第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」
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第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」
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スラッジが形をとった。
人型、というよりは「人型に近い塊」だった。
高さ二メートルほど。全身が黒くべたついた物質で構成されている。手足の輪郭はあるが、顔はない。胴体の内部で、何かがどろりと動いている。
渉はそれを見て、少しだけ顔をしかめた。
「……汚いな」
「汚い、で済む話じゃないんですが」とフィオナが弓を引きながら言った。
「矢は効きますか」
「試してみます」
フィオナが一本放った。
矢がスラッジに刺さった。
しかし、刺さったまま動かなくなった。
スラッジが、矢ごと腕を振った。
「……粘性が高くて、突き刺すより飲み込む方向に作用してますね」
「俺の見立ても同じです。物理的な打撃より、溶かす方向が正しいと思います」
◆
渉は背負っていたタンクのノズルを前に向けた。
タンクの中身はメイ製の洗浄液。クエン酸系を基本にして、マニュアルの成分表に合わせてスキルで調整してある。
「まず少量で試します」
ノズルを絞って、スラッジの下半身に向けて吹いた。
シュシュシュ、という音。
白い霧がスラッジに当たった。
一秒後。
スラッジの表面が、泡立ち始めた。
白い泡が黒い表面に広がり、そこだけ質量が小さくなっていく。
「……効いてる」
◆
渉はノズルを全開にした。
洗浄液が噴霧から放水に変わった。
スラッジの中央に直撃した。
白い泡が全体を包んだ。
スラッジが、音を立てた。
べちゃ、べちゃ、という音。形が崩れていく。人型だった輪郭が、ただの塊に戻っていく。
三十秒後、スラッジは床に広がる黒い液体になった。
◆
フィオナが感嘆した声を出した。
「……溶けた」
「汚れなんで、洗浄液が効きます」
「それを読んだマニュアルが凄いですね」
「前の担当者がちゃんと書き残してくれてたんで」
渉はタンクの残量を確認した。まだ十五リットルある。
「もっと出てくる可能性があるので、地上に上がります」
◆
地上に出ると、状況は複雑だった。
ダンジョンの各入り口から、大小さまざまなスラッジが出てきていた。
小さいものは犬程度、大きいものは先ほどの人型より一回り大きい。全部で十体以上。
リーニャが特務部隊を指揮して防衛線を張っていた。しかし刃物が効かないため、押し返せても倒せない状況だ。
「佐藤さん!」とリーニャが叫んだ。
「見てます。ゴールド、援護を頼む」
「了解」
◆
ゴールドが前に出た。
スラッジを盾で押しのける動作で、渉の前のスペースを確保する。
渉は地上のスラッジ全体を見渡した。
十体以上。タンク一本では足りない。
「メイさん、補充できますか」
メイが走り寄ってきた。
「できます! タンクはもう二本準備してあります!」
「こっちを下ろします。交換してください」
渉は背中のタンクを地面に下ろした。メイが空になった予備タンクを外して、新しいタンクを接続する。手際がよかった。練習したらしい。
「接続完了です!」
「ありがとう」
◆
渉は新しいタンクを背負って、前に進んだ。
スラッジが向かってくる。
渉はノズルを向けた。
ゴールドが右側をブロックする。
フィオナが遠距離から矢で牽制して、スラッジの動きを制限する。
リーニャが特務部隊に「物理攻撃は無効、洗浄液のルートを確保しろ」と指示を出す。
四人の動きが、自然に連携していた。
◆
渉はスラッジに向かって噴霧を続けた。
一体目。溶ける。
二体目。近距離からノズルを向ける。溶ける。
三体目は大型だった。一吹きでは足りない。渉は回り込みながら全面に当てた。時間をかけたが、溶けた。
東條が横に来て剣を構えた。
「俺にできることはあるか」
「スラッジが動きながら溶けていくので、液体になった部分が滑ります。足元を確保していただけると助かります」
「……わかった」
東條は剣を引いて、渉の周囲の液体を板で掻き出し始めた。
Sランク探索者が滑り止め要員になっていた。
◆
一時間後。
広場のスラッジは全滅した。
地面は黒い液体まみれだった。全員の服が、相当な汚れになっていた。
渉はタンクを下ろして、残量を確認した。ほぼ空だった。
「……ちょうどよかったな」
「計算してたんですか」と東條が聞いた。
「大体の見当です」
東條がため息をついた。
「……あんたと仕事すると、何かを考え直させられる気がするな」
「何をですか」
「わからない。でも、何かを」
◆
その時、ゴールドが言った。
「マスター。第三詰まり、解消。全洗浄経路、通過確認」
「ありがとう。コアの状態は」
「安定。フラッシング完了まで、残り二時間の見込み」
「わかりました」
渉はメモ帳を出した。
工程表の「第三詰まり解消」の欄にチェックを入れた。
◆
メイが渉の横に来た。
「……佐藤さんが自作した噴霧器、あれで全部倒しましたね」
「洗浄液が効いただけです」
「ケルヒャーというんでしたっけ」
「本物のケルヒャーじゃないですよ。参考にして作っただけで」
「でも倒せた」
「倒したというより、溶かしたというか……洗い流した、が正確ですね」
メイが笑った。
「洗い流した、か。佐藤さんらしいですね」
「そうですか」
渉はメモ帳を仕舞った。
あと二時間で、フラッシング完了だ。
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〈第二十八話 了〉
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【次話予告】
ゴールドが言った。「フラッシング完了」
ダンジョンの空気が、変わった。
街の人々が空を見上げた。澄んだ光が降りてきていた。
渉はメモ帳の工程表の最後の欄にチェックを入れた。
そして、バックアップ室の棚の奥に、見落としていたものを見つけた。
第二十八話「スラッジには洗浄液が効く」あとがき
ケルヒャー(自作)無双。
ファンタジー世界の魔物に対して「成分がクエン酸だから溶ける」と言い切るおっさん、描いていて楽しかったです。
物理攻撃が効かない相手に、一番効くのは「適切なケミカル」だというのは、解体現場でもよくある話です。
さて、大掃除もいよいよ大詰めです。




