第三十四話「素材の仕入れと、二人の背中」
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第三十四話「素材の仕入れと、二人の背中」
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道具リストに、最後の一行が残っていた。
「導電性ペースト(代用品の場合、高導電率素材が必要)」
基板の断線修復に使う素材だ。
メイに相談すると、二日後に答えが返ってきた。
「『静電蟲』という魔物の核に、高い導電性があります。粉砕して油脂と練り合わせれば、代用になります」
「その魔物は、どこにいますか」
「……東部の旧ダンジョン、難易度Sエリアの深部です」
◆
難易度Sエリア。過去十年で生還率六十パーセント以下。
「俺も行きます」と渉は言った。
「駄目です」とリーニャが即座に答えた。
「なぜ」
「佐藤さんは戦闘が得意じゃないですから。あそこは純粋に戦闘力が必要な場所です」
「でも……」
「私とフィオナで行きます。Sランクです。こういう場所には慣れています」
◆
フィオナが静かに言った。
「渉さん。私たちがSランクを取ったのは、こういう場所に行くためです。今度は私たちが動く番です」
渉は二人を見た。
リーニャの目が、落ち着いていた。覚悟がある目だった。
フィオナはすでに弓の状態を確認していた。
「……気をつけてください」
「もちろんです」
「無茶しないでください」
「しません」
「帰ってきてください」
リーニャが少し笑った。
「当然です」
◆
二人が出発した翌日、渉はバラムの工房に行った。
道具の最終仕上げの確認だ。
バラムが鉄床で何かを仕上げていた。
「来たか」
「来ました」
渉は精密はんだごてのコテ先をノギスで確認した。
「……ここ、○・○二ミリほど太いですね」
バラムが振り返った。
「どこだ」
渉がコテ先の一点を示した。
「ここです。指で触るとわかりますか」
バラムが親指の腹でコテ先を撫でた。
長い沈黙。
「……わからん」
「俺も最初はわかりませんでした。感じようとして感じるより、何も考えずに触った時に『なんか変』と感じる方が先に気づけます」
「何も考えずに」
「邪魔しない、ということです。手が知ってるのに、頭が邪魔することがある」
◆
バラムは砥石を取り出した。
コテ先の問題箇所を、二ストロークだけ磨いた。
渉が確認した。
「……ちょうどよくなりました」
「二ストロークで合わせるのは、初めてだな」
「俺が正確に場所を指定したからです。バラムさんの手の精度がなければ合わせられなかった」
「お世辞か」
「本当のことです」
◆
バラムが腕を組んだ。
「お前、帰るのか」
「帰れるかもしれない装置を、直そうとしています」
「帰りたいのか」
「……わからないです。でも、壊れてるから直したい。それだけが最初にある」
「それだけか」
「それで十分だと思ってます」
バラムは少し考えた。
「俺も同じだな。難しい依頼が来た時、できるかどうかより先に、どう作るかを考える。作ることが先だ」
「そうです」
◆
二人が出発してから三日後、管理棟に連絡が入った。
「到達まで、あと一日かかるとのことです。無事です」と田所が言った。
「……そうですか」
「心配ですか」
「心配です」
田所が少し驚いた顔をした。
「珍しいですね、素直に言うのが」
「心配なんで」
◆
その夜、渉は工房で道具の手入れをしながら待った。
バールを磨く。インパクトレンチを確認する。精密はんだごてのコテ先を清掃する。
全部、準備できている。
後は素材が来れば、修理を始められる。
◆
翌々日の昼。
管理棟前にリーニャとフィオナが帰ってきた。
二人とも、装備に傷があった。疲れていた。
しかし立っていた。
リーニャが革袋を渉に差し出した。
「静電蟲の核、七個取れました」
渉は袋を受け取った。
「ありがとうございます。怪我は」
「かすり傷です」
「手当てしてください、すぐ」
「わかってます」とリーニャが笑った。
渉は二人を見た。
「……本当にありがとうございます」
◆
その夜、渉はメイと導電性ペーストの製作に入った。
静電蟲の核を乳鉢で粉砕する。
細かい銀色の粉になった。
絶縁性の油脂と混ぜる。
最初の配合は失敗した。
粉の比率が高すぎて、ペーストが固すぎた。ノズルから出てこない。
「……もう少し油脂を増やします」
配合を変えた。
今度は柔らかすぎて、塗布した後に広がってしまう。
「……中間ですね」
三度目の配合。
ノズルから細く出せて、塗布後に形を保つ粘度になった。
渉が細い金属板の継ぎ目に塗って確認した。
接合部がかすかに光った。
「効きますね」
◆
渉はメモ帳のリストを広げた。
最後の欄に、線を引いた。
「導電性ペースト」。
消えた。
リストが全部、埋まった。
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〈第三十四話 了〉
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【次話予告】
翌朝、渉は工房を片付けた。
作業台を拭き、道具を並べ、照明を確認する。
「よし、やるか」
その夜、JDA本部から緊急連絡が来た。
素材調達と、信頼の回です。
渉が「0.02ミリの誤差」を指摘し、バラムがそれを二ストロークで修正する。この呼吸が合う感じ、まさに職人同士のセッションです。命懸けで戦うリーニャたちに「心配だ」と素直に言えるようになったのも、渉がこの世界を「自分の現場」として受け入れ始めた証拠かもしれません。




