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第二十二話「バックアップ室と、失われた言語」

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第二十二話「バックアップ室と、失われた言語」

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 ゴールドが「案内したい場所がある」と言ったのは、翌朝だった。


 第七層の整備に渉が来た時、ゴールドは珍しく先に立って歩き始めた。


「どこへ行くんだ」


「マスターに見せたいものがある」


 渉はバッグを持ち直して、ついていった。



 第七層の最深部から、さらに奥へ。


 コアのある空間の壁に、目立たない扉があった。


 高さは渉の身長と同じくらい。ゴールドが入るには少し狭い。


 渉がバールで蝶番の固着を確認した。動く。ラスペネは不要だった。


 扉を引くと、開いた。


 ヘッドライトで照らすと、小部屋が現れた。



 四畳半ほどの広さ。


 三方の壁に、棚が作り付けてある。


 棚には、冊子が並んでいた。


 十冊ほど。表紙は布張りで、経年で色が変わっているが、形はしっかり残っている。


 渉はその一冊を手に取った。


 表紙を開いた。


 日本語だった。


 右から縦書きで、万年筆のような筆跡で書かれている。


「……整備マニュアルだ」


 渉の声が、少し変わった。



 目次を確認した。


 「第一章 基本構造と動力系統」

 「第二章 冷却経路の設計と保守」

 「第三章 音声系統の調整手順」

 「第四章 外装パネルの取り外しと清掃」

 「第五章 緊急停止手順」


 渉は第二章を開いた。


 図解付きで、冷却配管の構造が説明されていた。


 先日渉が修理した、まさにその箇所の図だった。


 「スケール堆積に注意。定期的な酸性洗浄が必要。洗浄液はクエン酸系を推奨」と書いてある。


 渉は声を出して笑いそうになった。


「……酸性洗浄が必要って、ちゃんと書いてある」



 昼、全員を呼んだ。


 冊子をメイに見せた。


 メイが一ページ目を見た時点で固まった。


「……これは」


「整備マニュアルです。日本語で書かれています」


「日本語……」


「全部読めます。設計者がここのために書いた、ダンジョンの整備手順書です」


 メイの手が震えた。


「第三章、音声系統の調整手順、というのは」


「あります。端子の酸化が問題になりやすく、接点復活剤の使用を推奨すると書いてあります」


「……つまり先日のシステムエラー修復は……」


「マニュアル通りの手順でした」



 メイが額を机に押し付けた。


「論文を出してしまった……」


「取り下げましたよね」


「別の論文を出してしまった……『接点復活剤による音声系統修復の神学的意義について』というタイトルで……」


「それも取り下げた方がいいですね」


「取り下げます……」


 フィオナが背中をさすっていた。



 渉はマニュアルを最初から丁寧に読んでいった。


 読むほどに、設計者の人物像が見えてくる気がした。


 文章が、職人的だった。


 余計なことを書かない。必要なことだけを、正確に書く。感情が入らない。しかし、随所に「注意」と「補足」がある。使う人間のことを考えている。


 工場の先輩が書くマニュアルに、似ていた。



 第六章に「補足」がついていた。


 「この施設の言語体系について」という見出し。


 渉は読んだ。


「この施設は、当初は日本語を主言語として設計した。しかしメンテナンス要員の確保を考えると、現地語への移行が必要と判断した。言語の置き換えは第三世代以降の守護者に実装済み。ただし設計者が日本語を使用する場合、守護者は優先して認識する。これを保険とする」


 渉は顔を上げた。


「ゴールド」


「はい」


「俺が日本語で話すと、お前はよく聞く。マニュアルに書いてあった。設計者の言語だから、優先認識するように設計されていたんだ」


 ゴールドが少し間を置いた。


「……そうか。マスターが我を動かせる理由が、そこにあったか」


「お前が俺に従うのは、俺が偉いからじゃなくて、俺が設計者と同じ言語を話すから、ということだ」


「それは……マスターが謙遜している」


「謙遜じゃないです。事実の確認だ」



 渉はマニュアルを棚に戻した。


 丁寧に、元の位置に。


 設計者が置いたのと同じ場所に。


「機械は嘘をつかない」


 渉は小部屋を出ながら呟いた。


「このマニュアルも、嘘はひとつも書いていない。書いた人間は、ちゃんとした職人だった」


 ゴールドが後ろで頭を垂れた。


 その動作の意味を、渉はまだ理解していなかった。


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           〈第二十二話 了〉

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【次話予告】

 翌朝、管理棟前に軍隊が来ていた。

 馬に乗った将校が、渉に書類を突きつけた。

 「国家命令により、古代守護者および特殊洗浄液類を接収する」

 渉は書類をひと目見て、ゴールドを見た。

 「ゴールド、動くな。焼き付く」

感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)


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