出人は「王国特務部」。
内容は短かった。
「帰還装置の修復を確認した。同装置の起動を阻止するため、特務部の者を派遣する。装置は国家の安全保障上、起動させてはならない」
◆
渉は書状を一度折りたたんだ。
また開いた。
もう一度読んだ。
内容は変わらなかった。
渉が最初に感じたのは、恐怖ではなかった。
怒りだった。
静かな、しかし確かな怒りだった。
三日かけて作ったコテ先の試作を。一本なめたネジの反省を。メイと五分の休憩を挟みながら丁寧にやった断線修復を。
それを、素人に「起動させるな」の一言で台無しにされる。
「起動させるな」は勝手にしろ。
しかし俺の仕事場に踏み込んで、俺が精密に組み上げた装置をガチャガチャ触るなら、話は別だ。
◆
渉は書状を畳んで、田所に返した。
「明日、来るんですか、その人たちは」
「早馬で来たくらいなので、急いでいると思います。明後日には着くかもしれません」
「わかりました」
「……どうするつもりですか」
「話を聞きます。起動を止めるだけなら、別に構わない。装置に触るなら、バールで叩き出します」
田所が少し固まった。
「バールで……特務部を……?」
「俺の仕事場に許可なく入って、俺の道具に触るなら、誰でも同じです」
「……それは、かなり問題になりますよ」
「問題になるのは向こうが先に触った時です」
◆
その夜、渉は工房で道具の手入れをした。
バールを磨く。
インパクトレンチを確認する。
精密はんだごてのコテ先を清掃する。
帰還装置は修復した。
壊れていたから直した。
それは終わった。
次に何が来ても、まず道具の手入れをする。
それが、渉の始まり方だ。
機械は嘘をつかない。
道具も嘘をつかない。
そして、丁寧に仕上げた仕事も、嘘をつかない。
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〈第三十五話 了〉
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【次話予告】
翌朝、工房の前に二人の人物が立っていた。
顔が見えない。装備が見えない。気配が、ない。
渉はバールを持って外に出た。
「帰還装置に触るなら、作業の邪魔になります」
いよいよ修理完了、そして不穏な影。
「特務部」という巨大な権力からの警告に対し、渉が抱いたのが「仕事場を荒らされることへの怒り」だったのが今回の肝です。せっかく適温で流したハンダや、トルク管理したボルトを、事情も知らない役人に弄ばれる。それは職人にとって、宣戦布告と同じ意味を持ちます。
次話、バールを持ったおっさんと、特務部の対峙にご期待ください。




