第二十三話「俺の許可なく動かすな、焼き付くぞ」
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第二十三話「俺の許可なく動かすな、焼き付くぞ」
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その朝、管理棟前が騒がしかった。
渉が工房のシャッターを開けると、庭越しに見える管理棟の方向から、金属音と馬蹄の音が混ざって聞こえてきた。
作業着を整えて外に出た。
管理棟前の広場に、騎馬が六頭。その後ろに歩兵が二十名ほど。全員、正式な王国軍の装備だった。
先頭の将校が渉を見て、馬を下りた。
「佐藤渉氏ですか」
「そうです」
「国家緊急命令書です」
書類を差し出された。
◆
渉は書類を受け取って読んだ。
「国家安全保障上の緊急措置として、古代守護者(通称ゴールド)および佐藤渉氏の保有する特殊洗浄液類・特殊潤滑剤類・古代文書類を、王国軍の管理下に移行する。本命令は即日執行とする」
署名は国防大臣だった。
NDMの神崎の名前は、ない。
神崎より、さらに上から来ていた。
◆
渉は書類を折り畳んで、将校に返した。
「受け取れません」
「これは命令書です。拒否する法的根拠は……」
「法的な話じゃないです」
渉は将校の後ろ、兵士たちの方を見た。
「ゴールドを動かす前に、整備状態を確認しないといけない。今の状態で無理に動かしたら、焼き付く可能性がある」
「焼き付く、とは」
「機械用語です。潤滑不足で金属が熱膨張して、部品が固着して動かなくなる。最悪、破損する。ゴールドの動力系はまだ整備途中です。俺の許可なく動かすな」
◆
将校が少し考えた。
「整備が終われば、引き渡せますか」
「それは別の話です」
「……どういうことですか」
「整備が終わっても、ゴールドは俺の言うことしか聞きません。設計上の問題なんで、どうしようもないです」
将校が眉間に皺を寄せた。
「それはつまり……」
「あなたたちが連れていっても、ゴールドは動きません。俺がいないと整備もできない。意味がないということです」
◆
そこに神崎が来た。
将校より少し遅れて、車で到着した。顔色が悪かった。
「佐藤さん、今回は……上からの命令で、私には止められなかった」
「知ってます」
「でも……正直に言います。私も反対しました。あなたの言う通り、整備もわからずに動かすのは危険だと」
渉は神崎を見た。
神崎の目は、真剣だった。
「……あなたは、機械のことをわかろうとしてる人だな」
「……わかりたいとは思っています。私には技術がありませんが」
「それで十分です」
◆
渉はゴールドの前に立った。
将校と兵士たちが、距離を置いて見ている。
「ゴールド、今から俺が言うことを聞け」
「はい」
「これから俺が動力系の最終確認をする。動くなよ」
「了解した」
渉はバッグからトルクレンチを出した。
ゴールドの足首の接合部。ここが今の整備状態で一番応力がかかる箇所だ。
ボルトに当てる。
カチッ。
規定トルク。問題なし。
次、膝関節。
カチッ。
こちらも問題なし。
◆
渉は腰を上げて、将校に向き直った。
「動力系の確認が終わりました。今の状態であれば短距離の移動は可能です。ただし」
「ただし?」
「ゴールドは俺の指示以外には従いません。あなたたちが命令しても動きません。これは設計上の問題で、俺にも変えられない」
将校が神崎を見た。神崎が頷いた。
「……それは、実証できますか」
「やってみてください」
◆
将校が部下のスキル使いを前に出した。
「守護者に指示を出せ。前進せよ、と」
スキル使いが構えて、ゴールドに向かって命令スキルを放った。
ゴールドは微動だにしなかった。
将校が別の部下を出した。
「直接、声で命令しろ」
兵士が一歩前に出て、「前進せよ」と告げた。
ゴールドは微動だにしなかった。
将校が渉を見た。
「……わかりました。あなたに聞こえるように言います。どうすればいい」
◆
渉は少し考えた。
「ゴールドの整備が終わるまで、管理棟の区画内に留まる、ということなら受け入れます。その間、私が管理者として状態を保証します。どこかへ連れて行くのはその後、話し合ってから」
「国家管理下には置けないと?」
「整備の主体は俺じゃないといけない。それは変えられない。管理という言葉の定義によります」
将校はしばらく考えた。
神崎がそっと耳打ちした。
将校がため息をついた。
「……今日のところは、現状維持で上に報告します。回答は後日」
「ありがとうございます」
◆
軍が引いた後、田所がお茶を持ってきた。
「……また追い返したんですか」
「状況を説明しただけです」
「説明で軍隊を追い返せる人間が、どこにいますか」
渉には返す言葉がなかった。
リーニャが渉の横に来て、小声で言った。
「……かっこよかったです」
「かっこよくなかったです。機械の状態を正確に伝えただけです」
「それが……」
「リーニャさん」
「……はい」
「機械は嘘をつかない。俺も、同じでいたいです。それだけです」
リーニャが、静かに頷いた。
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〈第二十三話 了〉
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【次話予告】
三日後の夜、管理棟に緊急警報が鳴った。
「守護者が暴走している!」
第二の国家命令で、渉の不在中にゴールドを強制起動させた者がいた。
渉がダンジョンに駆け込むと、ゴールドが全システムエラーを起こしていた。
「……言ったろう。焼き付くと」
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