第二十二話「バックアップ室と、失われた言語」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
第二十二話「バックアップ室と、失われた言語」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ゴールドが「案内したい場所がある」と言ったのは、翌朝だった。
第七層の整備に渉が来た時、ゴールドは珍しく先に立って歩き始めた。
「どこへ行くんだ」
「マスターに見せたいものがある」
渉はバッグを持ち直して、ついていった。
◆
第七層の最深部から、さらに奥へ。
コアのある空間の壁に、目立たない扉があった。
高さは渉の身長と同じくらい。ゴールドが入るには少し狭い。
渉がバールで蝶番の固着を確認した。動く。ラスペネは不要だった。
扉を引くと、開いた。
ヘッドライトで照らすと、小部屋が現れた。
◆
四畳半ほどの広さ。
三方の壁に、棚が作り付けてある。
棚には、冊子が並んでいた。
十冊ほど。表紙は布張りで、経年で色が変わっているが、形はしっかり残っている。
渉はその一冊を手に取った。
表紙を開いた。
日本語だった。
右から縦書きで、万年筆のような筆跡で書かれている。
「……整備マニュアルだ」
渉の声が、少し変わった。
◆
目次を確認した。
「第一章 基本構造と動力系統」
「第二章 冷却経路の設計と保守」
「第三章 音声系統の調整手順」
「第四章 外装パネルの取り外しと清掃」
「第五章 緊急停止手順」
渉は第二章を開いた。
図解付きで、冷却配管の構造が説明されていた。
先日渉が修理した、まさにその箇所の図だった。
「スケール堆積に注意。定期的な酸性洗浄が必要。洗浄液はクエン酸系を推奨」と書いてある。
渉は声を出して笑いそうになった。
「……酸性洗浄が必要って、ちゃんと書いてある」
◆
昼、全員を呼んだ。
冊子をメイに見せた。
メイが一ページ目を見た時点で固まった。
「……これは」
「整備マニュアルです。日本語で書かれています」
「日本語……」
「全部読めます。設計者がここのために書いた、ダンジョンの整備手順書です」
メイの手が震えた。
「第三章、音声系統の調整手順、というのは」
「あります。端子の酸化が問題になりやすく、接点復活剤の使用を推奨すると書いてあります」
「……つまり先日のシステムエラー修復は……」
「マニュアル通りの手順でした」
◆
メイが額を机に押し付けた。
「論文を出してしまった……」
「取り下げましたよね」
「別の論文を出してしまった……『接点復活剤による音声系統修復の神学的意義について』というタイトルで……」
「それも取り下げた方がいいですね」
「取り下げます……」
フィオナが背中をさすっていた。
◆
渉はマニュアルを最初から丁寧に読んでいった。
読むほどに、設計者の人物像が見えてくる気がした。
文章が、職人的だった。
余計なことを書かない。必要なことだけを、正確に書く。感情が入らない。しかし、随所に「注意」と「補足」がある。使う人間のことを考えている。
工場の先輩が書くマニュアルに、似ていた。
◆
第六章に「補足」がついていた。
「この施設の言語体系について」という見出し。
渉は読んだ。
「この施設は、当初は日本語を主言語として設計した。しかしメンテナンス要員の確保を考えると、現地語への移行が必要と判断した。言語の置き換えは第三世代以降の守護者に実装済み。ただし設計者が日本語を使用する場合、守護者は優先して認識する。これを保険とする」
渉は顔を上げた。
「ゴールド」
「はい」
「俺が日本語で話すと、お前はよく聞く。マニュアルに書いてあった。設計者の言語だから、優先認識するように設計されていたんだ」
ゴールドが少し間を置いた。
「……そうか。マスターが我を動かせる理由が、そこにあったか」
「お前が俺に従うのは、俺が偉いからじゃなくて、俺が設計者と同じ言語を話すから、ということだ」
「それは……マスターが謙遜している」
「謙遜じゃないです。事実の確認だ」
◆
渉はマニュアルを棚に戻した。
丁寧に、元の位置に。
設計者が置いたのと同じ場所に。
「機械は嘘をつかない」
渉は小部屋を出ながら呟いた。
「このマニュアルも、嘘はひとつも書いていない。書いた人間は、ちゃんとした職人だった」
ゴールドが後ろで頭を垂れた。
その動作の意味を、渉はまだ理解していなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〈第二十二話 了〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話予告】
翌朝、管理棟前に軍隊が来ていた。
馬に乗った将校が、渉に書類を突きつけた。
「国家命令により、古代守護者および特殊洗浄液類を接収する」
渉は書類をひと目見て、ゴールドを見た。
「ゴールド、動くな。焼き付く」
感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)
ブクマなどもしていただけると嬉しいです。




