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第二十五話「設計者からのボイスメモ」

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第二十五話「設計者からのボイスメモ」

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 ゴールドの再起動は、翌朝に完了した。


 起動シーケンスを正規の手順で踏み直し、各部の動作確認を一通りやった。異常なし。昨夜の強制起動によるダメージは、幸い表層部のデータの乱れだけで済んでいた。


 渉がトルクレンチを仕舞った時、ゴールドが言った。


「マスター。一つ、聞いてもよいか」


「どうぞ」


「再起動の際に、深層メモリへのアクセスが一時的に開いた。そこに……設計者の記録が残っていることを、確認した」


 渉は手を止めた。


「記録、というのは」


「音声だ。映像はない。設計者が、我の記憶領域に直接録音したものと思われる」


「……聞けるか」


「マスターにだけ、聞かせることができる」



 三人を呼んだ。


 メイが「聞いていいんですか」と言った。


「設計者の記録なんで、全員で聞いた方がいいと思います」


 ゴールドが胸部の装甲を少し開いた。


 内部から、スピーカーに相当するらしい部品が露出した。


「再生する」



 最初は雑音だった。


 砂嵐のような、テープの走行音に似たノイズ。


 そして、声が出てきた。


 男の声だった。


 中年か、それより少し上。落ち着いた、低い声。


 日本語だった。


『……これを聞いているということは、システムがある程度動いている状態ということだな。まずそれを確認できて、少し安心した』


 渉は黙って聞いた。


『俺はここに来て、もう三十年になる。最初は何もわからなかったが、向こうで覚えた技術が、案外ここでも通用した。機械は、どこでも機械だ』



『ダンジョンというのは、俺たちの言葉で言えば「プラント」に近い。大規模な浄化設備だ。異世界の汚染物質を取り込んで、無害化して、外に出す。そのための設備だ。俺が来る前は、誰もそれを知らなかった。ただ「魔物が出る危険な場所」として放置されていた』


 メイが口を押えた。


『設計図は残っていたが、読める者がいなかった。俺が読んだ。日本語だったからな。どうやら同郷の者が、もっと昔に作ったらしい。誰かは知らない。でも、仕事は丁寧だった』


『俺はその設計図を元に、できる範囲で修繕してきた。ゴールドたちに整備手順を教えた。マニュアルも書いた。でも、俺の技術には限界があった』



 少し間があった。


『いつかここに、同郷の整備士が来ると思う。俺が呼んだわけじゃないが、このシステムはそういうふうにできているらしい。必要な時に、必要な人間を引き寄せる』


『だから、引き継ぎ事項を残しておく』


 ここで渉が、小さく「ああ」と声を漏らした。


『冷却系は定期的な洗浄が必要。スケールが溜まりやすい。酸性洗浄液を推奨する。音声系統は端子の酸化に注意。フィルターシステムは五十年に一度、全体フラッシングが必要だ。俺はそれができなかった。時間が足りなかった』


『……頼む。あとは、よろしく頼む』


 声が途切れた。


 雑音だけが残り、それも消えた。



 沈黙が続いた。


 メイが眼鏡を外して、袖で目を拭った。


 リーニャが盾を持つ手をきつく握っていた。


 フィオナが静かに目を閉じていた。


 渉は少し考えてから、口を開いた。


「……引き継ぎ事項が多いな」


 三人が渉を見た。


「冷却系は直した。音声系も直した。フラッシングは、まだだ。順番にやっていくか」


「……佐藤さん」とリーニャが言った。


「ん?」


「今の声を聞いて、それだけですか」


「他に何があるんですか」


「あの人は……三十年、一人でここを維持して……最後に後継者に頼んで……」


「俺への引き継ぎ音声だったんでしょう。ありがたいですよ。マニュアルも残してくれてたし、丁寧な仕事をした人だ」



 メイが手帳を広げた。


「設計者の音声記録の分析なんですが……『必要な時に必要な人間を引き寄せる』という発言から考えると、ダンジョン自体に意思があって、佐藤さんを……」


「フラッシングの手順を確認したいんですが」と渉がゴールドに言った。


「マニュアルの第七章に詳細がある」


「第七章があったんですか。まだそこまで読んでなかった」


「佐藤さん、聞いてます!?」


「聞いてますよ。後でゆっくり話しましょう、メイさん」



 渉はゴールドと共に、バックアップ室に向かった。


 マニュアルの第七章を開いた。


「全体フラッシング、か」


 読み始めると、作業の規模が見えてきた。


 大規模だった。


 ダンジョン全体の浄化経路に、洗浄液を流す。詰まりを一括で押し流す。五十年分の汚れを、一度に排出する。


 渉は読みながら、頭の中で工程を組み立てた。


 段取り。必要な材料。時間。人員。


「……前の人が言う通り、でかい仕事だな」


 渉はメモ帳を取り出した。


 ボロボロのA5サイズ。いつものやつ。


 一ページ目に書いた。


「フラッシング作業 工程表(案)」



 その夜、渉はメモ帳に工程を書きながら、ふと思った。


 三十年、一人でここを守った人間がいた。


 日本から来て、言葉も道具も違う場所で、三十年。


 渉は今、ここに来てまだ数ヶ月だ。


 その数ヶ月で、その人が「できなかった」と言ったことをやろうとしている。


 ……おこがましいか、とは思わなかった。


 ただ、「そういう仕事だ」と思った。


 前の担当者が残した現場を、次の担当者が引き受ける。


 工場でも、ダンジョンでも、変わらない。


 渉はメモ帳のページをめくった。


 工程表の続きを書いた。


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           〈第二十五話 了〉

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【次話予告】

 マニュアル第七章を読み終えた渉が、静かに言った。

 「このダンジョン……でかいオイルフィルターだな」

 メイが「は?」という顔をした。

 「詰まってる。全部、フラッシングで押し流す」

第二十五話「設計者からのボイスメモ」あとがき

設計者、出ちゃいましたね。

でも渉に言わせれば「前の担当者」です。現場に入って一番嬉しいのは、完璧な引き継ぎ資料があること。逆に一番キついのは、前任者が適当に隠した不具合が後から噴き出すことです。

設計者さんはどうやら「良い先輩」だったようですが、残された仕事の量はエグいですね。

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