第十三話「俺のレンチは、もうお前のために回らない」
■タイトル
自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する
〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜
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第十三話「俺のレンチは、もうお前のために回らない」
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「佐藤さん……あの人が来ています」
田所が管理棟の裏口から顔を出してきた時、その表情がいつもと違った。
コーヒーを片手にしていなかった。眉が少し寄っていた。
「どんな人ですか」
「若い男性です。スーツで……なんか、目が泳いでて。名刺を見たら、山下自動車解体工業の社長、って書いてあって」
渉は手を止めた。
インパクトレンチのバッテリーを交換しようとしていた手が、止まった。
「わかりました」
◆
管理棟の正面玄関前に、山下颯太が立っていた。
二十七歳。渉をクビにした二代目社長。
しかし渉がかつて見た颯太とは、ずいぶん違って見えた。
スーツは高価そうだが、シワが多い。髪が少し乱れている。目の下にくまがある。そして何より、姿勢が崩れていた。あの時の、革ソファに深く沈んで渉を見下ろしていた姿勢ではなく、肩が内側に入って、視線が定まらない。
「……佐藤さん」
颯太が渉を見て、声が少し上ずった。
「来るなら連絡してほしかったですね」と渉は言った。「今日は仕事があるんで」
「少しだけ……お時間をいただけますか」
◆
管理棟横のベンチに二人で座った。
颯太はしばらく、足元を見ていた。
渉は何も言わずに待った。
「……会社が、まずいことになってます」
颯太がようやく口を開いた。
「デジタル化のシステムが、うまく動かなくて。取引先が何件か離れて。銀行の返済が……」
「田中から、少し聞きました」
「あいつも……先月、辞めました」
渉は少し目を細めた。
「そうですか」
「現場の人間が、もうほとんど残ってなくて。残ってる若い子たちも、解体の品質が安定しなくて……」
颯太が頭を下げた。
「戻ってきてもらえませんか」
◆
渉は答えなかった。
しばらく、管理棟の入り口を見た。
田所がガラス越しにこちらをちらちらと見ている。
渉の視線に気づいて、田所はコーヒーカップを持ち上げて目をそらした。
「戻って、また解体をしてもらえれば……給料は上げます。それと……あの時の言い方は、まずかったと思っています」
「言い方の話をしに来たんですか」
「……はい」
「謝りに来たんじゃなくて?」
颯太の手が、膝の上で握られた。
「……すみませんでした」
「俺への謝罪ですか。それとも、会社のために謝ってるんですか」
颯太が黙った。
渉は立ち上がった。
◆
「山下さん」
渉は颯太を見下ろした。
「俺を雇った先代社長は、いい人でした。工場の隅っこで、よく一緒に昼飯を食いました。鯖の味噌煮が好きな人で」
「……父のことは」
「機械のことも好きでしたよ。廃車が入るたびに、どんな車だったかを一緒に考えてくれた。そういう人でした」
渉はポケットのインパクトレンチを一度だけ手で確認した。
「俺がその工場で働けたのは、先代が作った場所だったからです。お前さんが作った工場じゃない」
颯太が、顔を上げた。
「俺のレンチは、もうお前のために回らない」
静かな言葉だった。
怒りでも、蔑みでもなかった。
ただ、事実を告げる声だった。
「仕事は、ここにある。それだけです」
◆
渉が管理棟に戻ろうとした時、後ろから声がした。
「……父は、佐藤さんのことを、よく話してました」
渉は立ち止まった。
「あいつは本物の職人だって。俺が見てきた中で一番、機械と誠実に向き合う人間だって」
渉は振り返らなかった。
「……そうですか」
「俺は……父の工場を、壊してしまいました」
颯太の声が、少しだけ揺れた。
渉はしばらく止まっていた。
それから、また歩き出した。
「先代の工場を続けたければ、現場の人間に聞きなさい。田中ならまだ連絡がつく。あいつは本物だ」
それだけ言った。
◆
渉が管理棟に入ると、リーニャが入り口に立っていた。
聞いていたわけではないだろうが、表情を見れば大体のことはわかった。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫です」
「本当に?」
渉は少し考えた。
「先代の顔を、少し思い出しました。それだけです」
リーニャは何も言わなかった。
ただ、渉の隣に並んで歩いた。
◆
その日の昼。
渉は工房で道具の手入れをしながら、田中に電話をかけた。
「もしもし、佐藤さん?」
「今、どこにいますか」
「実家です。求職中で……」
「山下に連絡してみてもいいかもしれません。戻ってくれるなら、喜ぶと思う」
しばらく沈黙があった。
「……なんで佐藤さんが、あの社長を助けるんですか」
「俺が助けるわけじゃない。先代の工場を続けるなら、田中みたいな人間が必要だってことです」
「…………」
「まあ、決めるのは田中ですが」
渉は電話を切って、トルクレンチを手に取った。
カチッ。
いつもの手応え。
渉はそれを棚に戻して、今日の作業ルートのメモを開いた。
◆
夕方。
フィオナが工房の前で待っていた。
「聞きましたよ。格好よかったって、リーニャが言ってました」
「格好よくはなかったです」
「『俺のレンチは、もうお前のために回らない』って、リーニャが再現してました」
「恥ずかしいな」渉は顔をしかめた。「その場の言葉が出ただけです」
「その場の言葉が一番、その人が出ますよ」
フィオナは笑った。
「佐藤さんは、ちゃんと怒れる人ですね」
「怒ってなかったですよ、俺は」
「だからいいんです」
渉にはやっぱり、フィオナの言いたいことがよくわからなかった。
でも、悪い気分ではなかった。
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〈第十三話 了〉
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【次話予告】
第七層への扉は、伝説の中にある。
「封鎖シャッター」と呼ばれ、いかなるスキルも通じないと言われてきた。
しかし渉には、それが「ただの錆びたシャッター」に見えた。
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