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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第八章 星の継承者

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星の継承者18

 身体が熱い、とシェフィルは思った。

 打撲や刺突で生じた傷が熱を帯びているのか? 最初はそう思ったが、しかしどうにも熱は全身から発せられ、傷口とは関係ない場所も酷く熱い。尤も身体を見れば傷なんて一つも残っていないと、シェフィル自身も気付けただろうが……熱さで頭が朦朧とし、思考が回らない体たらく。

 故にシェフィルは気付かない。

 熱を帯びているのは、厳密に言えばシェフィルの身体ではない。身体を構成する、小さな細胞の一つ一つからだ。


「……なんだ……?」


 呆けた口振りで、ダリウスが困惑を露わにする。それは今のシェフィルが纏う異様さを本能で感じ取ったからか。檻の中にいるアイシャも、不安そうな眼差しでシェフィルを見つめる。

 生き物達がシェフィルの異常さを感知しつつある中、高度なセンサーを積んでいる機械類はその先――――異常の原因を突き止めた。

 ダリウスが操る強化外骨格から、甲高い音が鳴る。シェフィルは知らない事だが、それはセンサーが異常を感知した時のもの。ダリウスは顔を顰めながら、警報と同時にヘルメットの内側に表示されたメッセージに目を向ける。


「高熱源反応? 一体何か、ら……」


 そしてそのメッセージが示す対象を知ろうとしてか視線を動かし、すぐに顔を強張らせる。

 ダリウスは、シェフィルを見ていた。

 『高熱源反応』を追った彼の目とセンサーは、シェフィルを指し示したのだ。馬鹿な、とダリウスは否定の言葉を独りごち、「再検出しろ」と機械にやり直しを命じる。しかし彼の目はヘルメット内の表示とシェフィルを行き来するだけ。今まで余裕を見せていた顔に困惑が浮かぶ。

 こうもあからさまに示されれば、シェフィルにもダリウスの見ている情報が窺える。ついでに自分が今どうなっているかも理解出来た。

 機械が高熱源だと判断するほどの熱を帯びているのだ。それを証明するように、シェフィルの足下の床が溶け始める。柔らかくなる度に一歩、一歩とシェフィルは前に進むが、数秒も留まるとまた床が溶け出す。継続的に、絶え間なく、自分自身が発熱していなければこうはなるまい。

 更にシェフィルを中心にした室内の空気が、パチパチと音を鳴らし、燃えるような煌めきを放つ。電撃も迸り、周囲の床を焼き焦がす。シェフィルの感覚が正しければ、それは大気分子が熱によって崩壊し、跳び出した電子が四方八方に飛んでいく事で生じている現象のようだ。

 状況は理解した。けれどもシェフィルとしても驚きだ。こんな力を発動した事は、今までの生涯で一度もないのだから。


「ああ、道理で熱いと思いましたよ……一体何度ぐらい出ているんですかね? あなたの纏う機械で測れません?」


「あ、あり得ない。生物体が、こんな高温に到達する筈が……!?」


「ふぅん。生物が到達する筈のない温度という事ですか。でも人間というか地球の生き物って脆いですし、あまり参考にはならなそうですけどー?」


 煽るように、余裕を見せるように、シェフィルはダリウスに問う。

 事実、シェフィルは然程苦しさを覚えていない。最初は意識が朦朧としていたが、時間と共に回復している。身体の感覚も戻り、自由が利かなかった手足も動かせるようになってきた。

 先程までの不調は、勿論戦いのダメージもあったが、この発熱に身体が順応出来ていなかった所為か。しかしようやく慣れてきたのだろう。まだ本調子ではないが、どんどん好調になっているのが感覚的に理解出来る。

 この余裕ぶったシェフィルの態度が演技ではないと、ダリウスも気付いたのだろう。シェフィルが近付いてもいないのに、一歩、また一歩、彼は身に纏う強化外骨格ごと後退りしていく。


「あり得ない! い、今、お前は自分の体温がどの程度か、分かっているのか!? じ、十万度を超えているんだぞ!」


 ついにダリウスは悲鳴染みた声で、今のシェフィルがどんな状態か教えてくれる。

 十万度。それがシェフィルの体温らしい。

 母から教わったため、恒星の表面温度が数千〜数万度程度である事はシェフィルも知っている。十万度は燃え盛る星の表面よりも遥かに熱く、自然環境下にある岩石程度ならば容易く溶解させる熱量だ。

 当然一般的や有機物なら、瞬く間に分解されて跡形も残らない。水さえも分子崩壊し、気体分子はプラズマ化する。成程、確かに生物がこんな温度を発しているのは、異常以外の何物でもない。


「単体の物質で最も沸点が高いタングステンでも、ここまでの温度になると気化する! 今の人類ならもっと高性能の耐熱性素材を作れるが、それらは全て金属だ! 有機物が、生命体が耐えられる筈がない!」


 最早ダリウスには理解が及ばないのか。ついに冷静さを失いながら叫ぶ。ヘルメット内の機械に頻繁に『さいきどう』という指示を出しているが、望んだ結果は得られていないようだ。

 実に滑稽である。自らを知的生命体と言いながら、結局人間は何も分かっていないのだ。いや、人間を馬鹿に出来るほど自分も賢くはないなと、シェフィルは自嘲する。

 今までこんな力を発動させた事は一度もない? 何を惚けた事を思っていたのか。


「どうしても何も、私達にとってその程度の温度、日常的に出しているものに過ぎませんからねぇ」


 惑星シェフィルの生物は、莫大な熱量を生み出せる。

 常にエネルギーを吸収し、あらゆるものが凍り付く世界である惑星シェフィル。その星で生きる生命は、星のエネルギー吸収に対抗するため、莫大な熱量を生成するように進化してきたのだ。冬であれば三万度以上の熱を、平時でも一万度を優に超える熱量を生み出す。それも毎秒、絶え間なくだ。

 元々シェフィル達の細胞は、日常的に数万度の熱量を扱っている。十万度まで上昇したところで、普段よりも少し体温が高いだけ。油石が放つ特殊な熱エネルギーでない限り、この程度で焼け死ぬほど軟ではない。

 そしてこの熱の源であるエネルギーは、母曰く空間から引き出している。つまりこの宇宙にいる限り、何時でも何処でもエネルギーを生み出せる。惑星シェフィルから離れようとも関係ない。

 シェフィルは今までこの熱や耐熱性を意識した事が殆どなく、ここまで身体が発熱した事もない。当然だ。惑星シェフィル上だとその熱は粗方吸収され、どうにか凍らずに暮らしているのだから。けれども此処――――戦闘艦の中は違う。艦内は人間達が快適に生きていけるよう、二十五度前後の気温が維持されている。しかも惑星シェフィルのように熱エネルギーが奪われる事もないのだ。

 宇宙船に乗り込んでから今までシェフィルの身体が発熱しなかったのは、空間からエネルギーを引き出すにも体力が必要であり、身体が本能的な調整を行っていたからだろう。それでも道中が好調だったのは余計なエネルギー消費がなく、僅かな熱量でも身体能力を維持出来たため。

 しかしダリウスは手強く、シェフィルは肺を損傷する大怪我を負った。

 個々の細胞に意識などないが、血圧の低下などから『生命の危機』を感知。最早体力の温存なんてしている場合ではなく、細胞全てが本来の働きを始めた。あり余るエネルギーを生産し、肉体全体に行き渡らせたのである。

 これがシェフィルの発する高熱のメカニズムだ。


「さぁて、私の身体はここからが本番だと言っているようですが……あなたの方はどうです? 奥の手とか、残しているんですかね?」


 シェフィルが問うと、ダリウスは声を詰まらせる。歯噛みし、眼球が震えるように揺れ動く。その瞳の奥にある感情は、怒りか、それとも恐怖か。

 シェフィルからは動かない。シェフィルの目的はアイシャを助ける事。ダリウスが怯えて逃げ出すというのであれば、正直八つ裂きにしたい気持ちはあるものの、後回しにするという形で見逃すのもやぶさかではない。シェフィルは『合理的』なのだ。


「この程度の虚仮威しに怯むと思ったか!」


 だが、ダリウスが選んだのはシェフィルに戦いを挑む事。強化外骨格は真っ直ぐ、正面からシェフィルに接近する。

 なんらかの勝機を見出したのであればシェフィルも感心するが、ダリウスの血走った目を見れば、単に情報を受け入れていないだけと分かる。化け物が人間の作り出した技術を上回る筈がないと言いたげだ。

 とはいえダリウスの判断も、一概に現実逃避や非合理的とも言い難い。

 シェフィルの身体が発しているのはあくまでも熱。無から生じた膨大なエネルギーではあるが、これ単体で脅威となるようなものではない。確かに床の金属は溶けているが、それは何秒も踏み付けた上での話。打撃と言えるぐらい速ければ溶ける前に衝撃は伝わり、悠長にくっつけていなければ溶解温度に達する前に離れられる。即ち、物理攻撃をする上での支障はほぼない。

 現時点でシェフィルはただ熱いだけ。殴れば今まで通りにダメージは通る。そして今までの戦いで、強化外骨格は常に優勢を保っていた。今まで通りに戦えば問題なく勝てる。

 この考え方自体はなんらおかしくない。感情的になっているが、行動自体は合理的と言っても良いだろう。

 それでもダリウスの顔に自信と喜びがないのは、彼も本能で感じ取っているのだ。今のシェフィルは何かがおかしいと。理屈では導き出せない、不穏な何かがあると。

 その感覚が事実だと突き付けるべく、シェフィルは悠然と、真正面から強化外骨格に立ち向かう。ダリウスは笑うどころか表情を強張らせ――――搭乗者の不安など理解しない強化外骨格は、接近してきたシェフィルに殴り掛かる。

 恐らく手加減なし、フルパワーで振るわれた強化外骨格の拳が、圧倒的な速さでシェフィルに迫る。音速を超える超高速は、常人の目では決して追えない。強化外骨格を操るダリウス自身にも見えていないだろう。

 シェフィルも以前までであれば、見る事は出来なかった。精々直前の動作から動きを予想し、その可能性に賭けて回避するのが精々。


「(遅いですね)」


 しかし今は違う。音速以上の拳を前にして、その速さを評価する(認識する)余裕まである。

 それが可能になったのは、全身から溢れ出る熱エネルギーのお陰だ。

 確かに熱自体は、直接的に身体能力を上げるものではない。だがシェフィル達の細胞は光や熱を吸収する性質を持つ。それらを吸収するという事は、つまり自由に変換して利用出来るという事。

 身体の中で有り余っている熱エネルギーを、視神経と脳細胞に投入。膨大なエネルギーを消費して、目から入り込んできた情報を高速で処理した。細胞が疲弊しても気にしない。更に大量のエネルギーを投じ、細胞分裂を活性化。疲弊したら新鮮な細胞へ交換するという力技で、最高のパフォーマンスを維持する。

 今のシェフィルにとって、音速程度の速さを視認するのは苦でもなかった。

 見えていれば、こんな大振りの攻撃を躱すなど造作もない。ほんの少しだけ首を傾げる事でこれを回避。顔の真横にある、空振りした強化外骨格の腕を片手で掴む。

 神経系や脳と同じように、筋肉にエネルギーを大量投入して強化。指に渾身の力を入れ、強化外骨格の腕部装甲に押し付ける。すると装甲はべこんと凹み、シェフィルの指は強化外骨格の腕をがっちりと掴む。

 そのまま全力で振り上げれば、エネルギー供給のため張り付いていた強化外骨格の足と床は一瞬で剥がれ、ダリウス共々宙に浮かんだ。


「な、ぇ――――?」


 ダリウスは呆けた声を漏らす。顔も今まで見せた事もないような間抜け面。シェフィルとしてはじっくり見ていたいところだが、それを上回る別の衝動がある。

 散々自分を痛め付けてくれたコイツを、同じように甚振る事だ! シェフィルは力いっぱい振り下ろし、強化外骨格を床に叩き付ける!


「ごぁ!?」


 大地に叩き付けられた瞬間、ダリウスが苦悶の声を上げた。

 それは今まで強化外骨格が受け止めていた衝撃が、ついにダリウスまで貫通した事を意味する。伝わってきた痛みに、ダリウスは明らかに混乱した表情を浮かべた。強化外骨格も動きが鈍り、優先順位を考え直しているようだ。

 生憎、この隙を見逃すほどシェフィルは甘くない。

 強化外骨格をもう一度振り上げ、即座に床に叩き付ける。激突の反動で強化外骨格は浮かび上がり、その勢いを利用してシェフィルは更に大きく強化外骨格を振り上げた。何度も何度も、叩き付ければ叩き付けるほど、強化外骨格に加わる打撃は大きくなっていく。

 執拗に叩き付けられた強化外骨格の装甲には、やがて小さなヒビが走る。胸部も大きく凹み、ナノマシンの自動修復も間に合わない。そして中身であるダリウスは、受け止めきれない衝撃で頭が掻き回されているのだろう。口からは吐瀉物が垂れ流しになり、敵意でギラついていた目は生気を失っている。

 これで叩き潰してやる――――止めの一撃を与えようと一際大きく振り下ろした

 瞬間、掴んでいた強化外骨格の手が()()()。或いはすっぽ抜けたと言うべきか。外れた手の付け根をチラリと見れば、留め具などのない抜けやすい構造となっている。シェフィルを振り解く方法がなく、変形して自らの手が抜けるように構造を変えたのだろう。


「ごぁ!? が、ご、げほっ! ごほ!」


 シェフィルから逃れた強化外骨格は、振り下ろした時の勢いのまま吹っ飛んでいく。遠く離れた壁に激突し、跳ね返った勢いで床にもぶつかる。それでも勢いは止まらず、ゴロゴロと床を転がり、ようやく立ち上がる。

 強化外骨格が止まった事で、ダリウスもようやく我に返った。目には生気が戻る。ヘルメット内にぶち撒けられていた吐瀉物は、強化外骨格によって回収されたのか綺麗になっていた。しかし貫通してきたダメージまでは無くならず、ダリウスの顔には苦悶の表情が浮かぶ。


「こ、この……図に乗るな!」


 怒りを露わにするダリウス。彼の叫びに応えるように、部屋中の壁や床が激しく震え出す。

 次いで、続々と無数の棘が生えてきた! シェフィルの身体を穴だらけにし、腹や胸にも大穴を開けた攻撃。これにより、もう一度シェフィルを行動不能に追い込もうと考えているのかも知れない。

 有効な作戦だ。大量のエネルギーが使えるようになったとはいえ、シェフィルの身体構造は今までと大差ない。出血や臓器の破壊が一定水準を超えれば、今のシェフィルだって普通に死ぬ。そして十万度もの高熱にナノマシンは耐えられないが、瞬間的に溶けてしまう訳ではない。柔らかくなる前に貫く、そのスピードさえあれば攻撃力は維持出来る。

 四方八方から伸びてきた棘は、シェフィルの頭や胸や腹を狙っている。数は二十六。これら全てを受け、全身に貫通するような大穴が開けば、間違いなくシェフィルは死ぬ。シェフィル自身そう思う。

 貫ければ、の話だが。


「(避ける気すら起きません)」


 シェフィルは動かない。それどころか両足を広げ、どっしりと構える。

 全身に力を込めた。身体中の筋肉を震わせ、赤らむ表皮を極限まで張り詰めさせ――――


「ばあっ!」


 棘が目前まで迫ったところで、溜め込んでいた力を解き放つ!

 身体に力を込めた時、シェフィルの肉体は熱を生んでいた。しかしシェフィルはその熱を外に出さず、身体の中で抑え込むように意識。体内に蓄積させていたのだ。

 そして掛け声と共に、その熱を一気に放出。

 凝縮された熱量は、シェフィルの現在体温を遥かに上回る()()()()にまで到達していた。今の人類文明には、この高温に耐える装甲もある。だがそれは徹底的に耐熱性を高めた、核融合炉装甲など特殊なものだ。熱でも揺らがない特殊分子構造は、その強固さ故に変形や流動が出来ない。自由自在に変形し、高速で稼働するのに適した戦闘用ナノマシン装甲の耐熱性は、そこまでの水準に達せない。

 大半の棘はシェフィルに近付くだけで崩れ落ち、届く前にべしゃりと潰れる。幾つかはシェフィルまで先端が届いたものの、ほぼ液状化したそれに皮膚を貫くほどの硬さはない。接触と同時に、弾け飛ぶように砕け散る。

 シェフィルは動かなかったのに棘は刺さらず。ダリウスはこの結果を予測していなかったようで、呆けたように目を丸くする。数秒経って何が起きたか(恐らくヘルメット内に表示された文字によって)知った時、明らかに恐怖に染まった顔を見せた。

 ただしほんの一瞬の事だ。すぐに対処法を考え付いたのだろう。


「なら、これはどうだ!?」


 ダリウスが叫ぶと、強化外骨格から次の攻撃が放たれる。

 胸部から針を撃ち出したのだ。シェフィルの身体を穴だらけにした攻撃は、秒速三キロもの速さで宙を駆けていく。音速超えの拳を上回るスピードであり、視覚を強化した今のシェフィルでも動きは追えない。ここまで速ければ、棘をも溶かした高熱の中も一瞬で通過し、シェフィルを貫くだろう。

 彼の予想通り、熱での防御は不可能だとシェフィルも思う。しかしシェフィルは動かず。

 故に針状の弾丸はシェフィルの腹と手足、そして頭部に命中。銃撃を受けたシェフィルの身体は、大きく仰け反る。銃撃と共に見せた反応で攻撃の成功を確信したのか、ダリウスはにやりとほくそ笑む。

 だから、シェフィルも笑い返してやる。

 シェフィルの笑みを見た途端、ダリウスは顔を引き攣らせた。得体の知れないものを目にしたかのように。

 ゆっくりと、見せ付けるように体勢を戻すシェフィル。

 その身体に穴は一つも空いていない。何故なら命中した針は全て体表面に触れる前に()()()()()()のだから。

 原理はこうだ。シェフィルは身体から溢れる熱エネルギーを電磁波に変換。これを全身から放出し、自分の周囲で『循環』させたのである。電磁波を浴びた物体には『放射圧』と呼ばれる圧力が掛かり、この圧力により飛んできた針を減速。威力を大幅に低下させたのだ。生じた傷は薄皮が剥けた程度でしかない。


「なんですか、今のは。こんな掠り傷、すぐに治ってしまいますよ?」


 そして僅かに出来た傷跡もすぐに再生する。

 シェフィルが発する熱量は一グラムの水を毎秒一万度上げるものであり、これが体重一グラム当たりで出力されている。体重五十キロとして計算した場合、シェフィルが生み出すエネルギー量は約二十億ジュール。このエネルギーを全て質量に変換した場合、凡そ〇・〇二グラムになる。

 つまりシェフィルは毎秒〇・〇二グラムまでの質量であれば、()()()()()()()なのだ。薄皮程度の質量でしかないが、見方を変えれば掠り傷は全て無効化出来るとも言える。皮膚を貫通しない銃弾は、最早シェフィルの脅威たり得ない。


「な、な、ん」


 繰り出した攻撃が悉く破られ、ダリウスはまた後退り。ついには壁にぶつかってしまう。顔は恐怖で引き攣り、困惑を隠しきれていない。シェフィルが見せた数々の力に、恐れ慄いているようだ。

 なんとも呆気ない。


「おや、これで終わりですか? 私が本気を出しただけで? 随分と準備不足だったようですね」


 煽るように述べた通り、シェフィルはただ『本気』を出しただけなのに。

 シェフィルは何一つ特別な力を発揮していない。

 今まで起源種シェフィルにより抑え込まれていた身体機能が、全て解き放たれた。ただそれだけで、ダリウス達人間はシェフィルを倒すどころか撃退すら出来なくなっている。戦ってはいけない相手と戦った、即ち実力を測り損ねた――――野生の世界であれば、一番間の抜けた死に方だろう。

 まだ奥の手を隠していれば、勝負はこれからかも知れないが……下がったダリウスは何もしてこない。周囲の電磁波を探ってみるが、罠を仕掛けている素振りもない。

 万策尽きた、といったところか。

 最早負ける要素はない。そしてシェフィルはこの戦いを何時までも続ける気などない。


「ここで決着としましょうか」


 怯んだダリウスを前に、シェフィルは両手を前に突き出す。

 シェフィルの見せた奇妙なポーズを、もうダリウスは嗤わない。怯えたように強化外骨格を動かし、両腕を身体の前で交差させる。とても分かりやすい防御態勢であり、シェフィルが大技を繰り出すと予想しているようだ。

 予想は正しい。しかし対処法は誤りだとシェフィルは心の中で断言する。

 シェフィルは突き出した両腕に、身体中のエネルギーを集めていく。その熱量は一万度なんてちっぽけなものではない。そもそもシェフィルにとって毎秒一万度の熱生成は、あくまでも日常生活の水準。惑星シェフィルで最も過酷な季節である『冬』には、シェフィル達は毎秒三万度もの熱を生み出す。即ち平時の三倍以上、いや、後先考えなければ更に数十倍の出力で熱を生み出せるのだ。

 膨大な熱が両腕に凝縮される。高密のエネルギーにより空間が歪み、漏れ出す熱量が大気を破壊して稲光を放つ。室内のナノマシンはどんどん溶け、遠く離れた天井さえも雨粒のように滴り始める。

 ここに来てダリウスは自身の誤りに気付く。防御で止められる攻撃ではない。しかし気付いた時、ダリウスを包む強化外骨格の足下は溶けた床に沈み、すぐには身動きが取れない。


「消し、飛べぇぇっ!」


 跳躍したシェフィルは雄叫びと共に両腕を振るい、強化外骨格の胸部を打つ!

 両腕から伝わる熱は、強化外骨格の装甲を一瞬で溶かす。内部の機械もどろどろに溶かし、気化させる。その熱は一瞬で全体に広がり――ーー


「ひ、ひっ」


 ダリウスが悲鳴を漏らすが、その言葉の終わりをシェフィルが聞く事はない。

 溶けた強化外骨格が弾けるのと同時に、ダリウスの身体は勢い良く外へと飛び出したのだから。

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