第二十六話「でかいオイルフィルターと、フラッシングの提案」
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第二十六話「でかいオイルフィルターと、フラッシングの提案」
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翌日の昼。
渉はマニュアル第七章を三回読んだ。
読むたびに、全体像が鮮明になってきた。
ダンジョンの構造は、渉が最初から薄々感じていた通りだった。ただ機兵が守る迷宮ではなく、何かを処理するための設備だ。各層に役割がある。入口から取り込んで、層ごとに分解して、最深部で無害化して、外に出す。
全部、流れだ。
渉はメモ帳に図を描いた。
三角形を横に倒したような形。左から右へ、流れが通っている。
その流れが、今は三か所で詰まっている。
「……でかいオイルフィルターだな」
◆
夕方、全員を集めた。
渉、リーニャ、メイ、フィオナ、ゴールド、そして田所。
田所は「なぜ私が」という顔をしたが、「管理棟に関係する話なんで」という渉の一言で来た。
渉は図を見せながら説明した。
「このダンジョンは浄化設備です。異世界の汚染物質を取り込んで、無害化して外に出すためのシステムだ」
全員が黙って聞いていた。
「今、浄化経路が三か所、詰まっています。設計者のマニュアルに、五十年に一度フラッシングが必要と書いてある。前の担当者がそれをできないまま去ったので、俺がやります」
「フラッシング、というのは」とメイが聞いた。
「エンジンの油路洗浄と同じです。洗浄液を流して、溜まった汚れを一気に押し流す。車でいえばエンジンフラッシングですね。オイルパンの底に溜まったスラッジを溶かして排出する」
「スラッジ……」
「油と汚れが混ざって固まったものです。放置するとエンジンが詰まる。このダンジョンで言えば、エネルギー汚染物質が固まったやつが、あちこちに溜まっている」
◆
メイが手を上げた。
「あの……それをすると、どうなりますか」
「洗浄液が全体に流れる間、ダンジョンが振動します。汚れが溶け出して、廃液として出てくる。一時的にエネルギーの乱れが起きると思います」
「一時的、というのはどのくらい」
「マニュアルには、作業時間の目安が半日から一日、と書いてあります」
「半日……」メイが少し青ざめた。「その間、ダンジョン内の機兵は?」
「システムが洗浄モードに入れば、機兵は一時的に非活性化されます。代わりにスラッジが動き出す可能性がある」
「スラッジが……動く?」
「マニュアルにそう書いてある。汚れが一定以上蓄積すると、自律的に動き始める。これが洗浄の最大のリスクだ」
◆
田所が手を上げた。
「つまり、大量の魔物が出てくる可能性がある、ということですか」
「そうなります」
「……それは、かなり大きな話では」
「そうですね。だから周囲の探索者や特務部隊には事前に伝えないといけない。防衛の準備も必要です」
「佐藤さん、あなたそれを……一人で決めようとしてます?」
「俺一人ではできないです。全員の協力が必要です」
「そこはちゃんとわかってるんですね」と田所が少し安堵した顔をした。
◆
リーニャが立ち上がった。
「防衛は私が担います。特務部隊の伝手で、周辺の探索者パーティにも協力を求めます」
「ありがとうございます」
「洗浄液の調達は私が」とメイが続けた。「必要な量と成分を教えてもらえれば、代替品をスキルで生成できるか検討します」
「成分は第七章に書いてあるんで、後で一緒に見てもらえますか」
「わかりました」
フィオナが渉を見た。
「私は何をすればいいですか」
「俺の横で弓を持っていてください。スラッジが出てきた時に、俺の手が塞がってたら頼むことになります」
「わかりました」フィオナは頷いた。「怖くないんですか、スラッジ」
「どんな形か見てみないとわからないですが、油汚れならどうにかなるでしょう」
◆
会議の後、メイが渉を引き止めた。
「……設計者の音声で、『このシステムは必要な人間を引き寄せる』と言っていました」
「そうでしたね」
「佐藤さんがここに来たのは、このフラッシングのために呼ばれたということですか」
渉は少し考えた。
「わからないですが……俺がここでやってることは、前の担当者の引き継ぎを進めることだけです。呼ばれたかどうかは関係ない。仕事があるから、やる。それだけです」
「それだけ、ですか」
「それだけです」
メイはしばらく渉を見ていた。
「……設計者もきっと、同じことを言ったと思います」
「そうかもしれないですね」
◆
その夜、渉はフラッシングの工程表を完成させた。
A5メモ帳、三ページ分。
工程、必要材料、担当者、リスクと対処、完了確認の方法。
工場でやってきたのと、同じ書き方だ。
最後に一行書き足した。
「完了後:設計者への報告(マニュアル記録欄に記入)」
渉はボールペンを置いて、工程表を眺めた。
でかい仕事だ。
でも、順番にやれば終わる。
機械の仕事は、いつもそうだ。
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〈第二十六話 了〉
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【次話予告】
準備完了。フラッシング開始。
渉がコアのスイッチを入れた瞬間、ダンジョン全体が震えた。
管理棟の外に集まっていた冒険者たちがパニックになりかけた時、
渉が無線機(ゴールドの音声中継)で言った。
「汚れてもいい服に着替えてあれば問題ない。洗浄作業中だ」
第二十六話「でかいオイルフィルターと、フラッシングの提案」あとがき
「ダンジョン=浄化装置」説。
おっさんの目には、魔法の迷宮も巨大な機械に見えているようです。
エンジンフラッシングって、古い車だと汚れが落ちすぎて逆にオイル漏れしたりすることもあるんですよね。ダンジョン規模でそれをやるとなると……まあ、ろくなことにならない予感しかしません。
次話、現場は戦場になります。




