第二十話「JIS規格に似た刻印」
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第二十話「JIS規格に似た刻印」
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冷却系の修理から三日が経った。
コアの温度は順調に下がっており、ゴールドの報告では「安定域まであと二割」とのことだった。
渉はその間、ゴールドの外装整備を続けていた。
黄金色の装甲パネルを一枚ずつ外し、内部の状態を確認して、必要なら洗浄して戻す。地道な作業だ。解体屋の仕事と、基本は変わらない。
その日の午後、渉は胸部の中央パネルを外した。
◆
パネルの裏側に、基板があった。
渉はヘッドライトで照らした。
基板の素材は見慣れない合金だが、構造はよく知っている形だった。回路が整然と並んでいる。半田付けに相当する接合がある。端子が規則正しく並んでいる。
渉はそれを眺めながら、何かが引っかかった。
角に、刻印があった。
小さな、金属に直接刻まれた印。
渉は顔を近づけた。
円の中に、アルファベットと数字の組み合わせ。
J、I、S。
そして数字の羅列。
◆
渉は動かなくなった。
三十秒ほど、その刻印を見続けた。
「……JIS規格か」
声が、少し違った。
ゴールドが頭を向けた。
「マスター?」
「この刻印、JIS規格に似てる」
「……JIS、とは」
「日本の工業規格だ。日本産業標準調査会が定めた、製品の品質や寸法や性能の基準。ボルトのサイズも、電気の規格も、全部これで統一されてる」
渉は刻印をもう一度見た。
「お前の基板に、日本の工業規格マークに酷似した刻印がある」
◆
ゴールドが少し間を置いた。
「……それは、設計者に関係するかもしれない」
「設計者というのは」
「我々守護者を作った者だ。コアを設計した者でもある。我が知る限り、その者は……この世界の者ではなかった」
「どういうことだ」
「言葉が、違った。文字が、違った。道具が、違った」
渉は基板から目を離さずに聞いた。
「その道具は、どんなものだったか」
「金属の棒で、先に星形の刻みがあった。回転させると、金属の螺旋が動いた」
「……ドライバーか」
「もう一つは、持ち手が長く、先端が挟む構造になっていた」
「スパナかペンチか」
「それに、金属の缶から液体を噴霧していた。それが当たった金属は、固着が解けた」
渉の手が止まった。
「……浸透潤滑剤か」
◆
渉は基板をそっと外した。
裏側を見た。
同じ刻印がもう一か所。そしてその横に、もっと小さな文字が刻まれていた。
渉は目を細めた。
日本語だった。
かすれていて、半分読めないが。
「……設、計、者……名……」
その先が読めなかった。
腐食で消えていた。
◆
夕方、メイを呼んだ。
基板の刻印を見せた。
「これ、読めますか」
メイが高精度ルーペで見た。
「……この文字は古代語でも魔導文字でもないですね。全く別の体系の……でも佐藤さんには読めるんですか?」
「JIS規格の刻印に似てます。日本の工業規格です」
「日本……佐藤さんの故郷の?」
「そうです」
メイが基板を持つ手が、わずかに震えた。
「つまり……このコアは……佐藤さんと同じ世界から来た誰かが、設計した……」
「そうとしか思えないな」
「……それは」
メイは少し考えて、静かに言った。
「佐藤さんがここに来たのが、偶然じゃないかもしれないということですか」
◆
渉はしばらく黙った。
基板の刻印を、もう一度見た。
J、I、S。
二十五年間、毎日見てきた刻印と、同じ形をしていた。
「……わからないです」
渉は正直に言った。
「でも、機械は嘘をつかない」
渉は基板を胸部パネルの中に戻した。
「この刻印がここにあるのは、事実だ。誰かがここに刻んだのも、事実だ。それだけは確かです」
◆
その夜、渉は一人で工房に残った。
道具の手入れをしながら、考えた。
JIS規格の刻印。日本語の設計者名。浸透潤滑剤を使っていた人間。
誰かが、ここに来ていた。
渉と同じように、日本からここに来た誰かが。
そしてこのダンジョンを、設計した。
渉はトルクレンチを置いた。
カチッ。
いつもの音が、工房に小さく響いた。
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〈第二十話 了〉
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