第二十四話「言ったろう、焼き付くと」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第二十四話「言ったろう、焼き付くと」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
夜の十一時。
渉が工房でマニュアルの続きを読んでいた時、管理棟の警報が鳴り始めた。
低く、長い警報音。
渉はマニュアルを閉じた。
工具を手に取り、工房を出た。
◆
管理棟の方向から、光が見えた。
金色の光だった。
ゴールドの光だが、いつもとは違う。
脈打つように明滅していた。
渉は走った。
◆
管理棟前の広場に着くと、惨状があった。
兵士が数名、広場の端に退避していた。スキル使いがスキルを展開しているが、効いていない。神崎が呆然と立っていた。
ゴールドが広場の中央で、ランダムに動いていた。
右に三歩、左に二歩、その場で回転、急停止。また右に。
頭部が不規則に向きを変えている。胸の光が明滅している。
システムエラーの状態だった。
◆
渉は神崎の前に立った。
「何をしたんですか」
神崎の顔が、初めて見るくらい消耗していた。
「私ではありません。上の……別の部署が、二の命令書を持ち込んで。私が止める前に……渉さんの不在を確認して、強制起動コードを……」
「強制起動コードなんか、どこで入手した」
「マニュアルの……コアのバックアップ室から、写本が……」
渉は少し目を細めた。
「写本を取ったのはあなたですか」
「私ではありませんが……私の部下が協力してしまいました。申し訳ない」
「謝罪は後でいいです」
渉はゴールドに向かって歩き出した。
◆
ゴールドがランダムに動いている正面に立った。
「ゴールド」
ゴールドの動きが、一瞬だけ止まった。
「エラーが出てるな。聞こえるか」
「…………ヴぁ……マス……タ……ヴぁぁ……」
音声が崩れていた。第十八話の接触不良の時に似ているが、今回は全身に出ている。
渉はゴールドの動きのパターンを観察した。
三十秒ほど見続けた。
リズムがある。完全にランダムではない。ある周期で、同じ動作を繰り返している。
「……動力系が過負荷でハンチングしてる」
◆
ハンチング、というのは機械用語だ。
制御系が不安定になって、目標値の周囲を行ったり来たりする現象。エンジンでもシステム制御でも起きる。
原因は、強制起動によって通常の起動シーケンスを飛ばしたことだろう。段階的に上げるべき出力を、一気に上げたため、制御が追いつかなくなっている。
対処は、緊急停止してから正しい手順で再起動する。それだけだ。
ただし緊急停止スイッチの場所を知っている必要がある。
渉はマニュアルを思い出した。
第五章、緊急停止手順。
◆
「緊急停止スイッチは左肩甲骨部の装甲裏に設置。外側からバールで三回叩くと露出する。スイッチはトグル型。左に倒す」
渉はバールを取り出した。
ゴールドが右に向かって動き出した。
「待て」
ゴールドが止まった。
一秒だけ、止まった。
渉はその一秒で、ゴールドの背後に回った。
左肩甲骨部の装甲。ここだ。
バールの先端で、三回叩いた。
コン、コン、コン。
装甲の一部が、ぱかりと外れた。
中に、小さなスイッチが見えた。
渉は左に倒した。
◆
ゴールドの光が、全部消えた。
広場が、急に暗くなった。
静寂。
ゴールドが、ゆっくりと膝をついた。
そのまま、静止した。
◆
誰も、しばらく口を開かなかった。
渉はバールをバッグに戻した。
振り返ると、広場の端に退避していた兵士たちと、神崎と、その隣に見慣れない男が立っていた。
中年の、神崎より上の立場と思しき男だった。
渉は、その男の前に歩いていった。
広場に足音だけが響いた。
渉は男の前に立った。
「あなたが強制起動を命令したんですか」
男が少し後退りした。
「……国家の……緊急の……」
「結果を見てください」
渉は広場を示した。
膝をついたゴールド。退避した兵士たち。消えた光。
「俺は先日、動かす前に整備が必要だと言いました。焼き付くと言いました。その通りになりました」
◆
男が口を開いた。
「し、しかし国家命令として……手続きを踏んで……」
「手続きを踏んだかどうかより、機械の状態に従ったかどうかです」
渉は静かに続けた。
「機械は嘘をつかない。俺が整備途中だと言ったのは、整備途中だったからです。あなたがどんな命令書を持ってきても、機械の状態は変わらない」
男が黙った。
「手続きや書類で、金属の状態は変えられない。油圧の数値は変えられない。それだけのことです」
◆
渉は振り返って、広場にいた全員を見た。
兵士、スキル使い、神崎、将校、見慣れない上役。
全員が、渉を見ていた。
渉は少し間を置いた。
「ここに残っている人全員に聞きます」
誰も何も言わなかった。
「整備の邪魔をする前に、なぜ整備が必要なのかを理解しようとしましたか。俺の言った意味を、調べようとしましたか。それなしに動かして、この結果になりました」
渉の声は上がらなかった。
怒鳴らなかった。
ただ、事実を並べた。
◆
男が、ゆっくりと頭を下げた。
「……申し訳なかった」
渉はうなずいた。
「ゴールドは、再起動すれば戻ります。時間はかかりますが、損傷はないはずです。明日、作業します」
「……すべて、あなたに任せます」
「それで結構です」
◆
リーニャが渉の横に来て、小声で言った。
「……今の、痺れました」
「機械の話をしただけです」
「機械の話で、あれだけの人たちを……」
「機械は嘘をつかないから、俺も嘘をつかなかっただけです。それで話が通じる人たちなら、通じます」
「通じない人たちだったら?」
「その時は、メイさんに書類を出してもらいます」
フィオナが遠くから「この人、強い……」と呟いていた。
◆
その夜。
渉は一人でゴールドの前に座った。
「明日、また起こしてやる。少し待ってろ」
ゴールドは静止したまま、答えなかった。
それでも渉は、なんとなくそこに座り続けた。
工房に帰る気にならなかった。
電源の落ちた機械は、静かだ。
でも渉には、生きているように感じられた。
いつもそうだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〈第二十四話 了〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話予告】
ゴールドの再起動は成功した。
しかしゴールドが言った。
「マスター……我が記憶に、設計者の最後の記録がある」
「それを、聞くか」
感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)
ブクマなどもしていただけると嬉しいです。




