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第三十一話「魔導銀と、ハンダ付けの適温」

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第三十一話「導電合金と、ハンダ付けの適温」

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 精密はんだごての設計には、根本的な問題があった。


 温度の制御だ。


 日本のはんだごては電気で発熱体を加熱し、温度センサーで制御する。しかしここに電気はない。


 渉は二日間、その問題を考えた。


 メモ帳に書いては消した。


 三日目の朝、メイが来た。


「導電合金、という素材があります。エネルギーを熱に変換します。注ぎ込むエネルギーの量に比例して発熱します」


「熱伝導率は」


「銅より少し低いくらいです」


「コテ先に使えますね」渉はメモ帳を開いた。「エネルギーの制御は、どのくらいの精度で出せますか」


 メイが手のひらに小さな光を出した。


「このくらいです。増減もできます」


「試してみましょう」



 バラムの工房で三人が集まった。


 まず、導電合金のコテ先を試作した。


 バラムが導電合金を溶かして、細い棒状に成形する。先端を斜めに研いで、熱が集中する形状にする。


 渉が「先端の角度は四十五度、断面は少し楕円に」と指定した。


 バラムが黙って作業した。


 三十分後、コテ先の初号機が完成した。


 渉はそれを柄に取り付けた。


 メイがエネルギーを少量だけ注いだ。


 コテ先が温まり始めた。


 渉は手を近づけて、熱を確認した。


「……ちょうどいい温度です。これくらいで一定に」


 代用ハンダを当てた。


 溶けた。


 流れた。


「いいですね。本番でも……」



 次の瞬間、コテ先が曲がった。


 自重で。


 ゆっくりと、ゆっくりと、先端が下を向いていった。


 メイが「え」と言った。


 渉が「あ」と言った。


 バラムが無言で腕を組んだ。



 コテ先は完全に曲がり切って、使い物にならなくなった。


 渉は外して、バラムの作業台に置いた。


「融点が低すぎます。操作温度より前に素材自体が軟化してる」


「……俺のせいか」


「素材の問題です。導電合金の純度が高すぎると、逆に融点が下がるのかもしれない」


 バラムが腕を組んだ。


「俺は導電合金を扱ったことがなかった。融点は他の銀と同じだと思ってた」


「試したことがないと、わからないですよね」


「お前は怒らないのか」


「調整です。失敗じゃない」



 渉はメモ帳を開いた。


「何かと合金にして融点を上げる必要があります。バラムさん、導電合金に混ぜて融点が上がる素材、心当たりがありますか」


「……エルメタルという鉱石がある。硬度が高くて、融点も高い。ただし混ぜると加工が難しくなる」


「配合比率は試してみないとわかりませんね」


「時間がかかるぞ」


「かかるものはかかります」



 そこからが、本当の作業だった。


 エルメタルと導電合金を、様々な比率で混ぜた試作コテ先を、三日かけて七本作った。


 一本目:導電合金八割、エルメタル二割。

 → メイがエネルギーを注いだ瞬間、過剰発熱。コテ先が赤熱した。代用ハンダを当てると、母材ごと溶けた。


「熱が制御できてない」


「導電合金の比率が高いと、エネルギー変換効率が上がりすぎる」とメイが言った。


 二本目:六割四割。

 → 発熱は適正。しかし操作中にコテ先が細かく振動した。加工時に生じた内部応力が、熱で開放されている。


「焼き鈍しが足りなかったな」バラムが言った。「俺のミスだ」


「気づきましたか」


「鉄なら絶対やる工程だった。導電合金が絡むと、ついおかしくなる」



 三本目は焼き鈍しを丁寧に行った。


 バラムが炉でじっくりと熱を入れ、ゆっくりと冷却した。内部応力が抜ける工程だ。


 振動はなくなった。


 しかし今度は、先端の硬度が足りなかった。


 渉が試しにハンダ付けをすると、コテ先の先端が少しずつ削れていった。


「硬さが足りない。エルメタルの比率を上げるか、焼き入れを追加するか」


「焼き入れは難しいぞ。冷却のタイミングがシビアだ」


「バラムさんの感覚に任せます」


「……俺を信用するのか、そこは」


「六十三年の手ですから」



 四本目。焼き入れを追加した。


 バラムが炉から取り出すタイミングを、じっと炉の色を見ながら判断した。


「……今だ」


 冷却液に入れた。


 ジュ、という音。


 引き上げたコテ先を、渉が指の腹で確かめた。


「……硬度が上がってます」


 バラムが「ふん」と言った。照れていた。



 試作四本目で、ようやく条件が揃った。


 発熱量、硬度、振動なし。


 渉はメイに「これで一定に保ってください」と伝えた。


 メイがエネルギーを注いだ。


 渉は代用ハンダをコテ先に当てた。


 一秒後、静かに溶けた。


 流れた。


 細い金属板の接合部に、コテ先を当てた。


 ハンダが毛細管現象で吸い込まれるように流れた。


 渉はコテ先を離した。


 仕上がりを確認した。


「……よし」



 バラムが横で見ていた。


「四本目で出た」


「三本失敗しました」


「職人は失敗の数だけ覚える、と俺の師匠が言ってた」


「同じことを、工場の先輩も言ってました」


 バラムが少し笑った。


 渉も、少し笑った。



 完成した精密はんだごてを、渉は手に持った。


 グリップの重さが手に馴染んだ。


 バラムの試行錯誤が、形になっている道具だ。


 渉はメイを見た。


「メイさん、使う時は付き合ってもらえますか。俺一人では動かせないんで」


「もちろんです!」メイは即答した。少し照れた。「……研究上の必要があるので」


「ありがとうございます」


 バラムが渉に言った。


「次は何を作る」


「まだあります。時間を取ってもらえますか」


「取る。こういう仕事は久しぶりだ」


 渉はメモ帳を開いた。


 リストには、まだ項目が残っていた。


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           〈第三十一話 了〉

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【次話予告】

 道具を揃えながら、渉は街をまわっていた。

 古い道具屋の棚の奥に、錆びた金属片がまとめて詰め込まれていた。

 「これ、全部いくらですか」

 店主が「呪われたガラクタですよ」と言った。

 渉が一つを手に取り、目を細めた。

 「……JIS規格のネジだ」


試行錯誤の回です。

異世界の魔法素材といえど、熱をかければ軟化するし、配合を間違えれば使い物にならない。一発で成功させず、あえて「自重で曲がる」という情けない失敗を入れることで、渉とバラムの「現場の意地」がより際立った気がします。四本目でようやく形になった時の、二人の短い会話がお気に入りです。

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