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第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」

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第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」

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 スラッジが形をとった。


 人型、というよりは「人型に近い塊」だった。


 高さ二メートルほど。全身が黒くべたついた物質で構成されている。手足の輪郭はあるが、顔はない。胴体の内部で、何かがどろりと動いている。


 渉はそれを見て、少しだけ顔をしかめた。


「……汚いな」


「汚い、で済む話じゃないんですが」とフィオナが弓を引きながら言った。


「矢は効きますか」


「試してみます」


 フィオナが一本放った。


 矢がスラッジに刺さった。


 しかし、刺さったまま動かなくなった。


 スラッジが、矢ごと腕を振った。


「……粘性が高くて、突き刺すより飲み込む方向に作用してますね」


「俺の見立ても同じです。物理的な打撃より、溶かす方向が正しいと思います」



 渉は背負っていたタンクのノズルを前に向けた。


 タンクの中身はメイ製の洗浄液。クエン酸系を基本にして、マニュアルの成分表に合わせてスキルで調整してある。


「まず少量で試します」


 ノズルを絞って、スラッジの下半身に向けて吹いた。


 シュシュシュ、という音。


 白い霧がスラッジに当たった。


 一秒後。


 スラッジの表面が、泡立ち始めた。


 白い泡が黒い表面に広がり、そこだけ質量が小さくなっていく。


「……効いてる」



 渉はノズルを全開にした。


 洗浄液が噴霧から放水に変わった。


 スラッジの中央に直撃した。


 白い泡が全体を包んだ。


 スラッジが、音を立てた。


 べちゃ、べちゃ、という音。形が崩れていく。人型だった輪郭が、ただの塊に戻っていく。


 三十秒後、スラッジは床に広がる黒い液体になった。



 フィオナが感嘆した声を出した。


「……溶けた」


「汚れなんで、洗浄液が効きます」


「それを読んだマニュアルが凄いですね」


「前の担当者がちゃんと書き残してくれてたんで」


 渉はタンクの残量を確認した。まだ十五リットルある。


「もっと出てくる可能性があるので、地上に上がります」



 地上に出ると、状況は複雑だった。


 ダンジョンの各入り口から、大小さまざまなスラッジが出てきていた。


 小さいものは犬程度、大きいものは先ほどの人型より一回り大きい。全部で十体以上。


 リーニャが特務部隊を指揮して防衛線を張っていた。しかし刃物が効かないため、押し返せても倒せない状況だ。


「佐藤さん!」とリーニャが叫んだ。


「見てます。ゴールド、援護を頼む」


「了解」



 ゴールドが前に出た。


 スラッジを盾で押しのける動作で、渉の前のスペースを確保する。


 渉は地上のスラッジ全体を見渡した。


 十体以上。タンク一本では足りない。


「メイさん、補充できますか」


 メイが走り寄ってきた。


「できます! タンクはもう二本準備してあります!」


「こっちを下ろします。交換してください」


 渉は背中のタンクを地面に下ろした。メイが空になった予備タンクを外して、新しいタンクを接続する。手際がよかった。練習したらしい。


「接続完了です!」


「ありがとう」



 渉は新しいタンクを背負って、前に進んだ。


 スラッジが向かってくる。


 渉はノズルを向けた。


 ゴールドが右側をブロックする。


 フィオナが遠距離から矢で牽制して、スラッジの動きを制限する。


 リーニャが特務部隊に「物理攻撃は無効、洗浄液のルートを確保しろ」と指示を出す。


 四人の動きが、自然に連携していた。



 渉はスラッジに向かって噴霧を続けた。


 一体目。溶ける。


 二体目。近距離からノズルを向ける。溶ける。


 三体目は大型だった。一吹きでは足りない。渉は回り込みながら全面に当てた。時間をかけたが、溶けた。


 東條が横に来て剣を構えた。


「俺にできることはあるか」


「スラッジが動きながら溶けていくので、液体になった部分が滑ります。足元を確保していただけると助かります」


「……わかった」


 東條は剣を引いて、渉の周囲の液体を板で掻き出し始めた。


 Sランク探索者が滑り止め要員になっていた。



 一時間後。


 広場のスラッジは全滅した。


 地面は黒い液体まみれだった。全員の服が、相当な汚れになっていた。


 渉はタンクを下ろして、残量を確認した。ほぼ空だった。


「……ちょうどよかったな」


「計算してたんですか」と東條が聞いた。


「大体の見当です」


 東條がため息をついた。


「……あんたと仕事すると、何かを考え直させられる気がするな」


「何をですか」


「わからない。でも、何かを」



 その時、ゴールドが言った。


「マスター。第三詰まり、解消。全洗浄経路、通過確認」


「ありがとう。コアの状態は」


「安定。フラッシング完了まで、残り二時間の見込み」


「わかりました」


 渉はメモ帳を出した。


 工程表の「第三詰まり解消」の欄にチェックを入れた。



 メイが渉の横に来た。


「……佐藤さんが自作した噴霧器、あれで全部倒しましたね」


「洗浄液が効いただけです」


「ケルヒャーというんでしたっけ」


「本物のケルヒャーじゃないですよ。参考にして作っただけで」


「でも倒せた」


「倒したというより、溶かしたというか……洗い流した、が正確ですね」


 メイが笑った。


「洗い流した、か。佐藤さんらしいですね」


「そうですか」


 渉はメモ帳を仕舞った。


 あと二時間で、フラッシング完了だ。


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           〈第二十八話 了〉

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【次話予告】

 ゴールドが言った。「フラッシング完了」

 ダンジョンの空気が、変わった。

 街の人々が空を見上げた。澄んだ光が降りてきていた。

 渉はメモ帳の工程表の最後の欄にチェックを入れた。

 そして、バックアップ室の棚の奥に、見落としていたものを見つけた。

第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」あとがき

ケルヒャー(自作)無双。

ファンタジー世界の魔物に対して「成分がクエン酸だから溶ける」と言い切るおっさん、描いていて楽しかったです。

物理攻撃が効かない相手に、一番効くのは「適切なケミカル」だというのは、解体現場でもよくある話です。

さて、大掃除もいよいよ大詰めです。

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