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第二十四話「言ったろう、焼き付くと」

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第二十四話「言ったろう、焼き付くと」

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夜の十一時。


 渉が工房でマニュアルの続きを読んでいた時、管理棟の警報が鳴り始めた。


 低く、長い警報音。


 渉はマニュアルを閉じた。


 工具を手に取り、工房を出た。



 管理棟の方向から、光が見えた。


 金色の光だった。


 ゴールドの光だが、いつもとは違う。


 脈打つように明滅していた。


 渉は走った。



 管理棟前の広場に着くと、惨状があった。


 兵士が数名、広場の端に退避していた。スキル使いがスキルを展開しているが、効いていない。神崎が呆然と立っていた。


 ゴールドが広場の中央で、ランダムに動いていた。


 右に三歩、左に二歩、その場で回転、急停止。また右に。


 頭部が不規則に向きを変えている。胸の光が明滅している。


 システムエラーの状態だった。



 渉は神崎の前に立った。


「何をしたんですか」


 神崎の顔が、初めて見るくらい消耗していた。


「私ではありません。上の……別の部署が、二の命令書を持ち込んで。私が止める前に……渉さんの不在を確認して、強制起動コードを……」


「強制起動コードなんか、どこで入手した」


「マニュアルの……コアのバックアップ室から、写本が……」


 渉は少し目を細めた。


「写本を取ったのはあなたですか」


「私ではありませんが……私の部下が協力してしまいました。申し訳ない」


「謝罪は後でいいです」


 渉はゴールドに向かって歩き出した。



 ゴールドがランダムに動いている正面に立った。


「ゴールド」


 ゴールドの動きが、一瞬だけ止まった。


「エラーが出てるな。聞こえるか」


「…………ヴぁ……マス……タ……ヴぁぁ……」


 音声が崩れていた。第十八話の接触不良の時に似ているが、今回は全身に出ている。


 渉はゴールドの動きのパターンを観察した。


 三十秒ほど見続けた。


 リズムがある。完全にランダムではない。ある周期で、同じ動作を繰り返している。


「……動力系が過負荷でハンチングしてる」



 ハンチング、というのは機械用語だ。


 制御系が不安定になって、目標値の周囲を行ったり来たりする現象。エンジンでもシステム制御でも起きる。


 原因は、強制起動によって通常の起動シーケンスを飛ばしたことだろう。段階的に上げるべき出力を、一気に上げたため、制御が追いつかなくなっている。


 対処は、緊急停止してから正しい手順で再起動する。それだけだ。


 ただし緊急停止スイッチの場所を知っている必要がある。


 渉はマニュアルを思い出した。


 第五章、緊急停止手順。



 「緊急停止スイッチは左肩甲骨部の装甲裏に設置。外側からバールで三回叩くと露出する。スイッチはトグル型。左に倒す」


 渉はバールを取り出した。


 ゴールドが右に向かって動き出した。


「待て」


 ゴールドが止まった。


 一秒だけ、止まった。


 渉はその一秒で、ゴールドの背後に回った。


 左肩甲骨部の装甲。ここだ。


 バールの先端で、三回叩いた。


 コン、コン、コン。


 装甲の一部が、ぱかりと外れた。


 中に、小さなスイッチが見えた。


 渉は左に倒した。



 ゴールドの光が、全部消えた。


 広場が、急に暗くなった。


 静寂。


 ゴールドが、ゆっくりと膝をついた。


 そのまま、静止した。



 誰も、しばらく口を開かなかった。


 渉はバールをバッグに戻した。


 振り返ると、広場の端に退避していた兵士たちと、神崎と、その隣に見慣れない男が立っていた。


 中年の、神崎より上の立場と思しき男だった。


 渉は、その男の前に歩いていった。


 広場に足音だけが響いた。


 渉は男の前に立った。


「あなたが強制起動を命令したんですか」


 男が少し後退りした。


「……国家の……緊急の……」


「結果を見てください」


 渉は広場を示した。


 膝をついたゴールド。退避した兵士たち。消えた光。


「俺は先日、動かす前に整備が必要だと言いました。焼き付くと言いました。その通りになりました」



 男が口を開いた。


「し、しかし国家命令として……手続きを踏んで……」


「手続きを踏んだかどうかより、機械の状態に従ったかどうかです」


 渉は静かに続けた。


「機械は嘘をつかない。俺が整備途中だと言ったのは、整備途中だったからです。あなたがどんな命令書を持ってきても、機械の状態は変わらない」


 男が黙った。


「手続きや書類で、金属の状態は変えられない。油圧の数値は変えられない。それだけのことです」



 渉は振り返って、広場にいた全員を見た。


 兵士、スキル使い、神崎、将校、見慣れない上役。


 全員が、渉を見ていた。


 渉は少し間を置いた。


「ここに残っている人全員に聞きます」


 誰も何も言わなかった。


「整備の邪魔をする前に、なぜ整備が必要なのかを理解しようとしましたか。俺の言った意味を、調べようとしましたか。それなしに動かして、この結果になりました」


 渉の声は上がらなかった。


 怒鳴らなかった。


 ただ、事実を並べた。



 男が、ゆっくりと頭を下げた。


「……申し訳なかった」


 渉はうなずいた。


「ゴールドは、再起動すれば戻ります。時間はかかりますが、損傷はないはずです。明日、作業します」


「……すべて、あなたに任せます」


「それで結構です」



 リーニャが渉の横に来て、小声で言った。


「……今の、痺れました」


「機械の話をしただけです」


「機械の話で、あれだけの人たちを……」


「機械は嘘をつかないから、俺も嘘をつかなかっただけです。それで話が通じる人たちなら、通じます」


「通じない人たちだったら?」


「その時は、メイさんに書類を出してもらいます」


 フィオナが遠くから「この人、強い……」と呟いていた。



 その夜。


 渉は一人でゴールドの前に座った。


「明日、また起こしてやる。少し待ってろ」


 ゴールドは静止したまま、答えなかった。


 それでも渉は、なんとなくそこに座り続けた。


 工房に帰る気にならなかった。


 電源の落ちた機械は、静かだ。


 でも渉には、生きているように感じられた。


 いつもそうだった。


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           〈第二十四話 了〉

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【次話予告】

 ゴールドの再起動は成功した。

 しかしゴールドが言った。

 「マスター……我が記憶に、設計者の最後の記録がある」

 「それを、聞くか」

感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)


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