第三十一話「魔導銀と、ハンダ付けの適温」
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第三十一話「導電合金と、ハンダ付けの適温」
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精密はんだごての設計には、根本的な問題があった。
温度の制御だ。
日本のはんだごては電気で発熱体を加熱し、温度センサーで制御する。しかしここに電気はない。
渉は二日間、その問題を考えた。
メモ帳に書いては消した。
三日目の朝、メイが来た。
「導電合金、という素材があります。エネルギーを熱に変換します。注ぎ込むエネルギーの量に比例して発熱します」
「熱伝導率は」
「銅より少し低いくらいです」
「コテ先に使えますね」渉はメモ帳を開いた。「エネルギーの制御は、どのくらいの精度で出せますか」
メイが手のひらに小さな光を出した。
「このくらいです。増減もできます」
「試してみましょう」
◆
バラムの工房で三人が集まった。
まず、導電合金のコテ先を試作した。
バラムが導電合金を溶かして、細い棒状に成形する。先端を斜めに研いで、熱が集中する形状にする。
渉が「先端の角度は四十五度、断面は少し楕円に」と指定した。
バラムが黙って作業した。
三十分後、コテ先の初号機が完成した。
渉はそれを柄に取り付けた。
メイがエネルギーを少量だけ注いだ。
コテ先が温まり始めた。
渉は手を近づけて、熱を確認した。
「……ちょうどいい温度です。これくらいで一定に」
代用ハンダを当てた。
溶けた。
流れた。
「いいですね。本番でも……」
◆
次の瞬間、コテ先が曲がった。
自重で。
ゆっくりと、ゆっくりと、先端が下を向いていった。
メイが「え」と言った。
渉が「あ」と言った。
バラムが無言で腕を組んだ。
◆
コテ先は完全に曲がり切って、使い物にならなくなった。
渉は外して、バラムの作業台に置いた。
「融点が低すぎます。操作温度より前に素材自体が軟化してる」
「……俺のせいか」
「素材の問題です。導電合金の純度が高すぎると、逆に融点が下がるのかもしれない」
バラムが腕を組んだ。
「俺は導電合金を扱ったことがなかった。融点は他の銀と同じだと思ってた」
「試したことがないと、わからないですよね」
「お前は怒らないのか」
「調整です。失敗じゃない」
◆
渉はメモ帳を開いた。
「何かと合金にして融点を上げる必要があります。バラムさん、導電合金に混ぜて融点が上がる素材、心当たりがありますか」
「……エルメタルという鉱石がある。硬度が高くて、融点も高い。ただし混ぜると加工が難しくなる」
「配合比率は試してみないとわかりませんね」
「時間がかかるぞ」
「かかるものはかかります」
◆
そこからが、本当の作業だった。
エルメタルと導電合金を、様々な比率で混ぜた試作コテ先を、三日かけて七本作った。
一本目:導電合金八割、エルメタル二割。
→ メイがエネルギーを注いだ瞬間、過剰発熱。コテ先が赤熱した。代用ハンダを当てると、母材ごと溶けた。
「熱が制御できてない」
「導電合金の比率が高いと、エネルギー変換効率が上がりすぎる」とメイが言った。
二本目:六割四割。
→ 発熱は適正。しかし操作中にコテ先が細かく振動した。加工時に生じた内部応力が、熱で開放されている。
「焼き鈍しが足りなかったな」バラムが言った。「俺のミスだ」
「気づきましたか」
「鉄なら絶対やる工程だった。導電合金が絡むと、ついおかしくなる」
◆
三本目は焼き鈍しを丁寧に行った。
バラムが炉でじっくりと熱を入れ、ゆっくりと冷却した。内部応力が抜ける工程だ。
振動はなくなった。
しかし今度は、先端の硬度が足りなかった。
渉が試しにハンダ付けをすると、コテ先の先端が少しずつ削れていった。
「硬さが足りない。エルメタルの比率を上げるか、焼き入れを追加するか」
「焼き入れは難しいぞ。冷却のタイミングがシビアだ」
「バラムさんの感覚に任せます」
「……俺を信用するのか、そこは」
「六十三年の手ですから」
◆
四本目。焼き入れを追加した。
バラムが炉から取り出すタイミングを、じっと炉の色を見ながら判断した。
「……今だ」
冷却液に入れた。
ジュ、という音。
引き上げたコテ先を、渉が指の腹で確かめた。
「……硬度が上がってます」
バラムが「ふん」と言った。照れていた。
◆
試作四本目で、ようやく条件が揃った。
発熱量、硬度、振動なし。
渉はメイに「これで一定に保ってください」と伝えた。
メイがエネルギーを注いだ。
渉は代用ハンダをコテ先に当てた。
一秒後、静かに溶けた。
流れた。
細い金属板の接合部に、コテ先を当てた。
ハンダが毛細管現象で吸い込まれるように流れた。
渉はコテ先を離した。
仕上がりを確認した。
「……よし」
◆
バラムが横で見ていた。
「四本目で出た」
「三本失敗しました」
「職人は失敗の数だけ覚える、と俺の師匠が言ってた」
「同じことを、工場の先輩も言ってました」
バラムが少し笑った。
渉も、少し笑った。
◆
完成した精密はんだごてを、渉は手に持った。
グリップの重さが手に馴染んだ。
バラムの試行錯誤が、形になっている道具だ。
渉はメイを見た。
「メイさん、使う時は付き合ってもらえますか。俺一人では動かせないんで」
「もちろんです!」メイは即答した。少し照れた。「……研究上の必要があるので」
「ありがとうございます」
バラムが渉に言った。
「次は何を作る」
「まだあります。時間を取ってもらえますか」
「取る。こういう仕事は久しぶりだ」
渉はメモ帳を開いた。
リストには、まだ項目が残っていた。
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〈第三十一話 了〉
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【次話予告】
道具を揃えながら、渉は街をまわっていた。
古い道具屋の棚の奥に、錆びた金属片がまとめて詰め込まれていた。
「これ、全部いくらですか」
店主が「呪われたガラクタですよ」と言った。
渉が一つを手に取り、目を細めた。
「……JIS規格のネジだ」
試行錯誤の回です。
異世界の魔法素材といえど、熱をかければ軟化するし、配合を間違えれば使い物にならない。一発で成功させず、あえて「自重で曲がる」という情けない失敗を入れることで、渉とバラムの「現場の意地」がより際立った気がします。四本目でようやく形になった時の、二人の短い会話がお気に入りです。




