第二十一話「聖なる呪文、あるいは識別票」
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第二十一話「聖なる呪文、あるいは識別票」
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翌朝。
渉はゴールドの背部パネルの整備に取り掛かった。
背中の装甲は前面より複雑な構造で、パネルが入れ子になっている。外側を外すと内側が出てくる。内側を外すと、また奥に層がある。
三枚目のパネルを外した時だった。
◆
隙間から、何かが落ちた。
金属の板だった。
薄く、長方形。縦十五センチ、横三十センチほど。
渉はそれを拾った。
かなり錆びていた。表面の塗装はほとんど剥がれている。しかし下地の金属はまだ生きており、そこに何かが印字されていた。
渉はパーツクリーナーをウエスに吹いて、表面を拭いた。
茶色い錆と汚れが取れていく。
数字が現れた。
「品川」という文字。
渉は動かなくなった。
「……ナンバープレートだ」
◆
ゴールドが頭を向けた。
「マスター、それは……」
「日本の自動車登録プレートだ。品川ナンバー。東京都品川区とその周辺の車に付いてたやつだ」
渉は錆の下の数字をもう一度拭いた。
「品川 530 あ 12-34」
年式から見ると、昭和五十年代の登録だ。
「……古いな。五十年は経ってる」
「それは……重要なものですか」
「日本では、車に必ず付けなければいけない識別票だ。車の持ち主や登録地域がわかる」
「識別票……」ゴールドが繰り返した。「なぜ、我の中に」
「設計者が持ち込んだんでしょう。俺が今、ポケットにバールとラスペネを持ってるのと同じで、慣れ親しんだものを持ってきてたんじゃないですか」
◆
昼に三人が来た。
渉がナンバープレートをメイに見せた。
「これ、読めますか」
メイが拡大鏡で見た。
「……文字と数字の組み合わせですね。文字は……佐藤さんの故郷の文字と同じ体系ですか?」
「そうです」
「数字は?」
「数字は同じです。アラビア数字と呼びます、元々は」
メイが手帳を出した。
「つまりこれも設計者が……。品川、というのは地名ですか」
「東京の地名です」
「東京……コアの基板のJIS刻印と合わせると、設計者は東京の出身者……ということに……」
メイが震える手でメモを走らせた。
◆
フィオナがナンバープレートを手に取って、表裏を確認した。
「これ、かなり古いですよね」
「昭和五十年代の登録だと思います。今から五十年近く前です」
「五十年前……」
「俺が生まれる前の話だ」
リーニャが静かに言った。
「つまり設計者は……今から、相当昔にここに来ていた……?」
「そうなります」
部屋に少しの沈黙が落ちた。
◆
そこにメイが戻ってきた。
興奮で眼鏡が曲がっていた。
「佐藤さん、大変です! 私、先週から解読を試みていた古代語の碑文があるんですが……今日、コアの刻印と比較したら、共通する文字パターンが……!」
「それは後でいいです、今は整備中なんで」
「後でよくないです!!」
渉は手を止めた。
「……わかりました。五分だけ」
◆
メイが広げた資料には、壁の碑文の写しと、基板の刻印の拡大図が並んでいた。
「ここと、ここです。同じ文字列が出てきます。これを設計者の言語(日本語)で音写すると……」
メイが手帳に書いた文字を渉に見せた。
「……『てすと』、と読めませんか?」
渉が見た。
「テスト、ですね」
「テスト……? どういう意味ですか」
「試験、とか確認作業、という意味です。機械を作った時に、ちゃんと動くか確かめる作業を『テストする』と言います」
メイが固まった。
「……つまりこの碑文は、設計者が機械の動作確認をした記録……?」
「可能性はあります」
「「古代の神が世界の真理を試した記録」として、神学者たちが解読しようとしていた碑文が……」
「テストの記録ですね、おそらく」
◆
フィオナが吹き出した。
リーニャが額に手を当てた。
メイは手帳を閉じて、しばらく天井を見ていた。
「……学会に論文を出してしまったんですが」
「何と書いたんですか」
「『古代守護者の試練に関する神学的考察』というタイトルで……」
「訂正した方がいいかもしれないですね」
「取り下げます……今すぐ……」
◆
その夜。
渉はナンバープレートをウエスで丁寧に拭いて、工房の棚の隅に立てかけた。
品川 530 あ 12-34。
五十年前の、どこかの誰かの車のナンバーだ。
その車は今頃、どこにあるのか。
もうとっくに廃車になっているだろう。
渉は少し考えて、棚から取り出してまた拭いた。
これも、ちゃんと手入れしてやった方がいい。
そういう気がした。
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〈第二十一話 了〉
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【次話予告】
第七層の奥に、誰も気づいていなかった小部屋があった。
ゴールドに案内されて入ると、棚に古い冊子が並んでいた。
渉がそれを開くと、日本語で書かれていた。
「……整備マニュアルだ」
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