表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/93

第三十四話「素材の仕入れと、二人の背中」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第三十四話「素材の仕入れと、二人の背中」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 道具リストに、最後の一行が残っていた。


 「導電性ペースト(代用品の場合、高導電率素材が必要)」


 基板の断線修復に使う素材だ。


 メイに相談すると、二日後に答えが返ってきた。


「『静電蟲』という魔物の核に、高い導電性があります。粉砕して油脂と練り合わせれば、代用になります」


「その魔物は、どこにいますか」


「……東部の旧ダンジョン、難易度Sエリアの深部です」



 難易度Sエリア。過去十年で生還率六十パーセント以下。


「俺も行きます」と渉は言った。


「駄目です」とリーニャが即座に答えた。


「なぜ」


「佐藤さんは戦闘が得意じゃないですから。あそこは純粋に戦闘力が必要な場所です」


「でも……」


「私とフィオナで行きます。Sランクです。こういう場所には慣れています」



 フィオナが静かに言った。


「渉さん。私たちがSランクを取ったのは、こういう場所に行くためです。今度は私たちが動く番です」


 渉は二人を見た。


 リーニャの目が、落ち着いていた。覚悟がある目だった。


 フィオナはすでに弓の状態を確認していた。


「……気をつけてください」


「もちろんです」


「無茶しないでください」


「しません」


「帰ってきてください」


 リーニャが少し笑った。


「当然です」



 二人が出発した翌日、渉はバラムの工房に行った。


 道具の最終仕上げの確認だ。


 バラムが鉄床で何かを仕上げていた。


「来たか」


「来ました」


 渉は精密はんだごてのコテ先をノギスで確認した。


「……ここ、○・○二ミリほど太いですね」


 バラムが振り返った。


「どこだ」


 渉がコテ先の一点を示した。


「ここです。指で触るとわかりますか」


 バラムが親指の腹でコテ先を撫でた。


 長い沈黙。


「……わからん」


「俺も最初はわかりませんでした。感じようとして感じるより、何も考えずに触った時に『なんか変』と感じる方が先に気づけます」


「何も考えずに」


「邪魔しない、ということです。手が知ってるのに、頭が邪魔することがある」



 バラムは砥石を取り出した。


 コテ先の問題箇所を、二ストロークだけ磨いた。


 渉が確認した。


「……ちょうどよくなりました」


「二ストロークで合わせるのは、初めてだな」


「俺が正確に場所を指定したからです。バラムさんの手の精度がなければ合わせられなかった」


「お世辞か」


「本当のことです」



 バラムが腕を組んだ。


「お前、帰るのか」


「帰れるかもしれない装置を、直そうとしています」


「帰りたいのか」


「……わからないです。でも、壊れてるから直したい。それだけが最初にある」


「それだけか」


「それで十分だと思ってます」


 バラムは少し考えた。


「俺も同じだな。難しい依頼が来た時、できるかどうかより先に、どう作るかを考える。作ることが先だ」


「そうです」



 二人が出発してから三日後、管理棟に連絡が入った。


「到達まで、あと一日かかるとのことです。無事です」と田所が言った。


「……そうですか」


「心配ですか」


「心配です」


 田所が少し驚いた顔をした。


「珍しいですね、素直に言うのが」


「心配なんで」



 その夜、渉は工房で道具の手入れをしながら待った。


 バールを磨く。インパクトレンチを確認する。精密はんだごてのコテ先を清掃する。


 全部、準備できている。


 後は素材が来れば、修理を始められる。



 翌々日の昼。


 管理棟前にリーニャとフィオナが帰ってきた。


 二人とも、装備に傷があった。疲れていた。


 しかし立っていた。


 リーニャが革袋を渉に差し出した。


「静電蟲の核、七個取れました」


 渉は袋を受け取った。


「ありがとうございます。怪我は」


「かすり傷です」


「手当てしてください、すぐ」


「わかってます」とリーニャが笑った。


 渉は二人を見た。


「……本当にありがとうございます」



 その夜、渉はメイと導電性ペーストの製作に入った。


 静電蟲の核を乳鉢で粉砕する。


 細かい銀色の粉になった。


 絶縁性の油脂と混ぜる。


 最初の配合は失敗した。


 粉の比率が高すぎて、ペーストが固すぎた。ノズルから出てこない。


「……もう少し油脂を増やします」


 配合を変えた。


 今度は柔らかすぎて、塗布した後に広がってしまう。


「……中間ですね」


 三度目の配合。


 ノズルから細く出せて、塗布後に形を保つ粘度になった。


 渉が細い金属板の継ぎ目に塗って確認した。


 接合部がかすかに光った。


「効きますね」



 渉はメモ帳のリストを広げた。


 最後の欄に、線を引いた。


 「導電性ペースト」。


 消えた。


 リストが全部、埋まった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           〈第三十四話 了〉

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次話予告】

 翌朝、渉は工房を片付けた。

 作業台を拭き、道具を並べ、照明を確認する。

 「よし、やるか」

 その夜、JDA本部から緊急連絡が来た。

素材調達と、信頼の回です。

渉が「0.02ミリの誤差」を指摘し、バラムがそれを二ストロークで修正する。この呼吸が合う感じ、まさに職人同士のセッションです。命懸けで戦うリーニャたちに「心配だ」と素直に言えるようになったのも、渉がこの世界を「自分の現場」として受け入れ始めた証拠かもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ