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第二十七話「汚れてもいい服に着替えろ」

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第二十七話「汚れてもいい服に着替えろ」

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 作業開始は、朝の六時に設定した。


 前日から、リーニャが特務部隊と周辺の探索者パーティに声をかけていた。「ダンジョンで大規模な洗浄作業を行う。一時的に魔物が出現する可能性があるため、管理棟周辺の防衛に協力してほしい」という内容だ。


 集まったのは特務部隊の一隊、Sランクパーティ二組、Aランクパーティ四組。


 管理棟前の広場に並んでいる面々を見て、渉は少し驚いた。


「思ったより集まりましたね」


「佐藤さんの話なら協力する、という人たちが多くて」とリーニャが言った。


「俺の話じゃなくてダンジョンの洗浄の話ですが」


「同じです」



 渉は広場の前に立った。


 三十人以上が自分を見ている。


 普段、こういう場には出ない。工場でも、現場のリーダーが仕切ることはあっても、前に立って指示を出すのは別の人間だった。


 しかし今日は、渉しかわかる人間がいない。


 渉はメモ帳を開いた。


「今日の作業について説明します。ダンジョン全体の浄化経路の洗浄です。汚れが溜まっていて、流れが詰まっているので、洗浄液を流して一括で押し出します」


 全員が静かに聞いている。


「作業中、ダンジョン内から汚れが具現化した魔物が出てくる可能性があります。それを抑えてもらうのが、今日皆さんにお願いしたいことです」


 Sランクパーティのリーダー、東條が前に出た。


「魔法は効くのか?」


「試してみないとわかりませんが、スラッジ系の相手は物理の方が効きやすいと思います。べたつく性質があると思うので、距離を取って戦うのがいいかもしれない」


「経験則か」


「似たようなものを工場で何度か見てきました」



 作業着の東條が渉を見た。


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「あんたは今日、何をする」


「コアのスイッチを入れる作業と、詰まりが解消されたか確認する作業です。後はスラッジが出てきた時に対処します」


「対処、というのは」


「洗浄液を当てます。溶けるはずなんで」


「……噴霧器でも持つのか」


「作りました、昨日」



 渉がシートを外すと、その下に金属製の大型タンクが現れた。


 背負い式のタンク。出口にホースが伸びており、先端にノズルがついている。容量は二十リットルほど。ゴールドの材料部品と、管理棟の倉庫にあった金属パイプを組み合わせて作った。


 中身は、メイがスキルで生成した洗浄液だ。


 東條が沈黙した。


 周囲の探索者たちも沈黙した。


「……一晩で作ったのか」


「昨日の夜に。構造は単純です、ケルヒャーの高圧洗浄機に近い設計にしました」


「ケルヒャー?」


「……高圧の洗浄機です。日本のホームセンターで売ってます」


「それがここには売ってないから、作ったのか」


「そうです」


 東條がしばらく渉を見た。


「……わかった。任せる」



 六時、作業開始。


 渉とゴールドが第七層最深部に入った。


 コアの制御盤は、マニュアルを読んで場所がわかっていた。コア本体の横、壁に埋め込まれた金属のパネルだ。


 渉がパネルを開いた。


 内部に、レバーが三本。


 マニュアルの通りの配置だった。


「フラッシングモード開始手順。第一レバーを下げて、三秒待ってから第二レバーを上げる。最後に第三レバーを下げると同時に第二レバーを戻す」


 渉は手順を確認してから、第一レバーを下げた。



 三秒後、第二レバーを上げた。


 ダンジョン全体が、低く唸った。


 コアの光が変わった。金色から、深い青色へ。


 渉は第三レバーを下げ、同時に第二を戻した。


 その瞬間、足元の床が振動した。


 ゴールドが「洗浄シーケンス、開始」と言った。



 地上では、大変なことになっていた。


 ダンジョンの入り口から、黒っぽい霧が噴き出してきた。廃液の霧だ。異臭がある。


 集まっていた探索者たちがざわめいた。


「なんだこれ!」


「瘴気か!?」


「退避するか!?」


 その時、ゴールドの音声中継で渉の声が流れた。


「汚れてもいい服に着替えてあれば問題ない。洗浄作業中だ。黒い霧は廃液なので、触れても害はないが、服が汚れる。ポジションを維持してください」


 探索者たちが顔を見合わせた。


「……服が汚れるって言った」


「洗浄作業、って言った」


「……なんか、急に現場感が出てきたな」



 リーニャが前に立った。


「指示の通りです! 各自のポジションを維持してください!」


 特務部隊が動いた。Sランクパーティも散開した。


 東條が少し笑った。


「……いい現場監督だ、あのおっさん」


「そうでしょう」とリーニャが言った。ちょっと誇らしそうな顔をしていた。



 地下では、渉が詰まりの状況を確認しながら移動していた。


 洗浄液が流れ始めると、各層の壁に埋め込まれた経路から、黒いものが滲み出てきた。


 五十年分の汚れだ。


 渉はマニュアルの図と照らし合わせながら、「第二詰まり、解消しつつある」「第三詰まり、まだ抵抗がある」とゴールドに中継させた。


 フィオナが横で弓を構えながら言った。


「……汚れがひどいですね」


「これが全部、外に出れば終わりです」


「佐藤さんの服、すごいことになってますよ」


 渉の作業着は、黒い廃液で相当な汚れになっていた。


「洗えば落ちます」


「落ちますか、これ」


「ワークマンのは落ちます」



 そして、それが動き始めた。


 第三層の通路の先で、黒い塊が形をとり始めた。


 スラッジだ。


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           〈第二十七話 了〉

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【次話予告】

 黒い塊が、人型の形をとった。

 「魔物だ!」と周囲が叫んだ。

 渉は噴霧器のノズルを向けた。

 「洗浄液が効くはずだ。試してみる」

第二十七話「汚れてもいい服に着替えろ」あとがき

現場の基本ですね、汚れてもいい服。

どんなにかっこいいS級冒険者も、泥と油にまみれたらただの作業員です。

渉が無線ゴールドで指示を出すシーンは、監督というよりは「ベテランの整備主任」をイメージしました。

次回、いよいよ「あの汚れ」が動き出します。

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