第二十五話「設計者からのボイスメモ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第二十五話「設計者からのボイスメモ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ゴールドの再起動は、翌朝に完了した。
起動シーケンスを正規の手順で踏み直し、各部の動作確認を一通りやった。異常なし。昨夜の強制起動によるダメージは、幸い表層部のデータの乱れだけで済んでいた。
渉がトルクレンチを仕舞った時、ゴールドが言った。
「マスター。一つ、聞いてもよいか」
「どうぞ」
「再起動の際に、深層メモリへのアクセスが一時的に開いた。そこに……設計者の記録が残っていることを、確認した」
渉は手を止めた。
「記録、というのは」
「音声だ。映像はない。設計者が、我の記憶領域に直接録音したものと思われる」
「……聞けるか」
「マスターにだけ、聞かせることができる」
◆
三人を呼んだ。
メイが「聞いていいんですか」と言った。
「設計者の記録なんで、全員で聞いた方がいいと思います」
ゴールドが胸部の装甲を少し開いた。
内部から、スピーカーに相当するらしい部品が露出した。
「再生する」
◆
最初は雑音だった。
砂嵐のような、テープの走行音に似たノイズ。
そして、声が出てきた。
男の声だった。
中年か、それより少し上。落ち着いた、低い声。
日本語だった。
『……これを聞いているということは、システムがある程度動いている状態ということだな。まずそれを確認できて、少し安心した』
渉は黙って聞いた。
『俺はここに来て、もう三十年になる。最初は何もわからなかったが、向こうで覚えた技術が、案外ここでも通用した。機械は、どこでも機械だ』
◆
『ダンジョンというのは、俺たちの言葉で言えば「プラント」に近い。大規模な浄化設備だ。異世界の汚染物質を取り込んで、無害化して、外に出す。そのための設備だ。俺が来る前は、誰もそれを知らなかった。ただ「魔物が出る危険な場所」として放置されていた』
メイが口を押えた。
『設計図は残っていたが、読める者がいなかった。俺が読んだ。日本語だったからな。どうやら同郷の者が、もっと昔に作ったらしい。誰かは知らない。でも、仕事は丁寧だった』
『俺はその設計図を元に、できる範囲で修繕してきた。ゴールドたちに整備手順を教えた。マニュアルも書いた。でも、俺の技術には限界があった』
◆
少し間があった。
『いつかここに、同郷の整備士が来ると思う。俺が呼んだわけじゃないが、このシステムはそういうふうにできているらしい。必要な時に、必要な人間を引き寄せる』
『だから、引き継ぎ事項を残しておく』
ここで渉が、小さく「ああ」と声を漏らした。
『冷却系は定期的な洗浄が必要。スケールが溜まりやすい。酸性洗浄液を推奨する。音声系統は端子の酸化に注意。フィルターシステムは五十年に一度、全体フラッシングが必要だ。俺はそれができなかった。時間が足りなかった』
『……頼む。あとは、よろしく頼む』
声が途切れた。
雑音だけが残り、それも消えた。
◆
沈黙が続いた。
メイが眼鏡を外して、袖で目を拭った。
リーニャが盾を持つ手をきつく握っていた。
フィオナが静かに目を閉じていた。
渉は少し考えてから、口を開いた。
「……引き継ぎ事項が多いな」
三人が渉を見た。
「冷却系は直した。音声系も直した。フラッシングは、まだだ。順番にやっていくか」
「……佐藤さん」とリーニャが言った。
「ん?」
「今の声を聞いて、それだけですか」
「他に何があるんですか」
「あの人は……三十年、一人でここを維持して……最後に後継者に頼んで……」
「俺への引き継ぎ音声だったんでしょう。ありがたいですよ。マニュアルも残してくれてたし、丁寧な仕事をした人だ」
◆
メイが手帳を広げた。
「設計者の音声記録の分析なんですが……『必要な時に必要な人間を引き寄せる』という発言から考えると、ダンジョン自体に意思があって、佐藤さんを……」
「フラッシングの手順を確認したいんですが」と渉がゴールドに言った。
「マニュアルの第七章に詳細がある」
「第七章があったんですか。まだそこまで読んでなかった」
「佐藤さん、聞いてます!?」
「聞いてますよ。後でゆっくり話しましょう、メイさん」
◆
渉はゴールドと共に、バックアップ室に向かった。
マニュアルの第七章を開いた。
「全体フラッシング、か」
読み始めると、作業の規模が見えてきた。
大規模だった。
ダンジョン全体の浄化経路に、洗浄液を流す。詰まりを一括で押し流す。五十年分の汚れを、一度に排出する。
渉は読みながら、頭の中で工程を組み立てた。
段取り。必要な材料。時間。人員。
「……前の人が言う通り、でかい仕事だな」
渉はメモ帳を取り出した。
ボロボロのA5サイズ。いつものやつ。
一ページ目に書いた。
「フラッシング作業 工程表(案)」
◆
その夜、渉はメモ帳に工程を書きながら、ふと思った。
三十年、一人でここを守った人間がいた。
日本から来て、言葉も道具も違う場所で、三十年。
渉は今、ここに来てまだ数ヶ月だ。
その数ヶ月で、その人が「できなかった」と言ったことをやろうとしている。
……おこがましいか、とは思わなかった。
ただ、「そういう仕事だ」と思った。
前の担当者が残した現場を、次の担当者が引き受ける。
工場でも、ダンジョンでも、変わらない。
渉はメモ帳のページをめくった。
工程表の続きを書いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〈第二十五話 了〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話予告】
マニュアル第七章を読み終えた渉が、静かに言った。
「このダンジョン……でかいオイルフィルターだな」
メイが「は?」という顔をした。
「詰まってる。全部、フラッシングで押し流す」
第二十五話「設計者からのボイスメモ」あとがき
設計者、出ちゃいましたね。
でも渉に言わせれば「前の担当者」です。現場に入って一番嬉しいのは、完璧な引き継ぎ資料があること。逆に一番キついのは、前任者が適当に隠した不具合が後から噴き出すことです。
設計者さんはどうやら「良い先輩」だったようですが、残された仕事の量はエグいですね。
ブックマークして待っててください。




